56、近城悠久は心で笑う
「とりあえず明智君は優等生ではあるのですが、個性が強すぎますね。不良よりよっぽど問題児な時もあり評価が難しい生徒です」
「…………秀頼」
「優等生ではあるらしいよ……」
おばさんが頭を抑えながら、怒るべきか褒めるべきかの葛藤に悩まされる。
自分とは血が繋がらないながらも、息子同然に育てた彼は彼女の目から見ても普通とはかけ離れた人物だと小学生辺りから薄々勘づいていたが、それを担任の先生に指摘されて『やっぱりそうなのか……』と確信したのだった。
「とりあえず、明智君はまだ将来が固まっていないということで大学の進学を目指すという進路で良いかしら?」
「はい……。よろしくお願いいたします星野先生」
「おなしゃーす」
因みに、秀頼は会社の窓際族としてお茶汲みの仕事がしたいことや、達裄の元で働くことはまだ担任にも、おばさんにも明かしていないのであった。
なんとなく反対されそうで……、特に前者。
秀頼は涼しい顔をしながら、心臓はバクバク鳴っていた。
「はい。では大学に進学という進路を目指していきましょう。明智君の偏差値では、ある程度の学校は目指せると思います」
「そうなんですね。秀頼、あなた意外と勉強出来るのね……」
「最強の優等生が側にいるのでね」
宮村永遠というバックに、前世での高校知識もある秀頼にとって、勉強は得意な部類である。
それから10分程度、星野とおばさんの会話のやり取りが続き、次の進路相談にあたる仮面の騎士の時間が近付いてきていた。
「では、明智君はもう少し将来を具体的に固める方針でいきましょう」
チラッと腕時計に見て、星野は話を打ち切る。
「ありがとうございました」とおばさんは頭を下げて、秀頼も同じように頭を下げた。
「秀頼について、あまり今まで干渉してこなかったけどもう少し絵美ちゃんとかに近況報告を聞くようにするわ」
「だ、だ、だ、大丈夫だよ!大丈夫!」
「それに、秀頼はギフトは覚醒してないって言い張るけど本当なのよね?」
「本当!本当!ギフト使ってるの見たことないっしょ!」
ギフトを覚醒させてすぐにおばさんに対してギフトを使ったことを思い出した秀頼だが、もう忘れたとあの出来事を隠すことにする。
危険なギフトはやはり身内であっても、まだカミングアウト出来ない秀頼は心苦しいも、そうやって誤魔化した。
「……そう」と、ギフトに良い感情を持ってないおばさんは安心したように納得した。
秀頼の両親がギフトで亡くなったことはマスター同様に知っている彼女は、秀頼がギフトと関わりを持って欲しくないのである。
お互いにそんなやり取りをしながらギフトアカデミーを歩いて昇降口に向かう。
2人が、職員室の前に通りかかろうとした時にちょうど先生が出てきたタイミングだった。
「こんにちは。お疲れ様です」とおばさんが頭を下げると、「いえいえ。お越しいただきありがとうございます」と返された。
その教師はすぐに3者面談の親御さんだと察して誰の生徒だろうと隣の男性に視線を移した時だった。
「あ、悠久…………先生だ」
「秀頼?なにその取って付けたような『先生』は!?」
『実際取って付けただけだし……』と秀頼が苦笑すると、悠久は「んん!?」と驚きながら先ほど挨拶した女性に振り返る。
「も、もしかして秀頼…………君のお母さんですか!?」
「悠久…………先生?なにその取って付けたような『君』は?」
「は、はい……。秀頼の保護者です……」
おばさんが馴れ馴れしく教師と会話する秀頼の姿にギョッとしたが、担任ともまた違う先生に訪ねられてイエスを出した。
「も、も、も、も、もしかして……、ギフトアカデミーの学園長先生ですか!?」
「はい。近城悠久です。この学校の学園長先生です」
「入学式で見た以来ですが……。か、かなりお若いですね……」
「ありがとうございます!」
悠久がニコニコときらやかな笑みを浮かべて挨拶をする。
端から見たらそれはそれは、もう立派な教師にしか見えない。
「……………………」
しかし、秀頼はその美しい微笑みの下に悪魔のような本性が待ち構えているのを知っている。
