5、島咲碧は卑屈
佐木詠美を隠すために、ヨルからキッチンの奥へと運ばれていった。
「よし、しばらく大丈夫だろ」
「詠美さんを隠したってすぐにバレるんだけどね……」
「マスター、ウチらに正論はいらない」
咲夜とヨルの相変わらずな素早いチームプレーに感心すら覚えるくらいに、手際の良さに驚いて唖然としていた。
それからヨルはキッチンから店内には戻らなかったので、詠美を監視ついでにこそこそ話でもしているのかもしれない。
「待ち合わせ時間ってどうなってんの?絵美ちゃんのいとこさんの詠美さんが特別早いの?」
「まぁ、確かに詠美が特別早いな。あと、1時間以内に全員来れば良いねって感じ」
「美月と美鈴の住んでるマンションからウチまでが結構遠いからな……。中学まではみんな近いのに、高校になったらこんな不都合もあるのは面倒だな」
「そりゃあ、仕方ない。気長に待つしかないよ」
そんな風に3人で雑談していると、早速1人目(詠美を含めると2人目)の来訪者が訪れる。
薄着なイエローのワンピースに身を包み、頭に花柄のピンを止めた珍しい格好をした永遠ちゃんの到着であった。
最近の俺は彼女の足音の癖なようもわかるようになり、挨拶される前に彼女が来たことを察知するまでになっていた。
「おはようございます!本日はお招きくださりありがとうございます!」
「(むしろ招かれない方が幸せまであるが……)」
「(余計なこと言うなよ)」
咲夜がボソッと俺に当て付けるように呟き、キッチンの方向へチラッと目を向ける。
「エイエンちゃん、珍しい色合いのワンピース着てるね。もしかして今日下ろし立て?」
「わぁ!すごいです秀頼さん!これ、先週に絵美と美月の3人で出掛けた時に買ったばかりのやつなんですっ!」
「俺はエイエンちゃんの今まで着ていた服装は全部暗記してるからね。個人的には、去年の8月でこのお店のデートで着ていた水色こ薄い服好きだよ」
「そうなんですね!あれ、私も大好きなんです!夏になったらまたあれ着ますねっ!」
「なんだ、あの気持ち悪い記憶力……」
「秀頼君って覚えてるやつと、忘れるやつ記憶力の記憶力に差があるよね……」
「記憶の取捨選択が上手いといってくれ」
なお、それくらいは永遠ちゃん以外の服装もみんな覚えている。
可愛い彼女たちの瞬間、瞬間は忘れたくないものである。
「絵美と美月と永遠で買い物か……。ウチ、誘われてない」
「君、誘われてないアピール大好きね……」
咲夜のそういうもの悲しいシーンを、何回も見た記憶ある。
「だって咲夜は、円と理沙と出掛けてたじゃないですか。お互い様ですよ」
「うっ……!?ウチのリア充っぷりが永遠にバレてる!?」
「だって理沙のインスタ見ましたし……。バレバレですよ」
「見たか、見たか!秀頼!ウチのリア充っぷり!」
「絵美と美月とエイエンちゃん、円と理沙と咲夜……。俺どっちも誘われてない……」
「君、先週星子ちゃんと和ちゃん連れて僕の喫茶店に居たじゃないか……」
「居たな……」
なんやかんやみんな別々の休日を過ごしていたようである。
因みに円とアヤ氏の原作対策会議をした前日のことだと思われる。
「えー!?星子ちゃんと和ちゃんで来てたんですか!?」
「ウチ聞いてない!卑怯だ、秀頼!後輩とだけデートして!同い年は熟女扱いか!」
「してない、してない!たまたま!たまたまだから落ち着いて……」
「秀頼さんが十文字さんや山本さんたちと遊ぶのは納得できます。ただデートされると悔しいです!」
「悔しいな、それ」
「みんなと一緒じゃないと俺、デートも出来ないの……?あと、エイエンちゃんも咲夜も個人でのデート出来なくなるけど……」
「それは困る」
全員が集まれるプライベートの休日なんか、そもそもレアである。
今日だってよく全員の予定があったものである。
「明智さん!みなさん!おはようございます!わ、わ、わ、私みたいな未熟者を紹介していただきありがとうございます!隅でひっそりしています!」
「お、おはよう島咲さん……。そんな卑屈にならなくても……」
むしろ、俺がみんなから見て未熟者なんだから……。
自己肯定感が弱い子なんだろうと、彼女を見て考えてしまう。
「碧はウチと陰キャ被りしている……。由々しき事態だと最近悩んでいる」
「わ、わ、わ、私が谷川さんなんかとキャラ被りなんて、そんな……。ぱ、パリピ?みたいになります!」
「大丈夫だよ。全然キャラ被りしてないから。そもそも、島咲さんにパリピなんか強要しないからさ……」
同じ陰キャでも、咲夜は自己肯定感が強いのでまったく由々しき事態でもなんでもない。
強いていうなら咲夜の被害妄想である。
「明智さんにキャラ被りしてないと太鼓判を押してもらい光栄です!ありがたい、ありがたい」
「なんか、あれだな……。碧は永遠を神様かなんかだと勘違いしている秀頼みたいな奴だな」
「えー?秀頼さん、私をそんな風な扱いしてますかね?」
「し、し、してないよねー?エイエンちゃん?何言ってんだよ、このこのーっ!」
永遠ちゃんは神様かなんかだと勘違いしているわけではなく、神様扱いをしているだけである。
「明智さんは神様ではないですが、私の中では確かに神様に近い存在かもしれません」
「て、照れるなぁ……」
ただの恋人なのに、神様に近い扱いをされているのを知りくすぐったい気持ちになる。
真面目な彼女のことだから乗っかっているだけかもしれないが、そんなところも可愛い。
可愛い彼女に尽くされて、何も返せない自分が嫌になりそうであった……。