67、綾瀬翔子はカルチャーショックを受ける
アヤ氏こと、綾瀬翔子。
最近は『オレっちはオシャレ女子に目覚めるんだ!』とかなんかを宣言していて、髪型をコロコロ冒険しているのであった。
今日は髪を後ろで束ねて編み込んだのを垂らしていた。
そんな髪型の雰囲気だけちょっと違う眼鏡女子のアヤ氏は今日も変わらずに元気である。
「あんまり顔を合わせて真面目に会話したことなかったっすよね!妹の和氏とはおなクラ(同じクラス)で、よく『童貞を勘違いさせる仕草とトーク』で盛り上がってます!」
「は、はぁ……。……は?」
「悪魔かよ、お前ら……」
「そして星子氏からゴミを見る目でたまに見られて興奮します」
「なにこいつ?」
「…………」
『頼んだらヤらせてくれそうな女子クイーン』と『前世は男のオタク女子』が手を組んだら、それはもうただのはぐれ悪魔コンビである。
面が良いのが、尚更質が悪い。
「(な、なんで彼女を呼んだのよ……?)」
「(見てわからないか?)」
「(わからないわよ!)」
こそこそ小声で円と会話をする。
しかし、残念ながら俺らの共通点を見付けられないようだ。
「あー、疲れた……。お?ちょうど暇そうなベッドがあるやん!ダーイッブ!」
「おい、やめろ!あと、暇そうなベッドってなんだよ!?」
「へっ、そんな言葉だけの誠意程度でオレっちは止まらないぜ!」
「カッコいいけど!」
アヤ氏は本当にベッドの上にプロレス技であるフライングボディアタックのように飛び跳ねながら、毛布の上にボトッと落ちた。
「あへぇ……。童貞の匂いがするぅ……」
「おい、バカ!鼻に毛布を押し付けるな!?お前ら、こういうことを和とネタにしてんだな!?」
「にっししししー!ひがしっし!明智氏、だいせいかーいっ!」
「呑気か!」
「……………………」
おっさんのようななんの面白みのないダジャレを出しながら、からかうようにしているアヤ氏。
右手の親指と人差し指を合わせて丸のマークを作っていた。
「およよ?明智氏の枕、高いやつじゃない!?形がボンキュッボンとくびれているじゃないか!」
「あぁ、真ん中だけ凹んでいるやつにしているんだ。首に負担をかけない?みたいな枕だけどそんなに高くないぞ」
「マジマジ?」
「こらこら、試すな試すな」
毛布の上にいたアヤ氏は、毛布の下に潜り込み俺の愛用枕に頭を乗せる。
「おおぉぉぉぉぉぉぉ!?」とおおはしゃぎをしながら眼鏡を外してベッドの下に置いた。
「すっげ!すっげぇ!すっげぇよ明智氏!この枕、首に負担がかかんねぇ!」
枕の上に頭を乗っけながら何回も何回も寝返りを打ちながら反復運動を繰り返していた。
「これ、首無敵じゃねぇか!むってっき!むってっき!」
「それはもうただのプラシーボ効果だよ……」
「1曲歌います!リーフチャイルドで『気まぐれのサイレン』!」
「良いから降りてくれ!アヤ氏リサイタルとかどうでも良いから!芸能人とかのカラオケ大会みたいなテレビ番組とか大嫌いなんだよ!カラオケボックスでやれよ!」
「ははは!明智氏ウケるぅ!」
「……………………」
とか笑いながら枕が気に入ったようで、頬づりまでしてきた。
元男とはいえ、綾瀬翔子本人は見た目だけは良いから何故か不快感は薄いのであった。
「あ。匂いフェチなオレっち、この明智氏の枕の匂いめっちゃ好き」
「え?なに、急に?」
「明智氏ぃぃぃぃぃ!この枕オレっちに譲ってくれぇぇぇ!」
「ゾンアマで買えよ。3000円もあれば20円お釣りくるよ」
「……………………」