さしずめ秀頼のおばさんと気付き、面白がっていることを察していた。
「秀頼……君のお母さんもお若いですね!高校生の息子がいるなんて思えませんよ!」
「学園長先生にそんなこと言われるなんて恐縮ですわ!」
「…………」
確かにおばさんもおばさんで若いと秀頼は常日頃から思っていたことだった。
秀頼が見た目だけは若いと評価しているマスターの姉だけあって、彼女もまた若そうな風貌をしている。
(というか、子供の時から顔変わってない気がする……)と、秀頼が悠久の指摘で気付かされたことが1つ出来た。
少なくとも、叔父は衰えてきた印象は抱いていた。
「最近の親御さんは若い人が増えてますね」
「そうなんですか?」
「はい。30分ほど前に見かけた3者面談に来ていたお父さんの人も若い人でしたねー」
「あらあら。そんな人もいますのね」
「高校生の年齢ですと、30代~50代まで波がありますからね。わたくしも若い内に子供が欲しかったですわ」
悠久が口元を抑えながら「ほほほほー」と愛想良く笑っている。
それを秀頼がさくっと横槍を入れる。
「いや、あんた俺と同い年の娘がいるだろ」
「えぇ!?学園長先生、そうなんですか!?」
「ちがっ!違います!確かに娘ではありますが、あくまで保護者です!血は繋がってませんよ!?」
「あー。そうなんですねー……。私と秀頼も血は繋がってないです……」
「同じ境遇でしたね……」
ヨル・ヒルの保護者の近城悠久。
明智秀頼の保護者の明智奈々。
変な共通点を見つけ出し、お互いの好感度が謎に上がっていく。
「息子のヤンチャに振り回されて大変なんです……。小学生の時は『秀頼君はドッジボールが強すぎるのでボールをキャッチしないようにお母さんからも口添えをお願いします』など先生に電話をもらった時は泡を吹きそうになりました……」
「わかる。ウチの娘も常にナイフを持ち歩くほどにヤンチャでヤンチャで……。最近は、複数人の女性と付き合っている悪い男にゾッコンなんです……」
「まぁ、そんな最低な女の敵が身近にいるのですね……。秀頼にはそんな不誠実な人に育たないか心配ですわ……」
「……………………」
因みに、その最低な女の敵は発言者の隣に気まずそうにしている男である。
居心地が悪そうにしている男を悠久は心でニマニマと笑っていた。
「秀頼……君は女性にモテるようなのでしっかり教育をお願いしますね」
「え?秀頼がモテるんですか?いつもゲームばっかりして部屋に閉じ籠る引きこもりですよ……?」
「それはもう。各クラスに秀頼君好きな女の子が10人はいるレベルで」
「マジで!?誰!?誰!?誰!?誰!?誰だよ悠久!?嘘だったら悠久のやらかし全部知人にラインで送るからな!?」
「やめなさい秀頼!恥ずかしい……」
「あぅ……」
親の首輪があることを忘れた秀頼は、おばさんの制止に止めざるを得なくなる。
秀頼のストッパーになったおばさんを見て、悠久が素直に感心していた。
「あと、しれっと学園長先生を呼び捨てにしてなかった?」
「いえ。僕ごときが近城先生を名前で呼ぶのすらおこがましいです!」
「そう……。すみません、学園長先生。私の聞き間違いだったみたいです」
「素で悠久って呼んでますよそいつ」
「僕ごとき、一般生徒が近城先生のような忙しい人と話せる機会なんて一生に1度くらいですよ……」
「ぐっ……」
1週間に最低3回は話しているじゃないかと悠久が突っ込みそうになるが我慢する。
「そろそろおいとましますわ」とおばさんが秀頼を連れて学校から出ようとした時だった。
『あっ!?秀頼だ!秀頼ぃぃぃ!』
「え?」
自分の名前を呼ばれて、悠久の背中より奥へ視線を向ける。
そこには、彼の恋人と父親が並んで歩いていた。
『あ!悠久もいるぞ!』と、秀頼の名前を呼んだ女子の声が3人の耳に届く。
「そうだ!彼女のお父さんがさっき若いって言ってた人ですよ!明智さんと同じくらいお若いですよね、谷川さんのお父さん」
「あ、弟……」
「あ、姉貴……」
「…………え?」
なんの偶然なのか……。
秀頼の親子と、咲夜の親子が廊下でバッタリと出くわしたのであった。




