56、十文字タケルの退屈な1日
「理沙……は、いないんだったな……」
朝早くから秀頼と西軍全員と学園長先生の大人数でバーベキューしに出掛けたんだったな……。
ゴールデンウィークはすることもなく、本当に暇だった。
「宿題……は、終わったんだったな……」
昨日も一昨日も暇過ぎて宿題のテキストを開いたら2日で全部終わらせてしまった。
どうせだったらテキスト1冊ぶんとかドガッと課題を出してくれた方が暇せずに済むのにな……。
俺、勉強嫌いだからゴールデンウィークの短い休日でそんな課題が山ほどある学校なら自ら辞めてやるだろうけど。
「どうすっかなー……」
スマホのラインリストを開きながら、学校のクラスメートやプライベートの知り合いリストをスクロールしていく。
山本……、マスター……、達裄さん……、関……。
色々な知人が出るが、これといって今すぐ遊びたいレベルの人がいない。
別に山本と関はこないだまで普通に会話してたし、マスターや達裄さんは秀頼が居ないとたまに間延びする。
秀頼がいると常に話題が途絶えないのだが、あいつがいないだけで話題が簡単に切れる。
久し振りに会うなら話題も尽きないが、度々会っているから話したいこともない。
「つまんねー……」
……俺の人間関係少なくね?
普段は秀頼と一緒だから別に人間関係が少ない気はしないが、あいつがいない途端に俺だけの人間関係ってないやん!
気付かなくても良い真実に気付いてしまったようだ。
秀頼と友人関係にならなかったら、俺今ではかなりボッチだったのでは!?
例えるならギャルゲーの主人公が明智秀頼なら、その親友役という名のモブが十文字タケルになる。
なんだそのつまらない人間関係。
「…………散歩しよっ」
普段なら意味もなくサンクチュアリとか歩くと知り合いに会えるが、そんな気分ではない。
ぶらっと街を歩いて適当に飯とか済ませよう。
スマホと財布、家の鍵だけポケットに詰め込み施錠してからマンションを出た。
「俺ってマジで人付き合い少ないなー」
理沙と秀頼が不在なだけで本当に1人である。
乙葉も確かに付き合いが長いが、あんまりこういう情けない兄の姿を見せたくない。
普段通う学校とは真逆の方向を意味なく歩いていく。
20分も歩いていると、見慣れない土地にたどり着く。
この辺りも同じ中学地域だったはずだが、近寄ることがなかったなぁと見たことない店のたい焼き屋の看板が目に入る。
「おぉ、美味しそうなたい焼き屋だな。理沙に買っていこうか……」
「いらっしゃいませー」と大学生くらいのバイトの兄ちゃんが出迎える。
中はあんまり真新しい建物ではないが、老舗という雰囲気のこじんまりした内部だ。
レジのカウンター前にたい焼きのメニューがずらりと並んでいる張り紙を顎に指を添えながら吟味する。
チョコレートとかもうまそうだけど、もっと無難にするか。
そこへ人気1位小倉とデカデカ掲載された表示を発見する。
「小倉1個とクリーム1個」
「ありがとうございまーす」
スタヴァの姉ちゃんほどの愛想はなかったが、あれを求めるのは酷な話。
お金を支払い、たい焼き屋のロゴが入った小さい紙袋を受け取り店を出た。
「帰ったら理沙にあげよう……って、あいつ今日はたい焼きよりもうめぇ肉食ってるか……」
お嬢様な学園長チョイスで肉を買うとはしゃいでいたのを思い出す。
それを思い出すと『腹いっぱいでたい焼きは要らない』と突き放される未来が見えた。
悲しいなぁ……。
もうちょっとだけ歩いたら引き返そうと思い、たい焼き屋をマンションとは真逆の方向へ歩き出す。
──それはまるで、何かに導かれているような足取りであった。
「へぇ……。こんな自然公園があったんだ……」
住宅街から隔離されたような木がたくさん植えられている広い公園だ。
池にボートがあったりと、中々広い公園である。
基本的に家と学校と駅周辺しか歩かない俺にとってはかなり新鮮な場所だ。
