51、綾瀬翔子と勝負
「聞き捨てられねぇすね明智氏!」
「ほう。先輩である俺がアヤ氏に負けると?」
「はい、そうです」
ゴールデンウィーク初日。
明智秀頼の部屋にいるのは初めて家に招かれた綾瀬翔子である。
通称・アヤ氏である。
メガネをくいくいと弄りながら、自分の方が強いとばかりに強者オーラを放つ。
「ふふふ……。実はオレっち、前世ではギャルゲーの製作に携わるほどのギャルゲー好きで有名でね。たかが、1プレイヤーにギャルゲーの知識に劣るわけがないんですよ」
「製作に携わる?ははは、違うんだよアヤ氏。厄介ファンORクソアンチの方がギャルゲーを知り尽くしているもんなんだよ。製作者目線なんか、ユーザーなんか知ったこっちゃない」
(お前ら……。たかが、ギャルゲーのマウント取りでよくここまで喧嘩が出来るな……)と中の人が冷静さを取り戻そうとするがこれが火に油だった。
(たかが、ギャルゲーだとぉ!?はぁぁ!?うっせぇ、うっせぇ、うっせぇわ!)とたかがギャルゲーの世界に転生したしまった秀頼の迫力に圧倒され、中の人はおずおずと引っ込んだ。
「古今東西のギャルゲーをやり込んだオレっちがいくら先輩とはいえ知識に負けるわけないっすよ」
「ふっ、残念だがギャルゲーのやり込みは数じゃない。質だよ。1つのギャルゲーをやり込みまくることで3本ぶん以上の発見があるもんだ」
「数対質ってわけか」
「どうやらそうらしい」
お互い、前世の知識でこれからどのようなスタンスで立ち回るのかという議題は忘れ去り熱すぎるギャルゲー談義に火花を散らしていた。
お互いが最強ギャルゲーマーを自称する傍ら、負けられない誇りとプライドがあった。
「よし、明智氏!勝負でござるよ!」
「勝負?」
「このゲームを知っているかな?」
怪しい顔を浮かべた綾瀬がオタクリュックから取り出したのは一昔前の携帯ゲーム機ハードである。
ゲームを起動し、秀頼にタイトル画面を見せつる。
覗き込んだ彼はそのタイトルを口にした。
「これは……、『ときめけメモリーズ』!?」
「そうさ、『ときめけメモリーズ』だ!しかも初代さ」
「これがどうした?」
「お互いこのゲームをよーいドンではじめて攻略情報なしで素晴らしいハッピーエンドに行けたら勝ちゲームだ。しかも、このゲームはギャルゲー黎明期の悪い部分の目立つ恋愛シミュレーションゲーム。ランダム分岐、爆弾処理、ランダムイベント、ミニゲーム満載が詰まったゲームでお前はオレっちに勝てるかな?」
「良いだろう。素晴らしいハッピーエンドを迎えた方が勝ちだな。やってやろうじゃねぇか」
秀頼は売られた喧嘩を買うようにして、綾瀬の持つ携帯ゲーム機と同じものを机の引き出しから取り出した。
「廃人でも狙ったエンディングを迎えにくいこのゲームで明智氏が勝てると?10年以上やり込んだオレっちに勝てると?」
「勝てるさ。俺はギャルゲー勝負に負けたことないからさ」
「ふっ。なら早速勝負を」
「待て!」
そうやってタイトル画面からスタートボタンを押そうとした綾瀬を止める。
「どうした明智氏?」と言いながら顔を合わせると、秀頼はとんでもないことを言ったのだ。
「俺、『ときめけメモリーズ』は2派だが初代はやったことない。ちょっと近所のブックオンで買ってくる」
「持ってすらないんかい!」
「あ、そうだ!達裄さんに借りよう」
「知り合いをウーバァー感覚で呼ぶなや……」
秀頼が達裄に連絡すると『すぐ貸す』と許可をもらった。
それからゲームが届くまで秀頼と綾瀬で一緒にアニメを見ていると20分経ってから達裄がやって来た。
秀頼が『ときめけメモリーズ』のゲームを借りると、お返しにとおじさんが務める会社で製造している果物の缶詰を1ダースぶんの段ボールごとお礼にと手渡した。
「俺あんまり甘いの食わねぇけど妹喜びそう」と顔を綻ばせて消えていった。
「今借りたばっかりの『ときめけメモリーズ』でハッピーエンドなんか無理だぜ明智氏」
「やってみなきゃわからないだろ?」
こうして紆余曲折あったが、ゲーム対戦がスタートした。
(うひひひひ。明智氏、オレっちは禁断と呼ばれる隠しキャラクターの攻略をするぜ)
ぎこちない指でボタンでギャルゲーを進める秀頼を嘲笑うように綾瀬は隠しキャラの攻略に移る。
理由は単純。
隠しキャラだが、隠し故にルートを確定させれば簡単にハッピーエンドを迎えられるのだ。
最初に面倒な手順さえこなせば簡単に隠しキャラである『モミタン』を登場させていた。
(このキャラクターは学校の近くにある木の下で告白されると幸せになれる紅葉の木の具現化した精霊だ。初見で彼女の発見をするのも無理だし、彼女より感動するエンディングはない!)
