12、遠野達裄は張り付く
教室でのアリアが俺に気があるんじゃないか自惚れ事件を経て、本当に女心を学びに達裄さんのところに出向くことになる。
「んでさ、なんで俺も呼んだんだよ。俺は関係ないだろ」
タケルも巻き込んで、今は達裄さんの家から近くにある歩行者信号が赤なので立ち止まっていた。
心強い味方枠での十文字タケルの参戦である。
名前だけは強そうなキャラ設定である。
特に十文字という名字が妙に強者感がある。
「お前、スマブラわかるよな……?」
「いきなりなんの話なんだよ……?」
「シンプルモードでジャイアント化した敵と戦う時に、こっちには味方2人が自動参戦するだろ?達裄さんはジャイアント化した敵と思い込め」
「いや、味方もう1人足りんやん。『こっちも』枠不在じゃないか」
「しゃーない」
「諦めんなよ」
山本でも白田でも川本武蔵でも鹿野でもターザンでも関でも連れて来ようと思えば誰でも良かったんだが、こういう時は慣れた相手とコンビで向かうくらいがお互いやりやすいものだ。
「俺である必要あるか?」
ギャルゲー主人公だし……。
という本音は隠しておこう。
「タケルちゃんにも彼女出来るかもじゃん。だから学びは必要よ」
「彼女……。てか、タケルちゃん呼ぶな」
「ええやん、ええやん。今更今更」
「確かに今更だけどさぁ……」
信号が青になり、車が通らないのを確認して横断歩道を渡る。
信号無視でトラックに殺された前世持ちなので、本当に車道の確認だけは徹底する癖が付いていた。
「な、なぁ秀頼……」
「どうした?俺になにか話したくて話したくて仕方ないって顔してるぜ」
「そ、そのな……。『アンチギフト』のことなんだけど……」
「『アンチギフト』?」
一瞬タケルって『アンチギフト』を知ってたっけ?と思ったが、ヨルが織田との決闘時でのゴタゴタでそういえば教えたんだっけと結構古い記憶を引っ張り出す。
タケルから『アンチギフト』のことをなんにも聞かれないし、ヨルにも聞かれたという話もないので、自分のギフトに興味すらないと推理していたが、何故このタイミングでギフトの質問なんだろうか……?
「これって、俺が今秀頼に触ったらなにか起きるのか?」
「起きんだろ。構えろタケル」
「え?お、おう」
「いくぞ、ハイタッチ」
パンっと弱々しい音がして俺とタケルの手が触れる。
別に俺はなんのギフトも使っていないし、使われていない。
なにも起こることもないので、ギフトの打ち消しは起こらない。
「なんで秀頼だとなにも起こらないんだ……?」
「あ?」
「理沙にもなにも起こらないんだよな……。じゃあ、アレはなんだ……?」
「?」
なんの話をしているのだろうか……?
というか会話をしているというよりも、ブツブツブツブツと独り言を呟きながら自分の世界に入っていったようだ。
悩みとは無縁そうなタケルの珍しい場面である。
「秀頼、今度で良いんだけど……」
「んー?なに?」
「俺と一緒に会って欲しい子がいるんだけど、時間あるか?急ぎじゃなくて良い。都合のつく日で構わない。1日程度開けて欲しい」
「いいよ、いいよ。というか改まる必要ないっての。あ!達裄さんの家見えてきた」
「ははっ。てか、お前よく近所の知らない兄ちゃんの家に出入りできるな……」
「そういや、初なんだっけ?」
タケルと遊ぶ日くらい、いくらでも開けられる。
ただ、彼の話を聞くに学校の放課後の限られた時間よりも、週末などの時間がたっぷりある日をご希望のようだ。
デートとか、まったく進まない原作対策会議とか、達裄さんの修行とか色々と予定はつまりまくっているがその辺は臨機応変に調整するしかないだろう。
休日のスケジュールを組むのは多忙なサラリーマンになった気分である。
「よし、切り替える」
「そうそう。今日のタケルは肩が上がってるぞ。真面目な顔するのは勉強の時だけで充分だ」
「勉強の時以外にも真面目な顔してる奴が何言うんだか……」
「う、うるせぇな。大人には色々あんだよ」
「同い年の同級生って突っ込み待ちか?」
確かに最近は佐木詠美・茂の佐木姉弟の事情に首を突っ込み、プライベートでも真面目になってたかもしれないが、今日は大丈夫。
明智秀頼の日常の顔を思い出して、極力明るく務めることにする。
前世からの癖で、親からの躾の影響も少なからずあるだろう。
明るく笑える人間になれという、なんともテキトーなものだが、笑えることは楽しいし、俺にはぴったりである。
「おぉ!やっぱり心なしか達裄さんの家は大きいな!」
「兄妹で立派なマンションに住んでいて嫌みかっての」
「そんな意図はないよ……。というか、俺はマンションよりも達裄さんや秀頼の家みたいな一軒家の方が憧れるんだが……」
「ジムとかプールとかあるマンションの方がすげぇよ……」
ゲーム内でも、タケルがマンションの施設であるジムとかを使っている描写は皆無だった気がする。
すげぇもったいないと、貧乏人根性で考えてしまっていた。
それから話は途切れ、「たのもーっ!」と言いながら、遠野家のインターホンのボタンを押す。
それから30秒ほどして、事前に話は通してあった達裄さんがドアを開けてくれた。
「よっ。秀頼にタケルじゃないか。どうした?平日に?修行付けてやるか?」
「いえ。そんな用事じゃないんです……」
「お?」
「俺とタケルに女心を教えてください!」
「帰れ」
冷たい言葉を投げ掛けた数秒後にはバタンとドアが閉められた。
俺とタケルは無言になりながらお互いの顔を見て、数回まばたきをし合った。
タケルは目が点になってたし、俺もおそらく同じ表情になっている。
「待ってください達裄さぁぁぁん!お願いなんですぅぅぅぅ!」
『女心を男に聞きに来るなバァカ!』
「年上の頼れる大人の意見が聞きたいんですぅぅぅ!」
『悠久がいるだろ!?年上で大人な女性が学校にいるじゃないか!』
「達裄さんだって悠久が頼れないって気付いているじゃないですかぁ!今、俺の挙げた理想像から頼れる部分をわざと外しましたよね!?」
『年上の頼れる大人』から、『年上で大人な女性』へとすり替えたのを見逃さなかった。
ドア越しの達裄さんとの言い争いが勃発した。
タケルは俺と達裄さんに圧倒されているのか、俺の姿を黙って見ていて突っ立っていた。
「開けてくださいよー!」
『開けるメリットがないよ』
「あ、リーフチャイルドいますよ!ほらほら、リーチャですよ!リーチャ!」
『嘘付け。葉子は家にいるよ』
「葉子さんじゃないですけど、ガチで人来ましたよ」
『は?』
リーチャではないけど、本当に達裄さんの家の敷地内に来た人がいた。
「なにやってんですか?」とその来訪者に真顔で聞かれて、「入れてもらえないんです」と素直に答えると「はぁ……」と怪訝そうな声を出され、不審者を見るような目で見られた。
『え?マジで誰か来た?』
「あれ?達裄?ドアに張り付いてんの?」
『本当に来客じゃねぇか……』
達裄さんの妹ではない女の人が現れると『はぁ……』と達裄さんの声がする。
なんか、変なタイミングで遠野家に来たもんだと申し訳ない気持ちになりながら、タケルも巻き込んで家にあげてもらった……。