59、佐々木絵美の催眠術
「あーぁ……。ゴールデンウィークは良いなぁ……。いくらでも寝放題だよ……」
つい先ほど、スマホの時間を確認したら7時20分をまわった。
俺が朝、学校に通うのに自宅を出る時間帯である。
月曜日から金曜日の平日にこんなにゆっくり出来るだけで俺は幸せ者だっ!
無人島の屋根しかない場所で、どしゃ降りの雨の中で睡眠を余儀なくする苦痛を知ってしまうと、壁があるだけで感動するのだ。
「食べ放題の店だけじゃなくて、寝放題の店とか……あったら良いのに…………」
今、脳が意識を切り離した。
そろそろ2度寝に入れそうだ。
深夜の2時頃に寝て現在7時30分。
起きたら10時を目安に睡眠が出来れば十分だろう。
宿題も済ませたし、ダラダラと自堕落するんだ……。
『寝るなら、夢を見なくてはね……』
謎の少女の声が耳に入る。
中の人のような脳に語りかける野郎の不快な声ではなく、絵美のような優しく天使のような声だ。
その声で『夢を見なくては』と忠告されたら、夢を見なくてはならない気がしてくる。
「夢の……内容……は?」
『秀頼君の可愛い!可愛い!カワイイ彼女である絵美ちゃんとパコパコする夢だよ』
「絵美ちゃん……と……、パコパコする……」
神のお告げなのか、それはとても魅力的な夢への入り口である。
意識が落ちていく中、催眠にかかっていく。
『ひでっ、より君!秀頼君!気持ち良い……、あっ、そこっ!?そこっ!?』
『なんだ!なんだ!?絵美は普段から俺をからかっているクセにずいぶん可愛いらしい弱っちい声出してるじゃねぇか!』
『あ、ちょ!?優しく……!?』
「って、どんな夢なんだよ!?」
俺の部屋のベッドで生まれた時の姿になって何やってんの!?
わかんない、俺は童貞だから何やってるのか全然わかんなかったね!
ギャルゲーにRが付くような18な世界になってはいけないよ!
額に付いた汗を腕で拭っていると、寝ているベッドの横からひょこりと少女の顔が見えた。
「ばあ!おはよう秀頼君……」
「え、え、え、え、絵美ちゃん!?ど、ど、どうしたの!?こんなに朝早くからっ!?」
夢の中で絵美とパコパコしている変なフィクション映像を直前まで垂れ流されていた影響で、彼女の顔を目にしただけで心臓の脈拍がバクバクと高速化してくる。
落ち着けとまじないをかけて、右手で左胸を押さえ付ける。
「秀頼君の寝顔が心地よくてずっと覗き込んじゃってた」
「そ、そうなんだ……」
「あれ?あれぇ?秀頼君、なんかわたしに対して恥ずかしそうにしてるね!?してるよね!?してる!」
「くぅっ……。な、なんでもねぇよ!」
朝からご機嫌な絵美。
顔を見てるだけで、羞恥心が胸の底から温泉のように沸き上がってくる。
身体も、胸も小さいのに、なんでお前はこんなにエロいんだ……。
「なんかさっきからわたしに対して落ち着きないよね。まるで、わたしの秘密を覗いちゃったかのように」
「ん、ん、んなわけないじゃん!ないない!ないからっ!」
ブンブンと手を振って誤魔化す。
ベッドから立ち上がれないのも、無性に下半身を見られるのが困る気がしているだけだ。
おい、おい!と中の人にヘルプを求めるが、今は爆睡しているのか一切反応がない。
「秀頼君、とりあえず落ち着こっ!」
「ん?んんっ!?」
絵美が右腕を伸ばし、右手でなにかを口にぶっ込んだ。
食べ物らしく、甘酸っぱい小さく丸いものが口に入り込む。
絵美がにやぁと笑っていたので、とりあえず小さい丸い食べ物を噛んでみた。
「あ。ラズベリーのグミ?」
「うん。新発売で売ってたから昨日お父さんが買ってきたの。美味しい?」
「うん。うまいよ」
噛めば噛むほどグミは千切れていき、甘酸っぱい味が口全体に広がっていく。
絵美の親父さんチョイスのセンス良いなと、頷くくらいに美味しい。
「見て見て!こんなのはじめて見たくない?『初恋ラズベリー味』だって」
「…………甘酸っぱいね」
「これが初恋の味なんだって。どう?確かにわたしが秀頼君に抱いた感情を表した味だと伝わる?」
