1、十文字タケルの女
「あーぁ……、ゴールデンウィーク終わっちゃったなぁ……」
「はぁ……ゴールデンウィーク終わって悲しいの部だな……。まぁ、俺は部活でゴールデンウィークもまともに休みが無かったわけだが……」
タケル、山本と朝からゴールデンウィークが終わったことによる負のオーラを撒き散らして嫌々と学校に登校してきたようだ。
教室のみんなも半分以上の目が死んでいる。
「部活ってシステムが狂ってるよ。なんで休み削ってまで部活に行かないといけないんだよ」
「おそらく会社で働いた時による休日出勤に慣れさせておくべきだ」
「明智の推理嫌だなそれ……」
叔父もよく休日出勤に駆り出されている姿を見るとあながち間違いではないと思う。
30年以上、働いたことないから知らんけど。
「そういえば聞いたぞタケル。理沙の前だから黙ってたけど女出来たろ?」
「うえぇぇ!?マジかよ十文字!?も、も、も、もしかしてゴールデンウィーク脱童貞ってか!?」
「お、お、女なんかいねぇよ!?脱童貞ってなんだよ!?脱税みたいなこと言うなよ!?」
「でもなんかキョドり方がいつもと違うな」
「これはなんかありましたなー明智先生?」
「なんかあるよなー、山本先生?」
「おい、仲良く結託するなや!結託するにしても仲悪く結託しろよ!」
「仲悪く結託ってなんだよ」
動揺してしまっているタケルの斜め上な指摘に俺と山本が面白いことを発見しちまったという顔でアイコンタクトをする。
お互い弄り合おうの合図である。
「十文字よぉ、名前はなんて子!?なんて子だよぉ!?」
「ウチのクラスか?違うクラス?他校?まさかのまさかでOLっ!?」
「ま、マジかよ!?OL!?いや、お前なら巫女まで狙える!」
「いや、タケルなら全人類のホモサピエンスの女なら誰でも狙えるよな!?な?な?タケル?」
「おいっ、やめろよーっ!落ち着けよお前らーっ!?」
「……………………」
「……………………」
「うわぁ!いきなり落ち着くな!」
タケルの指示通り落ち着いたわけだが全人類のホモサピエンスの女はさすがに言いすぎた。
そんなギャルゲー主人公、逆に嫌だな。
「OLはないだろ明智ぃ……」
「お前だって巫女はないだろ?」
「お前は十文字をわかってない。十文字はもっと硬派なんだよ」
「いや、山本がわかってない。タケルは意外とモテるんだよ」
「どう思う十文字?」
「俺が当たってるよなタケル?」
「仲悪く結託するなよ」
山本とのタケルの解釈違いの争点になるが、当事者で仲裁者になったタケルの突っ込みで冷静になった。
厄介ファンみたいになってしまっていた。
「なぁ、なぁ、なぁ、十文字?名前だけでも……な!先っちょだけ、先っちょだけでも」
「先っちょって言い方やめろ」
「観念するしかなさそうだなタケル」
「どの辺で観念するしかなさそうなの!?」
タケルが「はぁ……」とため息を吐く。
これ以上は何か言っても無理だと悟ったようだ。
「仕方ない……。名前だけだぞ」
「おー!」
「ちょいちょい」
タケルが小声で言いたいらしく、耳をこちらに傾けるようなジェスチャーをする。
「…………っ!」とちょっとずつ躊躇いながらも、勇気を出してその名前を出した。
「せ、セレナって子……」
「は?が、外国人?か、カタカナの名前?」
「俺もカタカナの名前だよ。というか、アリアさんやターザンだってカタカナの名前だから珍しくもないだろ」
「…………」
「秀頼?」
「あぁ、……いやなんでもない。タケルが気になる子だからどんな顔かなってイメージしてたよ。はははっ」
「確かになぁ。十文字の妹の十文字さんみたいな子かな」
「山本が理沙を呼ぶのはじめて見たかも」
タケルと山本が呑気な会話をしている中、俺の意識は違うところにあった。
セレナねぇ……。
よりにもよってそこを引くかねぇ……。
というか、セレナという存在を今の今まで忘れていた。
まぁ、明智秀頼の死亡フラグには一切関係ない相手という意味では大当たりかもしれない。
まだまだ油断は出来ない状態ではあるけど。
サーヤの『近々、あなたは大事なものを失うかもしれませんわね』という忠告もまだ残っている。
「なんだよっ!付き合ってんのかよっ!」
「つ、付き合ってねぇよ……。ただ気になるだけ」
「ピュアかよっ!ピュアなんかよっ!お前はピュアかーっ!」
単にタケルがエンディングに向かう通過点としてセレナに関わるだけなら俺がとやかく言う必要もない。
ただ、もしタケルが本気でセレナが好きなのであれば──。
──それは、悲恋に繋がる。
「…………」
俺は外野に徹するだけだがな。
セレナの情報はほとんど忘れちまったしな。
覚えているのは、顔と名前と結末のみ。
確かに『悲しみの連鎖を断ち切り』の登場人物に間違いはない。
しかし、原作には一切関わらない登場人物だしね。
かといって、別にノアさんや楓さんみたいな桜祭作品の登場人物でもなければ、サーヤみたいな原作と同じメーカーの作品というわけでもない。
俺も対策しようがない。
完全にお手上げである。
円なんかは多分『セレナって誰?』というレベルであろう。
あんまり深入りしてくれるなよ。
「何がきっかけだったんだよーっ!?ゴールデンウィークに初対面?それとも、実は結婚を約束していた幼馴染っ!?」
「山本の発想がどんどん秀頼化していってないか……」
「何そのムカつく突っ込み?」
「んんっ!初対面だよ初対面!もう良いでしょ!?終わり、終わりっ!」
タケルが最後に初対面であることをカミングアウトして終わらせた。
セレナのことを思い出したかったし、ちょうど良かったかもしれない。
自分の席に戻り、タケルのヒロイン候補になりそうなセレナを必死に思い出そうと無になり、目を瞑る。
黙祷をしている感じで、頭をスッキリさせる。
「…………」
セレナねぇ……。
あんまり覚えてないんだけど……。
そういや自然公園でタケルと会ってたんだっけか……。
タケルの自宅から最寄りにある自然公園というと……。
俺らが通った中学の学区からはみ出た場所にあるところか……。
セレナなどノーマーク状態だったこともあり、行ったことはないが足を運んでみても良いかもしれないな。
俺では会えるとは思えないけど……、下見しておくのは悪手ではないはずだ。
今日の放課後の予定は決まった。
一応の保険のためにも自然公園に立ち寄る用事が出来たのであった……。