57、谷川咲夜と時間が被る
「そういえば、秀頼も3者面談だったな!秀頼!時間かぶりっー!」
「咲夜っ!時間かぶりっー!」
「なにそれ?」
自分の娘の咲夜と、姉の息子の秀頼が両手を上に上げながら変なジェスチャーをしていて苦笑いするマスターである。
「「時間かぶりダンスだ!」」と、マスターの突っ込みに真顔で言う2人に「あっそ」と興味なさそうな反応を示すマスターであった。
いつまで経っても子供な2人が可愛く見えて、微笑ましかった。
「やぁ、久し振り姉貴。それと、お疲れさまです学園長先生」
「弟、久し振り……」
「咲夜ちゃんのお父さんですよね……。お疲れさまです」
30分前の3者面談が始まる直前に悠久と軽く挨拶を交わした咲夜とマスター。
『咲夜のお父さんは若い』と印象を持った彼女がまさかのまさか、秀頼の保護者であるおばさんと姉弟なのは知らないのであった。
「悠久先生ですよね?こないだ咲夜や秀頼君やヨルさんたちと一緒にバーベキューの引率をしていただいたとか。ありがとうございます」
「いえいえ。学園長先生なわたくしを遊びに誘ってくれる生徒さんなんか今までいませんでしたから楽しかったですよ。文芸部の顧問になってたりと咲夜ちゃんや秀頼…………君とは縁が多いですね!」
マスターの純粋な感謝に、悠久も戸惑いながら感想を口にする。
生徒たちの中では堅苦しい完璧な女傑という印象を持たれがちな悠久を遊びに引きずり回す問題児たちであるが、実際に彼女も引きずり回されるのが楽しかったりするのだ。
「問題児たちですが、問題児ほど可愛いものなんですね」
「あ、ウチの娘と甥は問題児ですか……」
「……良い意味の問題児です」
「良い意味の問題児?ん?良い意味の問題児……?」
マスターが引っ掛かったように悠久の言葉をリピートするが、何度リピートしても褒め言葉に変換されなかった。
(良い意味ってことで、後半の問題児部分は聞かなかったことにしよう……)
そして、自己解決に勤しむのであった。
「あの……、近城先生……?」
「はい。なんでしょうか、秀頼……君のお母さん?」
「息子たちのバーベキューの引率とはなんでしょうか?」
「は?」
「え?」
大人組3人で話し込む中、おばさんだけが1人なんの話か理解すらしていなかった。
(バーベキュー?秀頼や咲夜ちゃんがなんで近城先生と?こないだって最近?)と、1人取り残されていた。
「ゴールデンウィークに秀頼君や咲夜たちでバーベキュー行ったの知らない?彼、真っ先に僕のところへは報告しに来たけど……。秀頼君から報告はなかったの?」
「ないです」
「え…………?」
「ないんですか…………?」
マスターと悠久がアイコンタクトをしながら、お互いに変な汗が噴き出てくる。
明智家の触れてはいけない謎の距離感を2人は察してしまっていた。
「確かにゴールデンウィークに絵美ちゃんから『出掛けてきます』という話はあったけど、秀頼からは何もなかった……」
「あ……」
「あはは……」
「そもそも今日の3者面談も絵美ちゃんからこないだ『明後日秀頼君の面談あるんですよね!秀頼君は何言われるか怖いですね!』って振られなかったら、私知らないままだった……」
「あー…………。絵美ちゃん、ナイスファイトだね……」
「彼女は優秀ですからね……」
「絵美ちゃんからプリント渡されないと、今日の時間帯すら知らなかった……」
「………………」
「………………」
明智家の闇にマスターも悠久も相槌すら打てなくなる。
絵美のファインプレーが無ければ、おばさんは今、学校に来なかった可能性があったのだ。
秀頼の情報の7割は絵美越しにしか聞かされないので、そりゃあ彼女は絵美を信頼しているし、秀頼の手綱を握り結婚して欲しいし、絵美が娘になって欲しいと願ってすらいるレベルである。
「時間かぶりっーゲーム!最悪な時間かぶり!」
「1個しかないサンクチュアリのトイレに誰か入っている時!気まずい時間かぶりっー!」
「ウチが1人でスーパーで買い物していた時、永遠と美月が仲良く同じスーパーで買い物していた時!逃げたくなる時間かぶりっー!」
「クラスメートが俺の近くでイチャイチャしだした時!微妙な時間かぶりっー!」
そんな秀頼の話が槍玉に挙げられていることなどつゆほども知らずに、咲夜と仲良く彼女オリジナルの『時間かぶりゲーム』でデュエルをしていた秀頼であった。
大人同士の会話に割り込むのも悪く感じて、2人していつものように遊んでいたのであった。
「やっぱり私よりも弟に懐いているのかしら……。そんな気はずっとしてた……」
「いやいやいや!秀頼君は姉貴を大事にしているよ!?してる、してる!」
「そうですよ!彼が優等生なのも、明智さんの教育が行き届いているからですよっ!」
おばさんの悪い気配を敏感に感じ取ったマスターと悠久は励ますように明るく彼女を持ち上げた。
もう見えている地雷を見ない振りをして全力で地雷を視界に入れさせないように2人は協力していた。
そこなら10メートル離れた位置には姉弟の息子と娘が呑気にゲームへと没頭している。
「弟……。秀頼から相談される?」