「……め、めちゃくちゃ伝わる……。好き……。俺も絵美が好きだよ」
トータルの人生では初恋ではないけど、秀頼としての人生での初恋という意味では多分絵美だから……。
「秀頼君が恋しくなったらこのグミ食べよう」
「…………」
「恥ずかしい?」
「お、俺も絵美が恋しくなったらこのグミ食べるよ……」
「………………秀頼君のクセに生意気っ!」
「うわっ!?」
絵美がザバッと毛布を持ち上げると、スッと素早い動きでベッドに潜り込む。
鮮やかな手腕に呆然としていたら、絵美が隣に居座っていた。
「うひひひひひぃー」
わざとらしい笑いを浮かべながら腕に胸を押し付けてくる。
柔らかいんだが、固いのかはわからないが、ブラのような布の触感が服越しに伝わってくる。
「ぎ、ギブギブギフ!負け負け!俺の負けっ!」
「敗者はボディタッチの刑なのだっー!」
「うひゃっ!?や、やめて!?触られるの本当に弱いんだって!?手が、手が冷たいってぇ……」
「あはははは!ほーらほらほら!」
「いひひひひひっ!?ちょ、待って!?待って!?」
「秀頼君は本当に雑魚ですね……。戦っている時は誰よりも格好良いのに……」
「こ、このドSピンク女め……」
「ボディタッチの刑延長!」
「あーーーっ!」
それから30分程度、一緒にベッドに入っている絵美から首裏や背中などを冷たい手で触られまくり、敏感な俺は行動不能にされまくり絵美にされるがままやられたのであった。
「明智秀頼!討ち取ったー!」と絵美が隣ではしゃいでいる隣で、俺は魂が抜けそうになっていた……。
さ、流石絵美だ……。
強すぎるぜ……。
「な、何しに来たんだよ……!?」
「あ、そうだった!秀頼君が雑魚過ぎて忘れてたよ!」
「…………」
麻衣様からの扱いと同じで、周りから雑魚という評価が外堀から埋まっていき、虚しい気持ちにより遠い目になってしまう。
そんな俺なんかお構い無しに絵美はなにかごそごそしている。
「実はね、秀頼君……」
『お邪魔しまーす!おはよ、明智君!』
「え?」
「え?」
絵美が話しを切り出そうとしたタイミングを阻止するように津軽円が部屋のドアを開けた。
理解出来なくて俺と絵美が同時に円に視線を送る。
その時に円が来た理由を思い出す。
そ、そういや……、円と原作の打ち合わせするって約束してたっけ!
何時だ!?
時計かスマホはどこかと探していると、円が「な、な、な、な、な……」と震える声を上げた。
「な、何やってんのよぉ!?絵美!?明智君!?」
「そりゃあ、当然秀頼君とベッドで運動会を……」
「してないって!俺は寝てただけなんだぁ!」
「抜け駆け」
「してましたーっ!」
「してないっての!!」
円の乱入で一気に部屋がうるさい音に包まれる。
あーだこーだと2人でマウント取りをしながら、俺は真実を話し円を納得させに語りかけた。
誤解が解けそうになると、おばさんから「秀頼!朝からうるさい!静かにしてっ!」と叱られる自体になる。
俺は何も悪くないのに……。
とんだ濡れ衣を着せられて、部屋で小さくなっていた。
絵美と円という来客も現れはじめたので、のっそりとベッドから抜け出してきた。
良い具合に息子も落ち着いてきた。
「とりあえずスウェットから着替えるから廊下で待ってて」
「別に気にしないよ」
「パンツくらい恥ずかしくないでしょ」
「ファッ!?」
「彼氏の下着くらい見れるよ」
「むしろ見せて」
「変態しかいないのか……」
廊下に出る気配がなく、スウェットの上下を脱いで、私服を着て、ジーパンに穿き変える。
「秀頼君はトランクス派なんだー」「タンクトップ着ていて体育会系っぽいー」と2人でこそこそと実況されていき、人生で1番情けない着替えシーンになった。
「これが俗にいうサービスシーンだね!」
「目の保養になったわ。ありがとう明智君」
「…………」
なんで絵美や円のサービスシーンよりも、俺のサービスシーンを披露することになるのか……。
少ない需要シーンに絵美と円はおおはしゃぎである。