49、アイリーンの誇り
「なるほど、部活の先輩後輩の仲なんだー」
「そういうこと。俺が先輩で乙葉が後輩」
「文芸部に3年生が不在なんだもの、当たり前じゃないですか」
4人席の隣に陣取った乙葉が冷水のコップを持ち上げながら淡々と突っ込みを入れる。
既に先輩としての威厳が無くなった俺は「あはは……」と苦笑いするしかない。
「秀頼はほんと雑魚ね」と呟き、クスクスと含み笑うアリアが目の前に座っていた。
「因みに乙葉は、俺たちのクラスのタケルといとこなんだよ」
「へぇー」
「ほぉー」
「十文字タケルのいとこです。赤坂乙葉です!」
アリアは原作ではタケルの顔を好みの顔で最初からマークしていたみたいな設定があるはずだが、一切それが感じられない。
だからこそ、俺を本当に好きになったのか?と半信半疑な気持ちは晴れない。
教えてくれそうにもない。
「ドリンクバーなんてセルフの変わりに飲み放題機能あるの凄くないアイリ!?山ブドウジュースが気になっていたから注いできて」
「あぁ。お前たちは何が良い?」
「う、ウーロン茶で……」
「明智先輩と同じウーロン茶」
「了解した」
1番年上のアイリーンなんとかさんをパシらせてドリンクバーまで移動させるのは、罪悪感が地味に積み重なっていく感覚があった。
しょうもないことにパシってすいませんアイリーンなんとかさんに心で頭を下げた。
「アリア先輩で良いのでしょうか?」
「OとKよ」
「OとK……。あ、OKということですか」
「1つ下にこんな可愛らしい後輩がいたなんて……。侮れないわね、第5ギフトアカデミー……」
「もう!褒めすぎですよ!」
可愛らしい後輩と褒められて満更でもない乙葉は嬉しそうに足をバタバタさせていた。
犬が尻尾を振っているみたいで愛らしい。
「それに、アリア先輩みたいな美人な人に認知されてこちらも感無量です!」
「え?何この天使……?」
白アリア様が乙葉と馴染んでいた。
今、『乙葉流読心術』を使ったらどれだけのことを頭で張り巡らせているのかを考えるのはあまりにも怖い。
ギフトを使っていないことを祈るばかりである。
「ほら持ってきたぞ」
「ありがとう、アイリ」
アリアの目の前に紫色の飲み物の山ブドウジュースが置かれる。
いかにもファミレス感があってこういうのも美味しいんだよね。
その後、俺と乙葉の前にウーロン茶を置かれる。
肝心のアイリーンなんとかさんはオレンジジュースである。
「もう、アイリったら!さっきなっっちゃん飲んでたじゃない!」
「最近はなっっちゃんにはまっているんだ」
「こう見えて彼女、甘党なんだよ」
謎のドヤ顔でオレンジジュースをストローで吸いはじめる。
辛党の見た目して甘党なアイリーンなんとかさんにはギャップがあってなんか女の子らしかった。
「うん、上手いじゃないか。ドリンクバー、最高じゃないか!」
「因みにドリンクバーに370円支払っているわけだが、ジュース1杯3円程度なんですよ。そしてジュースを注ぐと運ぶ労働力をお客さん自身にさせている。コップを洗う労力が100円と過程しても、ファミレスはドリンクバーを頼まれるだけでぼろ儲けってわけだ」
「秀頼はドリンクバーに恨みでもあるの?」
「いや、ビジネスモデルに感心してるよ」
「370円で飲み放題ならコスパ最高だなアリア」
「アイリがドリンクバーにはまったみたい」
妹のアリアが嬉しそうに微笑んだ。
「えっと……、そちらの方は?」
「私はアイリーン・ファン・レースト。アリアの姉だ」
「25歳よ」
「ちょ、ちょっとアリア!?勝手に年齢を暴露するな!?」
「な、仲が良い姉妹なんですね」
アイリーンなんとかさん25歳が現役で高校生をしているなどと夢にも思っていないであろう乙葉がニコニコと笑顔で応対していた。
そこに一瞬、悪魔が憑依して意地悪な質問を彼女に投げ掛けたくなった。