ランニングをしているおっちゃんや、犬の散歩をしている子供など結構賑やかな公園のようだ。
「お?」
そこへ、木に囲まれた広い広場があった。
そこに何個かのベンチが並べてある。
めちゃくちゃ心地よい冷たい風が頬を撫でて、髪を揺らす。
「最高だな……、ここ」
ベンチに腰かけて、たい焼き屋から受け取った髪袋を手に取り、小倉味のたい焼きを取り出す。
理沙は断固クリーム派の人間なのだ。
「お?出来たてでうめぇ!」
自然に囲まれた中で食べるできたてのたい焼きは絶品だった。
サクサクの衣に、ぎっしりのつぶあん。
ほどよい甘さが口に幸せを運ぶようだ。
暇な時間で、滅茶苦茶最高な場所を見つけたようだと高校生になって新しい発見をした。
今度、理沙や乙葉や秀頼も連れて来ても良いなと思いながらたい焼きを一口かじる。
うめぇ……と、2口目の感動をしていた時だ。
『はぁぁぁぁ!相変わらずここは人がいなくて最高!』
「ん?」と噛っていたたい焼きから目を反らし、謎の少女の声がしてそちらに視線が移った。
「あ……、人いたし……」
「ご、ごめん……」
いきなり広場の真ん中に立っていた少女に意味もなく謝ってしまう。
年齢的には、俺と近い?
「珍しいー!あんまり近所の人はここに近寄らないんだよ!」
「へ、へぇ。もったいないな……。こんな良い場所なのに」
「ねぇ、そうだよね。だから君がいて驚いちゃった」
この広場の常連客の子が本当に驚いたと俺の顔を見て口にする。
人がジョギングする休憩所とかにはもってこいなベンチだと思うんだけどな……。
人に気付き辛いのだろうか?
「君、学生?」
「あぁ。ギフトアカデミーの高校生だ」
「ギフトアカデミー!エリートってやつだ!」
「別にエリートってほどじゃないよ……。成績は並みだし……」
マスターの娘の咲夜より若干上の成績である。
上松や津軽以下、ヨル以上の成績を思い浮かべて苦笑する。
彼女は「ふーん」と頷いていた。
オレンジの髪色でワンサイドアップの髪型にした少女だ。
どこか乙葉のような子だが、彼女より身長は高い。
可愛らしく、目がパッチリとしていて、人に好かれやすい顔付きをしている。
普段から、顔面ランクの高い秀頼の彼女らを目にしているから肥えているが、彼女もまたそこそこレベルが高い。
「なんか君、ワタシの先生みたいな雰囲気してる」
「褒められてるのかそれは……?」
キムタクに似てるとか、もこみちに似てるなら嬉しいが、顔もわからない先生に似てるのは嬉しい感情は湧かない。
学校の先生なのか……?
それすらわからない。
「あーっ!たい焼きだぁ!」
「あぁ。たい焼きだ」
「じーーーーーっ!」
「な、何?口で『じーーーーーっ!』って言っちゃって?」
「じーーーーーっ!」
目をキラキラさせたままたい焼きに目を向ける。
俺が右手に持ったたい焼きを左手に移すと視線が動き、高く上げるとまた彼女の視線も高く上がった。
「たい焼きだぁ!良いなぁ!『ミルクたい』のたい焼きでしょ、それ」
「それは知らんけど……」
はじめて入ったたい焼き屋の名前は知らないので紙袋のロゴを見ると、確かに『ミルクたい』と書かれた文字を見付ける。
「…………」
「じーーーーーっ!」
「…………食べる?」
「くれるんですか!?」
「ジョークだよ」
「ガーーーンっ!」
「ジョークだよ」
「くれるんですか!?」
「ジョークだよ」
「ガーーーンっ!」
何これ、面白っ。
変な子に会っちゃったなぁと思いながら、理沙のために買ったたい焼きをどうしようかなー?と考え込む。
悩んでいる間もじろじろじろじろたい焼きを見てきてどうにも居心地が悪い。
秀頼みたいにコミュ力がない俺はどうすれば正解なのかわからない問題に直面していたのであった。
実は、初めてなクズゲス世界線のタケル目線のモノローグ。
(原作タケルはたまにしてる)