17、細川星子に会いたい
「いやぁ、スタチャの声はいつも癒されるよねぇ」
「わかるよ明智君!昨夜のスタチャニュース最高でしたね!悩める女子のお便りに親身になって質問に答えるのエモい……」
「リーチャと知り合ってからのスタチャラジオ!最高の1日だったよ!耳がずっとリフレインしていて、今なら俺お地蔵さんになれるよ」
「兄さんがお地蔵さんになったらスタチャのCDを備えてあげますよ」
「俺はタケルお地蔵さんの前でスタチャの曲を熱唱するよ」
「秀頼のはただただ迷惑だよ」
俺と十文字兄妹は朝からユーチューブで生配信されていたスタチャラジオの感想を言い合って彼女をベタ褒めしていた。
透き通った声、星子と同じ声なのに何故か明るく大人びたトーンになるギャップなど各々がスタチャの感想を述べるファンの集いになっていた。
「す、スタチャ熱があたしの席まで……!」
「…………」
隣に座るアリア様がその熱気に当てられ、仮面の騎士さんが黙って彼女の側で待機していた。
実に見慣れた朝である。
「この気持ちを本人に伝えたい!ラインだけじゃ3分の1も伝わらない」
「わかる……」
「わかる……」
「ファンって怖いね、アイリ……」
「アリアが大々的に全国で発表されたらこういうファンは消えて欲しいものだな……」
隣の席からボソボソボソボソ実況されてしまっていたが、それすら気にならないくらいスタチャの感動がこの場を支配している。
「はぁぁぁぁぁ……。スタチャライブ行きたい……。近々、この辺でライブするみたいですよね」
「チケット予約取れるかなぁ……。予約開始と同時にチケット屋のサーバーも重くなるし、コンビニも通信エラーで、電話は話し中でどうやって予約とるんだよぉぉぉ……」
「…………だ、だなぁ」
毎回星子からチケットを貰っていて、なんか申し訳ない気持ちになった。
もし、星子か達裄さんにお願いしたら2人のぶんもチケットを貰えたりするのかな……?
「ぐ……」
星子が恋しい。
今日は朝の通学では細川星子に会えなかった。
本日は、午前中仕事があるらしく午後から登校する予定なんだとか。
だから無性に星子と会えないことに、禁断症状が起きていた。
「じゃあ、そろそろチャイム鳴るのでクラスに戻りますね」
「バイバーイ理沙!」
「私も兄さんと明智君と同じクラスに戻りたい……」
切実なことを口にして、理沙はクラスに戻っていく。
それを見送ったタケルも「俺も戻るわー」と声を掛けて、後ろの席へ歩いて行った。
スタチャトークも終わってしまうと、花火大会終了後のような切ないノスタルジーな気持ちが襲ってくる。
まだまだ語り足りないが、ホームルームが始まるから仕方ないよなぁ……。
昼休みに、星子に会いに行こ……。
「秀頼はさ……」
「ん?どうしたのアリア?」
まるで十文字兄妹との会話が終わるのを待っていたかのように、アリアが声を掛けた。
仮面の騎士もタケル同様に席に戻っていて、石像のようにピクリとも動かずに黒板を向いていた。
「す、スタチャの容姿が好き?」
「当たり前じゃないか!中身も好きだけど容姿も声も、全部ぜーんぶ好き」
「そ、そ、そ、その……。金髪の女が好き?」
「すげぇ金髪の女好き」
「っっっ!んんんんん!」
スタチャと美月と美鈴の金髪も好き。
絵美の栗色の髪も好き。
理沙と咲夜とゆりかと楓さんの黒髪も好き。
円と和の緑髪も好き。
永遠ちゃんの紫髪も好き。
ヨルの赤茶色の髪も好き。
三島の水色の髪も好き。
島咲さんの蒼髪も好き。
ミドリの碧髪も好き。
星子の茶髪も好き!