「へぇ!25歳!どんな職業をしているのですか?」
「貴様……。おほん、アリアのボディーガードだ!」
「物は言い様だな」
仮面の騎士の名前で高校生をしているとは乙葉には言いたくないらしく、かなり濁した言葉でぼかした。
しかし、当然ながら乙葉は目が点になり、アイリーンなんとかさんを凝視していた。
「え?ニートってことですか?」
「違う!本当に妹のボディーガードが仕事なんだ!一応、アリアは偉い身分なんだ!な!?」
「あんたも必死ね……。まぁ、ボディーガードで稼いでいるのは本当よ」
「なかなか特別な家庭ですね」
アイリーンなんとかさんとアリアに興味津々な乙葉は実に楽しそうに彼女らと会話の華を咲かせていた。
それからすぐにデザートのチョコレートケーキが届き、アイリーンさんの奢りでご馳走になった。
「あら?安っぽいけど美味しいじゃない!」
「ほんとだな。安っぽいがチョコの風味は美味しいぞ」
「なんの金持ちアピールなんだよ」
「え?」
「え?」
「…………」
完全に素らしく俺の皮肉は一切伝わっていなかった。
カルチャーショックを受けて乙葉をすがるように盗み見る。
「え?そうですか?普通に美味しいですよ」
「さっすが乙葉ちゃんだよ!うんうん、普通に美味しいよな!?」
乙葉の手を取って喜びを表現する。
小さくて絹のような手はすべすべである。
小学校高学年の頃の絵美を思い出されるほどに彼女の手は小さい。
「あ、明智先輩!?手!?手が……!?」
「わ、悪い……。ついはしゃいじゃって……」
「『つい』ではしゃがないでください……」
乙葉が赤くなりながらいつものように注意する。
男性慣れしていなかったようだ……。
申し訳なく謝りながら手を離す。
あんまり彼女に好かれてはいないようだ……。
「ぅぅ……」
乙葉は俺に触られた手を凝視している。
よっぽど嫌だったようだ……。
「中々妬けるじゃない秀頼」
「そうだな。私たちの前でよくイチャイチャ出来るものだ」
「い、イチャイチャなんてしてないですよ!?アイリーンさんもアリア先輩も誤解してますから!」
乙葉の弁明に「ふぅーん」とアリアは含みをもたらせる。
俺が乙葉の手を握ったからアリアが嫉妬した?
いや、本当にアリア様は俺が好きなのか?
未だに真偽がわからないアリアとアイリーンさんの好意に頭を悩ませる。
ウーロン茶をストローで吸っていると、下半身に違和感がある。
なんとなくアリアの視線があるのに気付きながら、スッと下半身を見た時だった。
──靴を履いた何者かの足が俺の息子を攻めるように圧迫している。
「っ!?」
こんなことが出来るのは目の前のアリアだけだと思い、キッとアリアを責めるような目を向けると、流し目になっていた。
あ……、黒アリア様になっていた。
そして口パクで何かを伝えていた。
『お・し・お・き』
「っっっ!?」
ギィィィっと靴をゆっくりと揺らしながら息子を徐々に奥へ押していく。
「結構アイリーンさんとアリア先輩って年が離れてますね」
「まあな」
「ウチの妹は、血の繋がりがなかったとしてもそれは清楚で素晴らしい女でな。私の誇りだ」
向かい合っている2人が違う話題で盛り上がっていた時は、アリアから息子をいたぶられた。
自分が情けなくて乙葉に助けを求めることも出来ず、40分間ひたすらアリア虐めに耐え抜いた。
解散する話が出た瞬間、トドメとばかりにバイブのように揺すられまくられた。
『ふふん!』という満足げなアリアが俺を見下すように見つめていた。
アイリーンなんとかさんの誇りである清楚で素晴らしい女にただただセクハラを受けていた。
後輩の話の内容なんか覚えているはずもなく、帰りの道を歩きながら息子を足で弄るアリアが頭から離れなかった。
「あのドS……」とアリアに文句を漏らすと、中の人が(このドM……)と非難してきた。
息子の違和感は1時間は消えない、そんな1日であった。




