4、谷川咲夜のダメ出し
マスターと咲夜の谷川親子との会話が面白くてついつい話が長引いていく。
彼は面倒そうにしながらも、雑談大好きマンだからか手を動かしながら色々と相づちを打って、咲夜がボケたり弄ったりするということが続いていた。
「へー。あのめちゃくちゃ派手な看板を立てている中華屋が味がギトギトで美味しくないとかガッカリだな」
「ボッチ飯をしたヨルも正直2度目はないとコメントしているぞ」
「常連客の舌には合わないだけで、秀頼君の舌には合うかもじゃん。100円あげるから君の感想もちょうだいよ」
「100円で中華食えないでしょ。多分8割は俺の自腹じゃん」
下手してら100円では1割以下の可能性がある。
微妙な口コミな店なんか行かないよ。
「でも、この店の常連のほとんどがダメなんでしょ。じゃあ、俺もダメだよ。俺もこの店の常連で舌が肥えてるんだからさ。同じ感想しか出ないでしょ」
「っ!?…………まーた、そういう嬉しいこと言ってくれるね。ムカつくよなー、こういうの」
「ん?」
苦虫を潰したように眉を潜めて、機嫌が悪くなる。
なんかしただろうか?と、咲夜に振り返ると「相変わらず鈍感だな」とダメ出しをされる。
「え?」
「マスターは褒められ慣れてないんだ。彼なりのツンデレというやつだ」
「おっさんのツンデレとかなんの価値あんだよ……」
「うるさい、うるさい。静かにしろよ」
ツンデレと指摘されると、確かに達裄さんと似ている気もしてくる。
素直に嬉しいなら嬉しいと言ってもらいたいものである。
「でも、店の準備しているところはじめて見たよ。なんかバラエティ番組の人気店の開店前潜入捜査のスタッフになった気分だ」
「あ、秀頼。人気という煽り文句は消してくれ」
「そこ弄んなよ」
マスターの強い突っ込みが娘を襲う。
そんな風景に平和とときめきを感じていた。
「開店するよー!」とマスターが口にすると、キッチンの奥から『オッス!』と元気なヨルの声がした。
ずっといたのか……、あいつ……。
一切会話に混ざらず、姿も見せずに淡々と仕事をしていたと思うと震える……。
しかも、俺が店内にいた時に1秒も姿を現さなかったところを見るに、俺より早くキッチンに籠っていたことになる。
店長のマスターよりよっぽど真面目なバイト少女であった。
外に出たマスターが『OPEN』と書かれた札を掛ける。
近所のおっさんがただ仕事をしている場面なのになんか妙にワクワクする。
「ひ、秀頼がはじめてマスターに熱い視線を送ってるぞ」
『送ってますねー!』
「おい、ヨルは見えてねーだろ!?」
「あ、ごめん。僕既婚者だから」
「突っ込みに困るわ……」
『あんたの奥さん亡くなっているでしょ』、とか本人や娘の前で強く発言出来ないよ……。
再婚するつもりは一切無いという現れでもあるんだろうけど……。
かなりぼかした表現でなあなあにしておく。
「じゃあ、今日も1日頑張っていきましょー!」
「…………」
「…………」
『…………』
「チームワークは皆無かよ!?」
人望のないマスターが情けなくて泣きそうになると、すぐに『カランコロン』と来客を告げるベルの音がする。
「お、おはようございます!」
「む?早速誰か来た」
開店して1分経たない内に、待ち合わせをしていた彼女の中の誰かが来たようだ。
誰が1番乗りか気になりながら振り返る。
「…………え、絵美か?にしては、一気に身長が伸びたな……」
「え?いや、私エミじゃないですよ……。詠美です、詠美」
「エイミー?なんだその絵美のパチもんみたいな名前は?」
「パチもん言うな!絵美のいとこなんだよ!だからちょっと顔似てるだけ!」
「顔は似てても不思議ではないが、わざわざ名前まで似せる必要もないだろ」
「それはそう」
詠美と咲夜が地味にファーストコンタクトだったのか……、と変な衝撃が走った。
因みに佐木詠美が佐々木絵美と名前が似ていることについては桜祭が『名前付けるの面倒だったからやっつけ仕事』と設定資料集で暴露している。
「え?詠美が来たの?」
「ぬるっと出てくんなや」
「あ、ヨルだ。こんちわー!」
咲夜と詠美の会話に混ぜて欲しいのか、ずっとキッチンで引きこもりをしていたヨルが垂れ幕の中から出てくる。
忘れられがちだが、ヨルも詠美も俺と同じクラスである。
「確かに髪下ろした絵美ちゃんと似てるね」
「なー」
目や髪質などの顔のパーツ1つ1つが絵美とよく似ている。
顔だけで言うなら左目下に泣き黒子があるのが絵美であるくらいしか見分けようがない。
身長で図れば若干詠美の方が高いので、そちらでも判別は付く。
「あれ?でも、あたし明智と付き合っている彼女しか来ないって聞いてたぞ」
「ウチも」
「……あはは」
「まさか…………」
ヨルと咲夜の視線を一身に集める。
「あはははは」と気まずそうに笑う詠美に気付いたのか、ヨルの推理が冴え渡っていく。
「……おい、明智。またか?お前、またか!?」
「曹操って三国志でのやらかしやばない?」
「やばいよ」
「中身ない雑談しながら誤魔化してんじゃねーよ」
「おこっ、怒らないでヨルちゃん!待って待って!無言でナイフをちらつかせて見せ付けないで!?」
ペンダントをナイフに形を変えて脅してくるヨルの姿にプルプルと震えて謝る。
「怖いから、やめよっ!」と動きを止める。
「はぁ……、お前さぁ……、女を誑かすのマジで止めてくれよ……」
「た、誑かしているわけじゃ……。ただ、なんか彼女が増えていくだけで……」
「ヨル。秀頼は学校通うだけで誑かせるギフト持ちだぞ。ウチは今回で確信した」
「んなギフトあってもあたしには効かないんだよ。よって明智のギフトはそんなギフトじゃないんだよ」
「ヨルには効かない?なんで?」
「体質的なもんだよ」
『アンチギフト』のことをぼかしつつ、咲夜の『明智秀頼のギフト』についての推理をやんわりと否定する。
「この報告をする度に2キロ痩せていく……」
「やったぜ、明智!ダイエット成功だな!」
みんなの前で告白した楓さんは報告の必要がなかったが、つい最近島咲さんとミドリちゃんの彼女報告があったので、地味にストレスで4キロも痩せてしまっていたのであった。
「あんまりひぃ君を責めないで。私が悪いの」
「まぁ、事情は大体わかってるよ。ただ、詠美。お前ちょっと隠れておけ。あたしと一緒にキッチンに行くぞ」
これから彼女が来る度に1回1回驚かれるよりは、全員の前でみんなに報告をした方が良いという気遣いが発揮したようで、ヨルが詠美を連れて行く。
みんなに迷惑かけてばかりで本当に申し訳ない気持ちでいっぱいである……。