番外編、満員電車パニック
「ふぁぁ……。ねむっ……」
「秀頼……。冬休みだからってダラダラし過ぎてるんじゃないですか?」
「……うん。ダラダラし過ぎた……」
「認めるんですね……」
おばさんからの指摘に、なんの言い訳も出来ずにお茶をチビチビと飲んだ。
おじさんはどっかに出掛けてしまい、おばさんと絵美の2人が部屋に残りくつろいでいたのであった。
3人でお雑煮とお茶を楽しみながら、正月番組を垂れ流しにしていた。
「おばさんのお雑煮美味しいですね!味付けも濃すぎないので、いくらでもいけちゃいます!」
「ふふふ。ありがとう絵美ちゃん。秀頼も美味しい?」
「ウマイウマイ!この鶏肉が良い味してるっすね!」
「お餅じゃなくて、鶏肉が褒めるとこなの?」
「俺、鶏肉がヘルシーで好きなんよ」
「秀頼君はだいたいなんでも美味しいって食べてるじゃないですか」
絵美の突っ込みに、確かに好き嫌いとかはあまりしないかも……とお餅を噛みながら頷く。
おばさんと絵美の作る料理は絶品なのばかりなので、好き嫌いせずに食べられるということもあるのだが。
「絵美ちゃんは、これから何してるのかしら?」
「わたしはこれから初詣に行ってきます」
「あら。良いわねぇ」
絵美はどうやら初詣に行くようだ。
普段から初詣とか行く用事もない明智家では、中々聞き慣れない単語である。
なんなら、ドラマやニュースなどでしか聞くことのないワード化になりつつある。
お雑煮の汁をすすりながら、絵美の話に頷いていた。
「へー。初詣とか行くんだ。ズズ……。家族と行って来るの?」
「わたしの家族は両親の2人で初詣行くって。お父さんが『絵美居ないの寂しい』って中々説得するのが大変でしたが……」
「あー……。絵美の親父さん、絵美のこと大好きだからなー…………。……ん?じゃあ、誰と初詣行くの?」
1人で初詣?
効率悪くない?
絵美の発言に、お雑煮を食べるペースが遅くなり考え込んだ。
「うん!秀頼君やみんなと行こうと思って!」
「…………え?俺?」
「秀頼が『今、はじめて聞いた』って顔してる……」
「今、はじめて聞いた……」
「どうしますか秀頼君?」
「えー?どうしよっかなぁ!?行っても良いんだけどなー?」
「誘われてめちゃくちゃ嬉しそうな反応隠せてないじゃん……」
「じゃあ、秀頼君もメンバー入り決定!」
「ま、まだ行くって言ってないんだけど……」
そんな制止も虚しく、初詣の同行メンバーに選ばれたようだった。
(もう諦めろ……。お前は絵美に勝てない)と、中の人からも諦められる始末であった。
じゃんけんで絵美との上下関係を示すなら、俺の存在がパーで、絵美の存在はチョキ。
毎度のように勝てない。
流石絵美、強すぎる。
俺の扱い方は、多分誰よりも上になるだろう。
─────
やたら人の混雑した電車に揺られ、絵美と2人で待ち合わせ場所に向かっていた。
この人の量では現地集合にして正解だと永遠ちゃんが出したらしい手腕に感心する。
正月初詣効果は前世もこのゲーム世界も変わらないようだ。
「ひ、人が多いね……」
「満員電車だな……。絵美、はぐれないようにするぞ」
「う、うん……」
「俺が絵美から離れないように手を握ってるから」
「秀頼きゅぅぅん!」
絵美と付き合いはじめて、まだ照れはあるものの、こういった場では触る抵抗は少なくなっていた。
照れはあるものの、彼女とはぐれるくらいならずっと彼女を握っていたい。
絵美のやや冷たい体温にドキドキしながらも、離さない意思を固めていく。
「もうちょっと壁側に行けないか?」
「か、壁側?」
「俺らの近く、男ばっかりで絵美から遠ざけたい……。痴漢とか以前にブレーキとかのハプニングですら触られたくない」
「ひ、秀頼君……」
「…………やべ、恥ずかしいな……」
こんなところで独占欲が強くなる。
絵美がブレーキの揺れに乗じて他人に肌や服を触られることに強い不快感がある。
目的地ではない駅に到着して、人ゴミが少し流れていったことに乗じて絵美の背中を壁側にくっ付けて、その上に俺が被さった。
「ふーっ。これなら大丈夫……」
「ほ、本当に大丈夫?大丈夫なの秀頼君?」
「あぁ、大丈夫。誰にも近付けさせないから」
「ッッッ!ッッッ!と、吐息が当たりそうなくらいに近い!」
「悪い、俺も背中がびっちりと押し潰されててな……。もうちょいの我慢だ」
「(むしろ最高だよ!きゃー!近い!近いよぉ!秀頼きゅぅぅぅん!)」
絵美が恥ずかしそうに俺の顔を見ないようにしている。
大変不快な思いをさせているのかもしれないが、目的地到着までは絵美をガードすることに徹する。
「大丈夫か?快適じゃなくて悪い……」
「うん。大丈夫だよ……」
「…………(満員電車は辛いよな……。俺が不甲斐ないばかりに……。俺に車と免許さえあればっ!)」
「…………(秀頼君に壁ドンされながら、押し倒されている誘いを受けているみたい……。素敵……)」
「……あと10分くらいで着くと思う(だから安心してくれ)」
「うん。ありがとう(10分もこの体勢でいてくれるの!?きゃはー!ドキドキするぅぅ!)」
「……(やべ、変な気持ちになってドキドキする。電車じゃなければ襲ってたかもしれない)」
絵美のシャンプーやら、クリームなどの女の子特有の甘い香りが鼻をくすぐり、口元がニヤニヤしそうな歪みを奥歯で噛みながら、必死に押さえ付ける。
早く!
早く進んでくれ運転手さん!
届くはずのない祈りを電車の運転手さんに捧げる。
しかし、この絵美が目の前にいるシチュエーションは止めたくない葛藤もある。
あぁぁぁぁぁ!
絵美好き!絵美好き!絵美好き!
込み上げてくる愛を、揺れておしくらまんじゅうのようにされた電車で必死に耐え抜いた。
「ひゃっ!?」
「わ、悪い……」
「し、仕方ないよ……。き、気にしないでぇ!」
ついに背中から押され、圧迫して絵美の胸と俺のお腹辺りがぴしっとくっ付く。
小さいながらも、2つの膨らみが押し付ける形になっていた。
「…………(やべっ、揉みたい……)」
不純な気持ちが頭に浮かんで、口に出しそうだったのを、近くにいたハゲたおじさんの頭を視界に入れて無理矢理性欲を抑えたのであった。
それから俺の計算通り、10分間絵美と気まずい満員電車に揉まれながら一気に引く人並みに安心しながら電車を降りたのである。
「や、やっと降りられたな……」
「潰れそうだった……。初詣は危険……」
「初詣に罪はないよ……」
絵美のボケに軽く突っ込みながら、駅のホームを流れるように移動する。
当然ながら、絵美の手はずっと握ったままである。
そのまま、リードするように待ち合わせ場所に向かってお互い歩き出した。