2、明智秀頼は助ける
「こっちの方は住宅街ばかりだから来たことなかったけど広い自然公園があるんだな……。タケルが何を思ってここまで来たのかはわからないけど……」
何人かランニングをしている人や、遊んでいる子供などが集まる場所のようだ。
散歩がてら辺りを散策する。
風により木々が揺れる音が心地よく鳴る。
前世での生まれ育った街が田舎だったこともあり、どこか懐かしさがある。
『光秀、手を離さないで歩くのよ』
『うん!わかった!』
『素直であなたは良い子ね』
前世の小学校に上がる前の記憶が蘇る。
母さんと手を繋いでここに似た公園を歩いたっけ……。
そんな純粋さが恥ずかしくて、口元を右手で抑えてしまう。
いつの間にかギャルゲーとかで盛り上がるような学生になっちゃったよ。
「お?」
俺の記憶が正しいならタケルとセレナが会っていたような広場へと続く道を見付けた。
うろ覚えだが、木に囲まれたシチュエーションだったのでここじゃなかったとしても、ここに近い場所かもしれない。
別にあの広場へ行ってみても良いが、セレナに会うことは考えていなかった。
タケルが気になっているようなんで、顔見に来ましたなんて言えるはずもない。
広場から遠ざかるように足を動かし、開けた場所に出る。
「うん、中々浸れる公園だな」
黄昏るには最高のシチュエーションだ。
池が見える場所に赤いベンチがあり、どすっと腰を下ろす。
彼女たちとゆっくりと散歩をしながら穏やかにデートをするぶんにはもってこいだ。
永遠ちゃんと一緒に本を読む。
円と一緒に原作対策会議をする。
美鈴と並んで散歩する。
色々なデートシチュエーションを妄想しては、悪くないと満足しながら頷いた。
どんな妄想しようが、今の俺は1人だから実行できないわけだが。
ぼーっとしているだけなのに、なんかしている気分になれる。
本当に気分だが……。
「ここで1秒過ごしている間に、南極でも1秒過ぎているのか。ヤバイな!」
(何言ってるんだ主?)と黄昏ることを知らない中の人からは総突っ込みをくらった。
もうしばらく動きたくなくてぼーっとスマホも見ずに池の水面を無言で眺めていた時だった。
「けほっ、けほっ、けほっ!」
「っ!?」
近くのベンチに座っていた少年が咳を出して息苦しそうにしていた。
危ない!と思ったときには身体が動いていた。
「おい、大丈夫か!?」
「げほっ!けほっ!」
「えーっと……」
少年に駆け寄ってはみたがどうすれば良いのかわからない。
人が苦しそうにしている時の対策なんて保健の授業でやったAEDしかわからない。
ただ、野外であるここにAEDがどこを探せば良いかはわからない。
頭が良い永遠ちゃんや、タケルと一緒に人助けをしていたヨルならAEDがなくても正しい救助方法を知っているから通話するのも手と考えたが、それなら救急車を呼ぶべきかと手段に悩む。
「お?」
辺りを見渡していると良いものを見付けてかけよる。
池の周辺に自動販売機があり、急いで水を購入し、少年に「飲めっ!」と手渡すと咳をしながらもごくごくと水を一気に飲み干した。
「あり、ありがとうございます……。けほっ」
「だ、大丈夫か?」
「すいません……。僕、身体が弱くてたまにこういう咳が止まらなくなったりしちゃう時あるんです……」
「そうなのか……。大変だな」
身体が弱いか。
どうしても病弱だった来栖さんの面影を重ねてしまう事情である。
このまま『咳収まって良かったですね』と言って帰るのもまた感じが悪いだろうか。
「ありがとうございます。あ、水の代金」
「良いよ、良いよ!そんな高いもんじゃねぇんだから!」
「で、でも……。なにかお礼を……」
「気にしなくて良いっての。えっと……、中学生かい?」
「はい!中学3年生です!」
「俺、先輩なんだから奢られたってことにしとけって」
「は、はい……」
「ラッキー、ラッキー。ほら君も」
「ら、ラッキー、ラッキー」
「バカにしてんのか?」
「えぇ!?ちがっ、違いますっ!えと、あの……」
「冗談だよ。そんな真面目に捉えなくても……」
「申し訳ありません!申し訳ありません!冗談が通じなくて……」
真面目で優しそうな雰囲気をまとうピュアな目をした短髪の少年をつい弄りたくなる親しみやすさがあった。
お互いに笑いあったあと、申し訳なさそうに「ありがとうございます!」とまた頭を下げた。
俺の知り合いにはいないグラビアとかも読まなそうな純朴そうな子で可愛らしい。
爽やかだし、穢れを知らない光そのもののようは少年だ。
「一応家族にも連絡しといて。このまま俺と別れてからまた発作とか起きる可能性あるし」
「そうですね、ありがとうございます。家族を呼ばせていただきます!」
「スマホ持ってる?無いなら貸すけど」
「いえ、大丈夫です!スマホは母親からいただいてます!」
「そっか」
俺から10メートルほど離れるとスマホを取り出して、家族に電話をかけたようだ。
「いつもいる自然公園にいるから」という声がかすかに聞こえたが、なるべく他人のプライベートな会話を耳に入らないように、スマホを弄りスターチャイルドのインスタに集中し、まわりの音をシャットダウンさせた。
友達と一緒にスタヴァの新作コーヒー飲んだという書き込みを見付けて、和や乙葉、五月雨と一緒なのかな?とか勘繰りを入れてしまう。
もしかしたら絵美や咲夜やヨルなど先輩と一緒という可能性もあるだろう。
「あれ?俺、誘われてないんだけど……」
おかしいな?