急に枕を抱き枕のようにして胸に押し当てながら、発狂したように俺に懇願してきたのを、俺は軽く流してやった。
「やだやだぁ!明智氏のが良いぃぃぃ!オレっち、この枕3500円で買うから!」
「あっ!なら今からアヤ氏のお金で枕注文するから届いたらあげるよ」
「明智氏愛してる!」
「…………明智君っ!綾瀬っ!」
「っ!?」
「っ!?」
ビクッとしながら、完全に忘れられていた部屋にいたもう1人の存在に気付かされる。
俺とアヤ氏はビクビクしながら顔を合わせて円に視線を向けた。
「まさか、私たちの知らないところで新しい彼女を作っていたとは……。ふーん」
「彼女ちゃう!彼女ちゃう!よく見ろ、よく見ろ!アヤ氏だよ、アヤ氏!こいつ、女の成りしてるけど男に恋愛感情を持てない哀しき存在だから!」
「あぁ、確かにオレっちはある特殊な事情から男は愛せない難儀な性格になっちまった」
「特殊な事情?男は愛せない?本当に?」
円は不信感を持ちつつも、アヤ氏の言葉に引っ掛かっていた。
それを強く頷いて肯定される。
「あぁ!アリア様に誓って本当だ!」
「なんでアリア?」
「オレっちはアリア様を敬愛しているからである!」
「こいつ、ヤバくない?」
「オブラートに包んだ言い方をするならヤバい奴だ」
「オレっち、オブラートに包まれてもヤバい奴扱い!?」
アリアを敬愛している発言は、永遠ちゃんに置き換えると俺なのでそこは責められそうにない。
「だから、もしオレっちが男と恋愛するなら明智氏だなー。恋人になって結婚して、一切性行為しない夫婦関係になっちまえば世間体も悪くないしな!」
「俺がヤダよ。なに、その生殺しの生活」
「あと、単純に明智君の使用済み枕を買い取るつもりなのが単純に不快。明智君、綾瀬に枕を売るくらいなら私が5000円で買い取るわ!」
「そりゃないよ、円氏!?5000円とかオレっちの月のお小遣い全額じゃないか!」
「私、お小遣い20000円だから」
「カルチャーショック!?」
「お小遣いで張り合うなよ」
和も20000円もらっていると仮定すると、やはり津軽家は金持ちな気がする。
「津軽家で20000円……?なら、十文字家は30000円?深森家なら50000円いくな……」
「お前もお前で円の家を参考に先輩のお小遣いを推理すんなよ」
月1000円の俺が惨めな思いをするだけじゃないか……。
だから達裄さんのところでバイトして、ギャルゲー代やデート代を稼がなきゃならない。
「あと、枕を売る話はなし」
「えっ!?なんでぇ!?」
「おいおい、そりゃないぜ明智氏!?」
「なんか君ら怖いし……」
円に至っては、多分俺よりグレードが高い枕を使っているだろうに俺のを買う意味が一切わからなかった。
「あと、綾瀬。あんた、和と『童貞を勘違いさせる仕草とトーク』で盛り上がっているんだって?」
「おう!」
「それで星子ちゃんにドン引きされていると?」
「おう!」
「あいつ……」
あ、円が不機嫌になったのか眉がピクッと動いた。
和、南無……。
助けてやりたいが、姉妹の仲に割り込む勇気もなく見ないように目を背けることにした。
「…………んー」
「どうしたのアヤ氏?難しい顔してるけど?」
「なんか、解釈が違うんだよなー」
「解釈?」
突然真面目な顔になったと思うと、ベッドから起き上がり、ずいっと円の顔に近付けるアヤ氏。
「な、なに……?」と、キスするぐらいまで顔が近いアヤ氏にのけ反る円。
そこに、彼女が冴え渡った。
「あんた、津軽円じゃないだろ?」
「っ!?」
ピシャッと、それに気付いたらしく円に突きつけるように口を開いたのであった。