人間と精霊の許されるはずもない恋愛。
しかし、木こりになった主人公が紅葉の木を切ることでヒロインのモミタンを解放したという超感動エンディングを1時間程度でたどり着く。
「他愛ない。明智氏、君はまだ終わってないのかな?」
「も、もうちょい待って……。くっ、爆弾が……。爆弾が多い……」
「不親切機能に振り回されているね。まぁ、待ちますよ」
「この選択肢、どっちを選べば……」
初見のゲームに戸惑いながら秀頼がボタンを押し進めていく。
苦労しながら選択肢を選び、ミニゲームを進める姿はアヤ氏にとっては滑稽だった。
(モミタン攻略なら、爆弾処理もヒロインの好感度も必要ないからね……。デュフフフフ)
腹黒く秀頼の苦労を笑っていると、「出来た!ゲームのエンディングだ!」と声を上げた。
綾瀬よりも2倍近くの時間を費やしていてようやくゴールインである。
自信満々に綾瀬は秀頼にゲーム画面を見せ付ける。
「明智氏、見るが良いっすよ!オレっちはこの最強のハッピーエンドでござる!」
「おぉ、モミタンエンドじゃん」
「そう、モミタン!出現するのも難しい隠しキャラクターでござる」
「へぇ、モミタンって隠しキャラなんだ」
「は?なにを当たり前な?」
「俺、このゲーム初見だし。ついさっきはじめてモミタンの顔見たし……。隠しキャラとか知らなかったよ」
「…………え?モミタン見つけたの?」
「は?モミタン出たよ」
「なっ!?」
正規の条件をこなさないとモミタンは出現すらしないのだ。
攻略サイトなんかロクにない時代。
攻略本が発売される前、100時間遊んだプレイヤーがモミタンの姿を攻略本で存在を知ったなんてことがネタに出されるくらいに最高の出現難易度を誇る。
それを秀頼がこなしたというのに寒気を覚える。
「…………!?」
いや、待てと綾瀬は思いとどまる。
モミタン攻略に爆弾処理は必要ない。
しかし、秀頼は爆弾処理に追われていた。
つまり、モミタンを出現させておきながら、彼女の攻略を破棄したという愚かな行為に気付く。
「ふふっ。オレっちの勝ちっすね明智先輩!ふっふーん!」
「いや、俺の勝ちだ」
「はぁ!?モミタンハッピーエンドが最高のエンディングっすよ!?じゃあ、明智氏の画面を見せてください」
「はい」
綾瀬は秀頼のゲーム機の画面を見て絶句する。
主人公の周りに10人のヒロインたちが集まって花嫁衣装を着ているのだから。
当然、その中にモミタンの姿もあった。
「なっ……!?ハーレムルートだと!?バカな!?ハーレムは実装予定だったらしいがボツにされたって……」
「え?そうなの?…………だが、まぁ、ヒロイン1人1人に向き合うとこういう奇跡だってあり得るらしいぜ」
「ば、バカなぁ……」
「じゃあ、俺の勝ちで」
「……、負けを認めざるを得ない」
アヤ氏は純粋に負けを認めた。
だが、なぜか清々しい気分になる。
こんな前世でも知らなかったハーレム画像のデータがこの『ときめけメモリーズ』にあったなど考えもしなかった……。
(あぁ……。この感じ……。前世でオレっちに宮村永遠愛を語りまくっていて負けを認めざるを得なかったリアル本能寺を思いだすなぁ……。くっ、やっぱりギャルゲーマーはすげぇや……)
自分の未熟さに打ちのめされたが、満足げな表情で綾瀬翔子は悟ったのであった。
その頃、秀頼はゲーム画面を見つめながら、ギャルゲーの本質的な部分に気付いたのであった。
──やっぱり俺、恋愛シミュレーションより、アドベンチャーの紙芝居ギャルゲーの方が好きだわ……。
苦労より、楽をしたい。
秀頼はごく普通の現代人であった。




