61、十文字理沙は気が早い
──トントン。
俺の部屋の扉がノックされる音がする。
そちらに返事をすると「お邪魔しまーす」と遠慮がちな少女の声がした。
「おはようございます明智君。絵美さんも円さんもおはようございます。本当に3人で明智君の部屋にいたんだね」
「君はノックをしてくれて素晴らしい子だよ、理沙!」
「はい……?」
「何故か俺の部屋にはノックをしない子ばかれらが来客するからさ」
チラッチラッとノックをしない2人にわざとらしい視線を送る。
因みにゴールデンウィーク中に遊びに来た後輩のアヤ氏こと綾瀬祥子もノックをきちんとする子である。
「いつも秀頼君が期待以上の反応してくれるから……」
「明智君に驚きのサプラーイズ」
「と、こんな感じだからさ」
「あはは……」
理沙も絵美と円の反応には苦笑いである。
ノックをしてくれる器の広さは、胸の大きさで決まるかもなんて説をあげたくなる。
「ノックの話は置いといて……」
理沙が本題とばかりにノックの話題を捨ててしまった。
このままノック議題に入れば絵美らのノックしない問題を解決出来るかもしれないという算段があったが、理沙が話の本筋に入るのでそちらに傾聴する。
「絵美さんからラインで意見をもらいました」
理沙が明智宅に遊びに来た理由は、やはりタケルの様子が変事件が原因である。
絵美が今3人揃ってるとラインを送ったら理沙も来るという流れになり、今に至る。
「に、に、に、に、兄さんに……、か、か、か、彼女というのは……、ま、誠ですか……?」
「めっちゃ動揺してるじゃん……」
「ど、ど、ど、ど、動揺ちゃうわ!」
「ど、ど、ど、ど、童貞ちゃうわ!」
「聞いてない、聞いてない、明智君は引っ込んで」
口調がおかしくなった理沙の真似をしたら円から突っ込まれて聞き役に徹することになる。
「へー、秀頼君童貞なんだぁ!このこのーっ!」
「だから童貞じゃねぇって……」
頭ピンク筆頭な絵美は真っ先に食い付いた。
夢でエニアを抱いたり、さっきも絵美とやってる夢を見たからドリーム童貞である。
「兄さん、今日もなんか上の空なんですよね……。朝食のヨーグルトを食べながら、私と視線を合わせないようにしてるし、女子アナ見てため息付いてたり、CMに出ている女優を見てため息付いてたりしてるんですよ」
「猫みたいにさかってんな」
「さかっ!?」
「そりゃあ女意識してるな」
「で、でも明智君の推理じゃないですか!」
理沙は納得いかないとばかりに噛みついてくる。
タケルがシスコンなのと同じで、彼女もまたタケル大好きなブラコンである。
「ど、どう思いますか円さん!?」
「ギャルゲー、始まったわね……」
「円さん!?ぎゃ、ぎゃるげえ?って何ですかね、絵美さん?」
「恋愛シミュレーションゲームまたは、恋愛アドベンチャーゲームなどがそれに該当しますね。秀頼君が子供の時から現在もずっとずっとずぅぅぅっとプレイしているゲームですよ」
「え?ゲームじゃなくてリアルで恋愛すれば良いのでは……?」
「あ……」
「あ……」
「あ……」
ギャルゲーマー3人の地雷を踏み抜いて爆発させた理沙の発言に固まってしまった。
今、彼女は言ってはいけないことを言ってしまった。
「それより兄さんですっ!兄さんのギャルゲーが始まったということは、兄のタケルが恋愛をしているということでしょうか?」
「なんの不思議もないだろ」
「右に同じ」
俺と円は前世でタケル主人公のゲーム『悲しみの連鎖を断ち切り』をプレイしていた。
むしろ時系列がギフトアカデミー入学まで来たのに、一切ヒロインを攻略しないタケルにやきもきしていたまである。
「え、絵美さぁん!」
「ま、まあ確かに十文字君はモテそうな顔してますよ……。わたしは眼中にありませんが……」