星子からスタヴァを誘われたらどんな用事をかなぐり捨ててでも絶対に向かうのに。
エニアとの最終決戦の予定が組まれていても、即答で星子を優先させるのに……。
くっ……、俺の気持ちは届かないのか……。
「誘われてないとは……?」
「あぁ、わりぃこっちの話しだよ」
「スタチャのインスタ見てましたよね?スタチャと知り合いなんですか?」
「そ、そ、そ、そ、そんなわけないじゃん!」
「そうですよね。僕もスタチャ好きなんですよ。ユーチューブで新曲の『星空レーザー』を何回もリピートしてます」
「最高かよ君は!どの歌詞が好き?」
「歌詞ですか?……『迷わず明日をレーザーで凪払え。君の道しるべになる』の部分ですね」
「おぉ!最高だな君は!」
「あ、ありがとうございます!」
因みに彼の好きな歌詞と言ってるワンフレーズは、俺が作詞した部分である。
達裄さんから『作詞全部しろって言わないからなんか書いてみ?ワンチャンスタチャの新曲で使うかもしれないから』と言われてノリノリで3つほどのフレーズを書かせていただいた。
そのフレーズを元にスターチャイルドの新曲が作られたという経緯がある。
無理矢理スタチャが作詞で3フレーズ全部入れてくれたというプロ精神である。
「よくこの公園で池を眺めながらスターチャイルドをイヤホンで流しているんですよ」
「スタチャが引退しても頼むよ」
「引退しても聴いてるかもですね」
「熱血のあるファンだ。俺がスタチャのサインを真似して書いてあげよう」
「出来るんですか?」
「あぁ。暇さえあるとスタチャのサインを眺めながらスタチャのサインをセルフで書く練習をしているんだ」
「なんの意味があるんですかそれ?」
「自分がスタチャになった気分になれるよ」
「おぉ!そんな楽しみ方がっ!目から鱗です!」
彼が持っていた国語のノートの表紙に渾身の出来であるスタチャのサインをすらすらサインペンを走らせた。
本人曰く『影武者にしたい』レベルと称賛していた。
「うわぁ!凄い!スタチャのサインだ!」
「友達に自慢していいぜ」
「いえ、スタチャが書いたわけじゃないので自慢はちょっと……」
「国語の教科書にもサイン書くよ」
「先生に怒られちゃうので……」
楽しく初対面の少年とスタチャトークで盛り上がる。
スタチャ会話をするだけで、友達が増えていく気がするので、彼女の偉大さに大きな拍手を送りたい。
そんな感じで少年の家族待ちをしていた時であった。
「おーい、シゲル!いたいた!」
「あ、姉ちゃん!来て、来て!この人が僕が発作を起こした時に助けてくれたのっ!」
「ウチの家族が迷惑かけました」
「いえいえ、迷惑だなんて」
少年のお姉さんに頭を下げられて、俺も頭を下げる。
パッとお互いに顔を見合わせた時だった。
「って、ひぃ君!?」
「詠美!?」
「あれ、姉ちゃんの知り合いですか?姉ちゃんはこの先輩知ってる人ですか?」
「知ってるもなにも……」
「クラスメート……」
「えぇ!?そんな偶然あるんですか!?」
助けた少年の姉は佐木詠美。
クラスメートどころか、幼馴染である。