「そ、そんなぁ……。て、照れる」
「?」
金髪を揺らしながらアリアは顔を真っ赤に染めている。
照れている意味はよくわからんが、彼女の金髪も可愛いなぁ……。
ヒロインの力恐るべしである。
─────
昼休み開始のチャイムと同時にパンの封を開け、チャイムが終わる頃に口にあるパンを口に詰める。
よく噛んで、お茶を流し込み食事が終了した。
「あたしたちが食事する時には食べ終わってる……」
「アリアは真似するなよ。ほら、席から立ちなさい明智秀頼」
「おい、仮面女。俺の席に座ってアリアと食事にするんじゃねーよ」
「今日はオムライスだ」
「わーい」
「無視しないで!?」
すげぇ美味しそうな卵トロトロオムライス弁当を取り出したアイリ……ーンなんとかさん。
ヨダレが垂れそうなくらいに旨そうだが、見ていたら腹が減ると悪いので目的のために教室を飛び出した。
目的は当然、星子に会うことだ。
昼休みに会う、昼休みに会う。
そう決めるとずっとそわそわしていて、いてもたってもいられなかった。
だから気付いたら星子や和たちのクラスである1年生らのクラスが並ぶ教室前の廊下に来ていた。
後輩たちがガヤガヤと騒がしく、先輩である俺の姿を見ると驚いた顔を見せる子も多い。
目付き悪いからチンピラに見られていると思うと悲しいなぁ……。
昨日もルアルアさんから不良チンピラと認識されていた切なさがあった。
「あ!明智先輩だ!去年、決闘に勝ったという英雄ですよね!凄く剣道が強いとか憧れます!」
「え?」
「私、剣道部なんです!川本先輩から明智先輩の勇姿たくさん聞かされてます!カッコ良い!握手してください!」
「はぁ……」
なんか知らん後輩ちゃんに握手を求められて手を握らされる。
「うわぁ!タコもあって努力家な人なのが伝わります!素敵……」
「あ、ありがとう……」
サーヤみたいな筋肉フェチか?
スタチャもファンからの握手ってこんな気持ちなのかな?とか思っていた時だった。
「サンクチュアリによく出入りしている明智先輩ですよね!たまに見かけて声掛けようか迷っちゃうんです!私のこと知ってますか!?」
「え?端っこの席でブレンド呑んでる子かな?」
「はい!そうです!覚えられてて感激です!」
と思ったら、その横から違う後輩ちゃんも現れる。
あれ?と気付いた時には周りに色々な後輩から囲まれていた。
「悠久学園長とタメ口で話せる明智先輩っすよね!学園長とヤってるってマジっすか!?俺、学園長狙いなんす!」
「ヤってないよ」
「2年生の抱かれたい男ランキング1位の明智秀頼先輩!俺ら1年で指名しに来たっすか」
「しないしない。あと、みんなネタで入れただけだからあのランキング無視していいよ」
男女問わず、色々と質問責めをされてしまっていた。
1人1人相手をしていても、次々に増えてきて質問が追い付かない。
これじゃあ星子に会えないじゃないかと思うと、躊躇いながらもギフトを使用することに決めた。
「【今度時間ある時相手するから、今は普通に俺を通行人として見てくれ】」
「わかりました……」
「ふぅ……」
周囲から人が離れていく。
1年1組前から一向に進まなかったが、ギフトを使うことにより、なんとか星子や和たちのいる1年5組前に辿り着けた。
その時、悪意の陰口が耳に届く。
『あの左右で違う目、気持ち悪いよね……』
『老人みたいに白い髪で不気味……』
コソコソと誰かを見て呟いている。
島咲さんとミドリのことを思い出してしまい、彼女らと重ねてしまって単純に不快だ。
「…………」
その視線の先には、星子たちの親友である五月雨茜が下を向いて歩いていた。
というか俺に聞こえている時点で、五月雨の耳にも届いているだろう。
「よっ、五月雨!」
「あ、明智先輩!お疲れ様です!」
だから少しでも大きな声で俺が彼女の名前を呼んで陰口が聞こえなくなれば良いなと思い話しかけた。
そのフォローに気付いた陰口を叩いていた女子が顔を伏せて廊下の奥へと消えていった。