「私も眼中にないけど、確かに整った顔してるわよね」
「兄を眼中にないと切り捨てられると、それはそれで複雑ですね……」
理沙が苦虫を潰したように眉をひそめる。
本当に兄想いな子で、タケルが理沙から離れたがらない理由がよくわかる。
「もう、タケル大好きブラコンじゃん」
「べ、別にブラコンじゃありません!大体、明智君はシスターコンプレックスじゃないですか!」
「まったくその通りだ」
「もはや秀頼君の中でシスコンは罵倒にすらならないんですよ……」
理沙からの『シスターコンプレックス』呼ばわりは、前世での小学生時代『馬鹿って言った奴が馬鹿なんだーっ!』という発言者が1番馬鹿な発言をされた気分になる。
なんとも思わない。
心が広い大人になったようだ。
「ただ、結婚したら私の義姉になるんですよ?気になるじゃないですか」
「それは気が早すぎるだろ」
「む!だって、私は明智君と結婚する予定ですよ」
「わたしも!」
「私も!」
「…………あ、ありがとう」
「照れてる明智君可愛いですよね」
「うぐっ……」
理沙にまでからかわれる始末である。
絵美と円は「にやにや」とわざとらしく口にしている。
久し振りに聞いたけど、やっぱり負けた気分になるからかい方である。
「十文字君の彼女ねー。やっぱり胸はスイカサイズになるわね」
「円さん?なんで私見ながらスイカって言いました?」
そりゃあ、あめ玉サイズよりスイカサイズが好きな人の方が多いからじゃないか?
それに、理沙っぽい子を連れて来る可能性も高いかもな……。
「えー!兄さんの彼女とか気になり過ぎるじゃないですか!」
「待て、理沙。もしかしたら女に関係ないことに悩んでいるかもしれない」
「明智君からさんざん『女だ!』って煽っておいてなんですかそれは!?」
「単にゲーセンで1000円両替したら100円取り忘れたくらいの悩みかもしんねーじゃん」
「猫みたいにさかってるとか、女の悩みとか言っていた口で何言ってるんですか!」
「そんな……。理沙の口からさかってるなんて……」
「なんでショック受けてるんですか!明智君が言ったんですよ!」
理沙がぴしぱしと肩を叩いてくる。
「流石の明智君でも真面目にふざけられるとイラっときますよ」
「タケルのことになると、どうも照れておふざけに入っちゃうんだよ」
「秀頼君は昔からこういう人ですよ」
「ノリで生きている人だよ」
「え?何その評価……?」
ノリで生きている人はむしろ咲夜とかヨルとかあの辺じゃねぇかな……。
「十文字君と女の子のイチャイチャSS書いているクセに照れておふざけに走るんだ」
「小声でもそういうこと言うな……」
円以外にタケルのイチャイチャSSを書いているの秘密なんだから、絵美と理沙に聞かれるかもしれない状況でその単語は出すなと注意だけはしておいた。
しかし、タケルの心境の答えは結局出ない。
周りがどんな推測を立てようが、悩んでいるのはタケル1人だからな。
「よし、こうなったら……」
「こうなったら?」
「プロに占ってもらおう」
「占い?」
3人が「え?占い?」と予期せぬ言葉で復唱していた。
「恋といったら占い。悩みといったら占い。筋肉フェチといったら占いだ」
「筋肉フェチはよくわかりませんが……」
「今から4人でタケルのことを占ってもらおうぜ」
「でも、占いなんかどこで?」
「ふっふふ。こう見えて、実は知り合いの占い師がいるんだ。ガッツリやってもらおうじゃないか」
「なんで占い師の知り合いが?」
「腐れ縁だ」
絵美が来て、円が来て、理沙が来て、4人で占い師へ向かう。
どこかRPGのような流れになり、早速家から飛び出した。
当然、向かうのは記憶喪失ラスボスが君臨する久し振りの『暗黒真珠佐山』である。