20、深森美鈴は父親が苦手
深森美鈴はあからさまに嫌そうな顔をしていた。
その横へは、お腹が痛くなりそうだと困り果てた深森美月が立っていた。
深森姉妹は2人共、とある場所へお呼ばれしていたがどちらも浮かない顔とはいかなかった。
「おっかないお城がありますわよお姉様」
「お前の家だよ。いや、わたくしたちの家だ」
美鈴は自分の実家を城だと揶揄したが、皮肉でしかなかった。
当然ながら美鈴は自分の実家が大嫌いだったが、ここに呼び出されたら拒否は許されない。
だからわざわざ1時間も費やして電車に乗るお金を使ってここまでやって来たのだ。
「美鈴に勝手に紋章を堀り込み、才能がないとわかるやすぐに捨てた娘を呼び出すとかとんだ毒親ですわ」
「わ、わかったからな!平和に行こう!平和に!英語でHEIWAだろ!?」
「いや、peaceですわ……。お姉様、ついにポンコツと馬鹿が合わさるとは……」
「知ってるわ!ちょっとした小ボケだよ!」
「お姉様みたいな人が真顔で言うギャグが1番反応に困りますわ……」
「す、すまない……」
「ただ、和ませたい気持ちだけは伝わってきてますよ」
美鈴の文句モードに美月も機嫌を損なわないようにフォローをする。
この文句に定評がある感じが自分の父と妹がそっくりだと美月が認めているところだった。
今日の美鈴はあからさまに文句ばかりで機嫌が悪いのをずっと美月は頭を抑えていた。
原作の世界において深森美鈴は紋章の呪いを解く手段がないまま20歳前後で失くなる運命にある。
長生き出来て、鳥籠の少女編での25歳の人生が美鈴の最長記録である。
明智秀頼とは、卒業式の日に呪いを解くことを条件に彼のパシりになっていた。
……が、そもそも彼は卒業式を迎えることなく死亡するので美鈴の呪いは秀頼に解いてもらうことはない。
そして、紋章と一生向き合うことになる人生において、美鈴が深森家に呼び出される回数は0である。
確実にこの世界においての美鈴の運命は変わってきていた。
明智秀頼の彼女になるという良き運命に巡られれば、自分を見捨てた嫌い父親に呼び出されるという悪い運命もまた生えてくるということである。
「はぁぁ……。行きたくないなぁ……。帰りたい……」
「わかったから行くぞ美鈴。強引にでも連れて来いとお父様に言われてきているんでな」
「やっぱり帰りますわー!」
「残念。もうインターホンを押した」
ピンポーンという音が彼女らの自宅の中から漏れてきた。
すると、インターホンに取り付けられたスピーカーから女性の声がした。
『はーい。深森です』
「宅配便でーす!荷物忘れたので帰りまーす!」
『あらあら、元気ね美鈴。わざわざ美月も運んでくれてありがとうございます』
「では、美鈴はこれで」
『美鈴のために美味しいカステラを用意しましたのよ。一緒に食べましょう』
「…………食べるだけですからね!」
(ちょろ……)と美月は物に釣られた妹に口には出さないながらも頭に思い浮かべてしまった。
カステラは、『悲しみの連鎖を断ち切り』の設定資料集に美鈴の大好物として紹介されている。
『美月にはシュークリームを用意してますわよ』
「あ、ありがとうございます!美鈴を連れて来た甲斐がたりました!」
(この女……!美鈴をシュークリームのために売った!?)と美鈴も物に釣られた美月に口に出さないで文句を垂れた。
因みにシュークリームも美月の大好物として語られている。
「行きますかお姉様……」
「行くか美鈴……」
姉妹がお互いを励ますように顔を見合わせて頷く。
お互い「よし!」と気合いを入れると美月が深森家の家のドアを開けた。
「おはよう娘諸君。お元気そうでなによりだ……」
怪しく光る眼鏡をくいっと動かした男が玄関に立っていた。
自宅だというのにぴちっとスーツに身を包んでいて、しかも行儀よくネクタイを付けていて、ネクタイピンで止めている豆さである。
心の気持ちが出来ない中、不意打ち気味に現れた父親に深森姉妹はびびってしまい萎縮してしまっていた。
「お、お、お、お父様!?お久し振りでございます!美月です!」
「お父様!?会社は外にありますわよ!?美鈴ですわ!」
「久しいな、愛する娘よ。あと、今日は休日だ。私が家にいておかしくないだろう」
「おかしくありません!」
「娘たちの父親に対する態度の方がおかしいのではないか?」
「これが普通ですわ」
「そうか。それが普通か……。………………」
(え?終わり!?)
美月と美鈴は同時に同じことを心の中で心を大にして叫んだ。
その言葉を口に出して余計なヘイトを溜めないようにと、2人はより強く口を閉じる。
「お帰りなさい。美月に美鈴も遠かったわね。ほら、早くこちらに来なさい」
「あ、お母様」
「ただいまですわお母様!」
「あらあら。美鈴は元気ね」
うふふふと、2人の母親は嬉しそうに微笑んだ。
そしてぶすっとした父親の横に並んだ。
「……私と美咲との接し方がずいぶん違う気がするが?」
「お母様との人徳の差ではないでしょうか?ね、お姉様」
「振るな、わたくしに」
満面の笑みの美鈴に、美月は父と妹の顔を見ることが出来ずに背を向けた。
「父に人徳を解くか美鈴。だが、俺は何百人の人間の将来を担っているトップだ。人徳としてもカリスマとしても充分であろう」
「美鈴は別にお父様に対してカリスマなんて求めていませんわ(チラッ」
「おい、美鈴。なんで今わたくしを見た?」
「ポンコt……。お母様、家族揃って玄関にいないで居間に行きましょう」
「そうねー」
美鈴は美月と父親に言いたかった言葉を飲み込み、母親に話を振るとようやく玄関から先へ移動をはじめる。
これ見よがしなポンからはじめる単語に「どうしてわたくしはみんなから同じ感想を抱かれるのだ……」と不本意だとぶつぶつ呟きながら母と妹に付いて行く。
「ポン?ポンとはなんだ美鈴?」
「タヌキのポイントカードじゃないですか?美鈴、忘れちゃいましたー」
「そうか……。私はタヌキ顔だったのか……」
「全然違いますお父様……。美鈴にそういうところを見せると容赦なく突っ込まれますよ」
「若者の感覚はわからんね……」
そんな一面を目撃してしまった美鈴は、(やっぱりこの人、お姉様と美鈴の父親ですわ……)と、間違いなく自分の親だなと納得してしまったのであった。