26、明智秀頼は知らない情報を知る
深森家宅の中に入ると、上松さんが「失礼します」と抑揚のない淡々とした声を上げる。
『我に付いてきてください』と言わんばかりの表情を見せる。
「お邪魔します」と声をかけて中に入り、上松さんの後ろを黙って付いて行く。
離れないようにと思っていたものの、ほぼ1本道で居間らしき広い部屋に案内される。
「来たか秀頼」
俺にいち早く気付いたいつもよりも引き締まった顔をした美月に声を掛けられる。
「うん」と緊張して答えると、美鈴からも「こんばんは、秀頼様」と挨拶されて会釈を返す。
「秀頼君いらっしゃい!再び会えて私感激なんですけど!」
「美咲さんもお久し振りです!明智です」
「あら?私名乗ってたかしら?」
「マスター……じゃなくて。谷川さんに聞きました」
「あー、流君ね!そういえば奈々さんの息子さんだったわね」
おばさんや、俺の本当の母親について知っている生き証人である。
何がそんなに好かれているのかは知らないが、2人と仲が良かったんだろうとまで推理して、詳細な中身を考えるのをやめた。
「感動の再会は済ませたかな?こんばんは、明智君」
「っ!?」
「私は美月と美鈴の父親をしています。今回は呼び出しに応じてもらい感謝するよ」
「あ。どうもっす……」
居間の中でありありと存在感を放つメガネを掛けてスーツを着込んでいる男の人に軽く頭を下げて、名前が明智秀頼ということなどの自己紹介をする。
「なるほど、なるほど……」と、値踏みするような口調に敵意が混ざった視線が彼から伝わり生きた心地がしない。
明らかに娘との交際にいちゃもんと文句を付ける気満々なのをチクチクと肌で感じ取ってしまい、緊張がぐっと身体を縛り付ける。
「今日の秀頼君はカチンコチンの氷みたいなんですけど!」
「ヘビに睨まれたカエル状態のようだ」
美咲さんと美月は居心地の悪さはなく、俺の実況をしながら元気にしていた。
そりゃあ、彼女らからしたらここ実家というホーム感に、上松さんは例外として家族しかいないのだから恐縮する障害はなにもない。
なんか、俺1人ビクビクとしてなきゃいけないのもそれはそれで腹立つな……。
極力リラックスした状態を保ちつつ、堂々とした態度を心がける。
「明智秀頼君だね……。上松君という探偵を雇い色々調べてもらったよ」
「我、探偵です」
上松さんは自分が探偵というのを知ってもらいたいのか、必死に俺と深森家のおじさんにアピールをしていた。
だが、上松さんに突っ込みを入れる元気はまだなかった。
「そこそこと正義感のあって好青年のイメージがあるではないか」
「そ、そうですかね……。当たり前に日常を送っているだけですので正義感が特別あるというわけではないと思います……」
「謙遜も出来る。弁えて謙虚な人は私は嫌いではない」
「あ、ありがとうございます」
「『嫌いではない』どころか、お姉様みたいに謙虚な人が好きな癖に」
「それは黙ってよう美鈴……」
こそこそと深森姉妹の会話が耳に入る。
一応はイメージダウンはしなかったのかなと、ちょっとだけ安心する。
「ふぅ」と息を吐き、目を瞑り緊張を無理矢理押さえ付けておいた。
「あと、急な訪問になってしまいましたが菓子折りも準備させていただきました。受け取ってください」
「なんかずっと手に紙袋があると思ったら菓子折りだったのか」
「家族全員で食べてください」
美月と美鈴の家に行くとばかり思っていたので2人に用意したものだったが数は足りると思う。
先ほど運転している上松さんに、家から近所にあるお菓子屋を経由してもらったのだが、割りと良かったのかもしれない。
「中身はなんだね?」
「どら焼きです……」
「どら焼き?因みに理由は?どうしてだね?」
「理由ですか……?」
おみやげの理由とか求められると思ってなくて、頭が真っ白になる。
怖い……。
人ってここまで観察しているのを露骨に出せるのか……。
ゲームの知識でちょっぴりだけ深森家の父親のことは知っているが、厳しい人という情報は間違ってないようだ。
「まさか……。恋人である娘の好物すら把握していないというわけかね……?」
「もはや言い掛かりでは……」
「美月。私は君のために言っている」
「はい……」
暴君ファーザーだなぁと苦笑しつつも、俺の家には暴力を振るう魔神が父親代わりの奴がいるので比較対照にするとこの人の方が100倍マシだとは思う。
(暴力を振るう魔神ってカードゲームのモンスターにいそうな名前だな……)と、中の人は叔父の異名に渋い声を出している。
あと、彼のニュアンス的には美月だけでなく、美鈴についての怒りもあるようだ。
俺の知らない間に美鈴と父親の仲が修復したのかもと推察すると、原作よりかは良い親子関係を築けているようだ。
一生美鈴と疎遠なのは変わらないことかと思っていたので、無事……かは知らないが仲直りできたみたいで自分のことのように嬉しくもあった。
「美月さんはシュークリーム、美鈴さんはカステラが好物なのはわかっています。ただ片方の好みに合わせると角が立つと悪かったのでどら焼きにしました!」
「ほう。なるほどね……」
「つぶのあんこがうまいんすよ!バターの風味が良く効いてみんな絶賛のおみやげです!」
単に急いで菓子折りを選んでいてどら焼きが入り口から近いところに置いてあったくらいしか理由なんかないよ……。
シュークリームとカステラの2つ買ってくれば良いんじゃない?とか、色々突っ込まれるかもしれないがもうこれで押し通すしかない!
「秀頼、お前よくわたくしがシュークリーム好きなの知ってたな?」
「美鈴もカステラの話をしたことなかったので驚きました……」
「…………」
情報の矛盾……!
『設定資料集読んでました』しか理由がない。
美月がタケルとシュークリームを食べるイベントはあれど、美鈴に至っては好物を語る描写もないのでガチのマイナーな情報である。
「女子たちからも聞いたことあるし!好きな子の好物はリサーチするよ!」
「わたくしたちの好みも把握していたとは……」
「さすが秀頼様ですわ!」
絵美から聞いたとか言うと本人に尋ねられて墓穴を掘ることも考慮して『女子たち』とぼかしておいて正解だったようだ。
「なるほどな……。知らない彼女の情報も、悟らせずにリサーチして頭に叩き込む。敵ながら天晴れだよ明智君」
「もう俺を敵って直接指名しましたね」
「なんのことやら……」
「いや、とぼけても無理がありますよ」
「ちょっとばかりは評価してあげようじゃないか」
やっぱり俺に対して良い印象は浮かばなかったようだ。
美咲さんは「ありがとう」とお礼を言いながら紙袋から箱を取り出すと「あら?」と声を上げた。
「あ、これ甘々堂のどら焼きじゃん。ウチの旦那の好物なんですよ」
「あ、そうなんですか。是非食べてください」
「美咲!余計なことは言わなくてよろしい!片付けてきたまえ」
「あらあら。照れ隠し照れ隠し」
美咲さんは旦那さんを微笑ましく笑いながら、どこか別室に消えていく。
い、一応は評価をいただけたのかと思うと、少しだけ居心地の悪さが改善された気がしたのだった。