38、一ノ瀬楓は選ぶ
「こんなにたい焼きの種類があると迷うなぁ……」
「そうですねー。でも、わたしはベタにクリームにしようかなぁ」
絵美が真っ先にクリームを選んだようだ。
俺もたい焼きはクリーム派であるが、20種類もあって普通のクリームにするのもなんかもったいない気がしてくる。
「私は小倉にします。つぶあんですよね?」
「つぶあんだよぉー。……て、え?スターチャイルドもたい焼き食べるんだ……」
「だから食べますよ!アイドルも庶民なんですからっ!」
俺と絵美も同じく、庶民的な舌であるスタチャは驚かれている。
舌が肥えていると思われるのが心外なのか「自分のインスタ、少しイメチェンしようかな……」と頭を抱えていた。
「クリームに小倉ね。明智君はどうするの?」
「じゃあ小倉とクリーム両方食べる」
「お!男の子だねぇ!」
「楓さんはなにが好き?」
「え?私?」
店員さんをしている楓さんなら、おそらく全種類のたい焼きを食べたことがあると思われる。
それを見越しての質問に対して「どれかなー?」とメニュー表を眺めて考えていた。
「スイートポテトとかも美味しいわよ」
「それも美味しそうですね!」
楓さんの意見にスタチャも絵美も目を輝かせていた。
個人的には惣菜系たい焼きであるカレー味やピザ味なんかも機会があれば食べたいなぁ。
「じゃあスイートポテト2個お願いします」
「買うねー、明智君!是非リピーターになって店に通って欲しいくらいだよ」
「通います通います!」
サンクチュアリとスタヴァの行く回数を減らせばミルクたいに通う回数も増えるというものである。
むしろ、スタヴァより安く済むからコスパはミルクたいの方が財布に優しいまであるな。
「たい焼き6個ぶん、俺支払います」
「ひ、秀頼君!?自分で出しますよ!?」
「お兄ちゃん!?むしろ私が払いますよ!?」
「スタチャよりは稼いでないけど、俺もバイトしてるから予算は大丈夫だから……」
達裄さんのお手伝いという名の変なバイトで、おばさんからのお小遣いも無しでも困らない生活をしているから安心して欲しいものである。
妹に奢られるのも兄として複雑である。
さっきのザイザリアでも、みんな割り勘で譲らなかったし、彼氏を財布としてしか見てない人たちより良き彼女たちだと感動すら覚える。
「かっくいー!明智君に出してもらいなよ」
楓さんの後押しに絵美もスタチャも「わかりました……」と気まずさはありつつも納得してくれたようだった。
「どこで食べるの?明智君の家?」
「いや。自然公園で食べようかなって」
「あぁ!十神病院の近くのね!天気良いし最高じゃん!バイトがなければ付いて行きたいよー」
「お互い暇な時に一緒に行きましょ」
「そうね!」
楓さんが気持ち良く微笑むと、やや大きめの紙袋を渡された。
「一応包み紙で味がわかるから」と、丁寧な解説をされる。
「高校生にたい焼きブームとか来てるのかな?」
「どういうことですか?」
「定期的に明智君くらいの高校生の常連な少年がよくたい焼き買いに来るんだよね。ギフトアカデミーに通ってるなんて言ってたっけ」
「へー。そうなんだ」
ギフトアカデミーも色んな人いるしなぁ。
そんな知り合いかもしれない人がいるなら会ってみたいものである。
「よく妹さんにとか友達にとか買ってあげてるんだって」
「妹にたい焼き買ってあげてるとか、絶対俺と気が合うじゃん」
「も、もう!明智さんったら!」
「でも秀頼君は大体の人と気が合うしなぁ……」
妹と仲良しな人に悪い奴はいない。
タケルに美月に円に島咲さんと見事に当てはまるな!
「じゃあ、またのお越しをー!」
「あ、待って楓さん」
「ん?」
「仕事お疲れ様です。スイートポテトのたい焼き食べて頑張ってください」
「…………え?良いの?」
「はい。だからスイートポテトのたい焼き2個買ったんですから。貰ってください」
「良い子!この彼氏最高なんだけど!」
「当然です!」
「お兄ちゃんですから!」
「や、やめて……。あまり持ち上げ慣れてないから……」
持ち上げるのは得意だけど、神輿の中心にいるのは慣れなくてどぎまぎしちゃう。
俺にとって、これくらいは当然のことだからなぁ。
「じゃあ、ありがとう」と、楓さんはたい焼きを受け取ってくれたようだった。
こうして5個のたい焼きが入ったほかほかの紙袋を持ちながら楓さんとお別れして、ミルクたいから出て行った。
「まさか楓さんがバイトしていたなんて……」
「秀頼君と歩いていると知り合いと会う確率高過ぎですよ」
「本当にそうですね。家出た瞬間に絵美先輩と鉢合わせるんですから」
「タイミングバッチリなんですよ。エミチャスマイル☆」
「あ!私の仕草取られた!?あと、エミチャってなんですか!?」
「エミリーチャイルド?」
今日ですっかり絵美とスターチャイルドが仲良くなったようだ。
星子は引っ込み思案だから、先輩の前だと発言が少なくなりがちであるからね。
「って、お兄ちゃんが紙袋持ってるせいで手を繋げないじゃないですか!?」
「い、一応片手はあるよ?」
「ねぇ、スタチャ?ここは両方手を繋がない平和的解決にしませんか?」
「はい。私も争いたくないです」
きちんと話し合った上で、俺に並ぶだけで手を繋ぐことはしないまま自然公園へと一直線で向かうのであった。