32、上松ゆりかの独占欲
ついに来てしまったゆりかのクラス。
緊張を抑えながら、落ち着いてリラックスさせるために3回ほど深呼吸を繰り返す。
意を決した俺は教室の出入口付近に待機していた女子生徒に『このクラスの上松ゆりかを呼び出して欲しい』旨を伝えた。
パリピみたいな子で、目が大きいギャルっぽい子が「ゆりかっち?」っと俺を不思議そうに見てきた。
「あ!もしかしてのもしかしてゆりかっちの彼氏さん!?」
「う、うん。もしかしてもしかしなくてもゆりかの彼氏だよ」
「うわわっ!?メチャクチャイケメンじゃん!それにゆりかっちが苦手そうな見た目してる!チャラそうで夜遊びとかしてそう!」
「え?褒めてたのに突然貶すじゃん」
イケメンと呼ばれて悪い気はしなかったが、チャラそうとか夜遊びしてるとかただの原作の明智秀頼の悪行を挙げられて複雑な気分である。
見た目バフが強すぎて悪人と思われることが多い容姿はちょっと普通の生活はしにくいところがある。
「あ、もしかしてのもしかして!ゆりかっちのご自宅お持ち帰りデートする感じっすか彼氏さん?」
「っ!?」
「あははははは!やっぱりのやっぱり!ゆりかっち、あたいらの話を鵜呑みにしてた!面白くて天然だよねゆりかっち」
「それは本当にそう。面白くて、弄りたくて笑顔になる」
「わかりみのわかりみ!それそれのそれ!」
面白い喋り方するパリピギャルだなーとちょっと真似したくなる。
普段、ゆりかがこのパリピギャルに弄られつつ可愛がられている姿が容易に想像できてしまう。
「あんなに身長が高くてスタイル抜群のゆりかっちにこんな彼氏さんがいるとか……。やっぱりのやっぱり、美女には美男を彼氏にする力があり寄りのありかー。彼氏さんの名前はー?なになにのなにー?」
「あ、明智の秀頼……」
「明智の秀頼!明智先生で有名な明智君!」
「し、知ってますか……?」
「知ってるの知ってるー!織田先輩をボッコボコにした強いの強い人ー!」
「そ、そうなんだ……」
「今の地味ぃーな生徒会長先輩よりよっぽど明智の秀頼君の方が知名度あるよー。あり寄りのあり」
去年の決闘がまさかこんな知らない生徒の耳にまで届いているとは……。
だから知らない生徒からも『明智先生』って弄られまくるのか、その原因がわかった気がする。
(織田家康、どこまでもお前の邪魔する男だな)と中の人に突き付けられて、頭が痛くなってくる。
「そろそろ、ゆりかを呼んでくれないかな?」
「はいはいのはーい!ゆりかっちー!彼氏さん来てるーっ!」
パリピギャルが叫ぶと机でカバン整理をしていたゆりかが「今行くーっ!」と返事する。
「まさかトレンドのトレンドって自宅デートをごり押したらすぐに彼氏呼ばせる行動力はすごすごのすご」
「すごすごのすご……」
「お待たせしました、師匠!」
パリピギャルとゆりかが来るまで話していると、わりとすぐに準備を済ませたゆりかがやって来る。
「師匠!?師匠ってなに!?ゆりかっち!?」
「おぉ、ギャル子言ってなかったか。彼は我の師匠であり、我の彼氏の明智だ」
「お、おもろのオモロでしょ!し、師匠って……。師匠って……!なんの師匠なん?ゆりかっちの笑いの師匠?」
「いや、己という孤独の中で戦い抜く力を示してくれたのがこの明智。師匠だ」
「あははははははは!なんのそれー!?おもろのオモロやん!」
「恥ずかしいから余計なこと言わないでくれ……っ!」
「どこが恥ずかしい。我は師匠と出会うことで、自分を見失っていたことに気付いた」
「ひぃぃぃ。お腹が痛いの痛い!そんなセリフ、アニメでしか見たことない!ゆりかっちサイのコウでしょ!」
ゆりかにギャル子呼ばわりされていた女が大爆笑をしていた。
彼女には一切なんの悪気もない天然なのがまた強く叱れない一因になっている。
「あー……。おものローだよ」
「めっちゃツボに入っているじゃん」
「ギャル子は失礼な子なんだ。突っ込むだけ無駄だぞ師匠」
「そー。あたいはしつのれーな女なの、ししょー」
「ギャル子まで師匠と呼ぶな!我の師匠だぞ!ほら、行くぞ明智!」
「うわっ!?ゆりか!?」
「お持ちの帰りデート、楽しんでのきてねー」
いちいち文章を区切るようなギャル子語録が頭に離れなくなったまま、ゆりかに強く引っ張られる。
そのまま2年1組の教室から離れて、遠く離れた昇降口玄関まで引っ張られる。
ギャル子から少しでも離れたい意思がビンビンに伝わってきた。
「ゆりか……?そろそろギャル子も見えないしそんなに引っ張る必要ないぞ?」
「明智は我の師匠……。我だけの師匠だ!」
「わかったから!わかってるから!落ち着けってゆりか……」
「相変わらず師匠は誰とでも仲良くする!なんでギャル子とあんなに話せるのだ!我だって彼女と仲良くなったのに1ヶ月は必要だったのにっ!」
「いや、さっきのは俺の性格云々じゃなくて、ギャル子のコミュ力が高いだけでは……?」
「とにかく我は妬いているようだ。西軍の中では抑えているが、我だって独占欲が強いみたいだ……」
「そっか。なら、今日は俺もゆりかを独占する」
「…………インチキだぞ、師匠」
たまに彼女たちの口から西軍と聞かされるが、西軍って何?って疑問があるのをぐっと堪える。
今したいのは、そんな話ではない。
「独占したい女から師匠って呼ばれるなんて色気もそっけもないな。たまには秀頼って呼んでみろよ」
「なっ!?あ、明智!」
「秀頼、だよ。師匠命令ってやつ」
「ひ、ひで…………より……」
「デレデレじゃん!今日だけは秀頼として呼ばないと返事しないよ」
「そ、そんな!?師匠!?」
「……………………プイ」
絵美がたまにするように知らんぷりをする。
ゆりかは10秒程度考え込み、恥ずかしながらそれを口にする。
「ひ、秀頼……」
「よく出来ました」
「っっっ……!?」
ゆりかに名前呼ばれるのはじめてに近いかも、なんて考えながら一緒に靴を履いて学校を飛び出した。