「さ、されなくはないかなー?」
3日に1回どうでも良いことから、真面目なことまで相談されている男は誤魔化しに徹する。
「そう……。私、まったくされない……」
「……ま、まったくってことはないでしょ。彼、話すの大好きじゃん!」
「家ではほとんどしゃべらないわよ……?テレビ見ながら『あのラーメン屋行きてぇ』とか『ホッカイドーとか遠くて行けねぇ』とか独り言ばっかり。学校の姿と、家の姿の剥離が……」
「し、思春期ですよお母さん!この年頃の息子さんは親と話すの恥ずかしいって子が多いんですよ!」
「でも、絵美ちゃんが間にいるとよくしゃべるの……。私、嫌われているんだわ……」
「ないない!彼、旦那しか嫌ってないから!」
「最近は旦那とも微妙に打ち解けてきてるの……」
フォローをする度に違う地雷が踏み抜く2人であった。
「え?秀頼……君と仲が悪いんですか?」
「仲が悪いわけではないとは思うのですが……。微妙ですね……」
「秀頼ぃぃぃ!ちょっと来いや!?」
悠久が耐えられないとばかりに、叫んで秀頼召喚コマンドを実行に移した。
「時間が止まって欲しい時間かぶりゲー…………え?呼んだ?」
「ちょっと僕たちとの会話に混ざろうか……、秀頼君」
「んー?どったのー?」
「あぅ……。ウチボッチになった……」
10メートル先の大人組に混ざるように移動した秀頼。
咲夜だけが10メートル離れて大人組を観察するしかすることが無くなった。
「どうしたの?」
「あの……、姉貴と秀頼君ってどういう関係?」
「ん?おばさんで、保護者で、母親だよ」
「母親って秀頼が言った!」
「?」
秀頼がサラッと口にしたことに、おばさんは変な感動を覚えていた。
自分が秀頼に親と認められていないんじゃないかと不安になっていたのだったが、しれっと認められたことが驚愕であり、嬉しいところだった。
「あの……。え?こんなに人と話すのが大好きなのに、家族としゃべらないの……?」
「え?なんで?」
「3者面談の話、聞いてないって明かされたから」
「て、照れちゃって……。親子2人で学校行くってなんか恥ずかしくて……」
「いやいやいや、報連相はきちんとしようよ!?僕には色々相談するじゃん!?」
「マスターは兄ちゃん感覚で話しやすくて……」
「あ、僕ってそういう扱いなんだ」
「おばさんに話さないの、自覚してる悪い癖なんだよ……。ただ、ほら……、自分の家族にベラベラと自分のこと明かすの恥ずかしいじゃん」
「ただの思春期だなこの坊主」
秀頼が照れながら左手で後ろ髪を撫でる。
その姿は、悠久の言う通り思春期の高校生そのものであった。
「そっか。ずいぶんと年の離れた弟だな」
「て、照れてるのね秀頼……」
「めちゃくちゃ嬉しそうな姉弟ね……」
(さすが人間垂らし……)と、悠久は秀頼の2人への扱い方に心で拍手を贈っていた。
「良い話風な空気感だが、ウチの存在忘れられてる……」
1人ぽつんと咲夜が取り残されていた。
「さ、帰りますよ秀頼」
「へーい」
「こら!弟や学園長先生の前でくらい普通に返事しなさい!」
「はい」
微妙にご機嫌になったおばさんが、秀頼を連れ出して行くのであった。
そんな姿をほっこりとした心境の2人と、寂しい気持ちの1人が見送った。
「悠久先生。あなたの名前を秀頼君や達裄君がよく挙げるから気になっていたんですが良い先生ですね」
「い、いえいえ!なんか巻き込んでしまい申し訳ありません!」
「久し振りに姉貴とも話せて楽しかったですよ。では、また」
マスターが咲夜を呼ぶと、トコトコと彼に駆け寄って来る。
そのまま帰ろうとした時であった。
「あ!そういえば、達裄さんがよく出入りしている喫茶店ってもしかして谷川さんのお店ですか!?」
「え?達裄君?……そうですね。昨日もノートパソコン持ち込んで締め切りがどうこうと頭悩ませた彼が来てましたが……」
「喫茶店の住所教えてくれませんか!?」
「ウチの住所ですか?」
達裄が知人に明かさないよく出入りしている喫茶店の場所をようやく突き止めた悠久であった。
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「ヒルさんは、悠久先生の娘ですよね!?どうしてこんなに成績が悪いんですか!?毎回赤点スレスレじゃないですか!?」
「わたくしは壮大な女よ!娘の生き方は放任主義なのっ!」
「あたしは放任主義で育ったんだ!壮大に赤点回避してるぜっ!」
「悠久先生!?放任主義は特に壮大ではありませんよ!?」
因みにヨルの3者面談に現れた悠久と、担任の星野のやり取りはめちゃくちゃである。
「それに見ろ。保健・体育の成績はマックスだぜ!」
「ふっ、壮大ねヨルちゃん」
「他、全部成績2ですよ!?悠久せんせーっ、もうちょっと娘さんに厳しくしてくださいよー!たまにヒルさんの発言が物騒なんですーっ!」
「あたしは物騒な世界で生きてきたからな。はっ、街中に全裸の死体が落ちてない世界は素晴らしいな」
「壮大ね」
「もうやだーっこの親子ーっ!」
星野はヨルと悠久の親子に振り回された30分はただただ時間の無駄であった……。




