8、佐木詠美は息絶える
「はじめましても、友達も、いとこも、はじめましてもいますねーっ!佐木詠美です!よろしくっ!」
「はじめまして2回目だぞ」
「わ、わかってるわい!わざとをミスらしく指摘するんじゃないよひぃ君っ!」
ヘラヘラと人の気も知らないで、詠美が自己紹介をはじめる。
絵美と円は頭を抑えてとても苦しそうな表情をしていた。
「佐木詠美さんという絵美さんにそっくりないとこさんがクラスにいるとは聞いてましたが……。確かに似てますね」
「わたしに似てるのは顔だけですよ……。中身は全然似てないですからね理沙ちゃん!」
絵美は詠美にコンプレックスがあるのか、彼女に対してツンツンしている。
普段の行いの悪さが、露骨な絵美の態度に現れている。
すごく詠美に弄られて苦汁を舐めていそうだ。
実際、『悲しみの連鎖を断ち切り』でも、ヒロイン予定だった絵美が詠美にそのポジションを奪われているわけで……。
挙げ句、ずっと長年一緒だったのに明智秀頼からは性処理用の奴隷としか見られなかったのに、詠美は真の幼馴染であり『平和の象徴』として大切に思われて……と、中々に絵美ばかりが貧乏くじを引かされているのに涙を禁じ得ない。
詠美が買ってもらったオモチャを自慢して、悔しがる絵美という幼い時の映像がありありにイメージ出来てしまう……。
「理沙……」
「なんですか咲夜さん?」
「ウチ、絵美にそっくりないとこがクラスにいるなんて聞いてない」
「…………じゃあその場にいなかったのでは?」
理沙が言葉に詰まりながらも、なんとか捻り出す。
別に咲夜をハブっているわけではなく、本当にその話を聞いた時に不在だっただけだろう。
俺もわざわざ絵美と詠美のことなんて口にしないからね。
「詠美さん、明るくて素敵な性格ですね!」
「そ、そうかな?サンキュー、サンキュー、ありがとうねー!」
「わ、私島咲碧ですっ!よろしくお願いしますっ!」
「よろしくねー」
「碧って呼んでくださいっ!」
性格がややネガティブな島咲さんが詠美を褒めていると、満更でもないのを隠そうとしている雰囲気を出しながらも隠せていない彼女の姿がある。
「元気ですね詠美さん……」と、三島が馴染むのが早い詠美へ感想を述べている。
「そんなに元気な詠美さんだと友達多いですよね!」
「…………」
──ピキッ!
という、詠美の心が砕けた音がする。
やめて、島咲さん!
その褒め方は詠美のメンタルをぶっ壊すやり方なのっ!
とは言えずに俺がハラハラしていた。
(フォローしてやれよー)とやたら詠美にだけ優しい中の人から催促されるが、無理だよと踏み込めないでいた。
「私にも明るくて友達がたくさん増える方法を教えてくださいっ!」
「…………絵美に聞いてください」
「わたしを巻き込まないでください。詠美ちゃんが聞かれているんですよ。『詠美ちゃんが』、『碧ちゃんに』、『友達がたくさん』、『増える方法を』、『教えてあげてください』!」
「ぐわぁぁぁぁ!?」
絵美のやたら強い口調に、ついにメンタルだけでなく身体にまでダメージを受けて吹き飛ぶ詠美である。
相手にしていないセ●から吹っ飛ばされるミ●ターサタンみたいな構図になっている。
「あ、アオイ……。私ね……、友達少ない……」
「詠美さん!?詠美さーんっ!?」
「ガクッ……」
チーン。
あまりにも立ち直れないほどのダメージを受けた詠美は息絶えてしまった。
「ま、まぁな……。去年、入学デビューに遅れて孤立していたわたくしと遥香を巻き込んでボッチ3人でつるんで輪を作るくらいには友達少ないんだろうなとは思ってたよ……」
「え、詠美さん居なかったら多分ボクはまだボッチでしたよ!詠美さんにボクは救われましたから!」
「本当に……?」
「ほんと!ほんと!」
美月と三島の去年クラスが同じ組だった3人のやり取りはまさにチームプレーのような手腕であった。
詠美が完全復活するまで、そう時間はかからなかった。
「な、なんですか!?そのボッチ同士で輪を作るという画期的なアイデアは!?」
「う、ウチもそのボッチ同盟に登録したいぞ!」
「ボッチ同盟言うなし!」
「なんだこの2人の負のオーラは!?我ですら近寄れないほどに禍々しい……!」
島咲さんと咲夜が詠美の去年の手腕に感心し羨望な視線を向ける中、ゆりかが恐怖するほどに負のオーラは強いようだ。
「なにをゆりかは陽キャ側っぽい雰囲気を出している。お前もウチら側だろ?」
「勝手に陰側にするな。別に我は友達に飢えたことないからな」
「ゆりか、ラインの友達人数は何人だ?」
「え?えーっと……。68人だ。あ、でも店とかのライン友達も入っているから……。リアルだと60人前後くらいか」
「嘘だろ……?ウチ、この場にいる奴とタケルしか友達いないのに……?」
「えっ!?ライン友達って50人以上登録出来たんですか!?」
咲夜と島咲さんはゆりかのラインの友達人数にカルチャーショックを受けたらしい。
特に島咲さんは素で目を丸くして、ゆりかを尊敬の目で見ていた。
……黙って聞いていたマスターが、1番ダメージを受けていた顔をしているがあえて触れないようにしよう。
「え?我なんか普通だぞ。ヨルはどれくらいだ?」
「あたしも50人くらいだよ。というかこれ、比べるもんじゃねぇだろ。営業成績じゃないんだから」
「ヨルで50人、ゆりかで60人なら、秀頼は100人だな!」
「あ、あはは……。そんくらいそんくらい……」
「よし、ウチ当たり!イエーイ!」
因みに咲夜の予想の約5倍多いわけだが、彼氏として驚かせたくなくて誤魔化しながら愛想笑いを浮かべた。
まぁ、200人ほどはただライン交換しただけでやり取りしていない知人ラインだし、もう100人は初対面のよく知らない人だ。
連絡取り合っているのは、約200人だが、こうなると咲夜の予想に近い。
こうなると100人も200人も誤差みたいなものである。
咲夜、大正解だ。
「でも、ボクはこの集まり大好きですよ。純粋にみんなと仲良くなれるし。恋のライバルの蹴落としみたいなのもなく、正々堂々とみんな頑張っている感じで」
「確かに。陰険なことはないわね。みんな正々堂々と陰険なことするから。もう陽険ね」
「そ、そんなことはないんじゃないかな……」
居場所がない子の居場所になれているなら、この集まりも悪くないのかなと思ってしまうのであった。
いや、複数人と付き合っていること事態が悪いんだけど……。
西軍の途中参加者で負い目があった島咲さんは詠美を仲間だと認識したのでメチャクチャ仲良くしたいのであるが、その話題が地雷だった。