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31、砕かれた正義『最後』

「はぁ……。明智先輩、か……」


タケルお兄ちゃんの隣にいた明智先輩の心の声を何回もリピートする。

ギフト狩り、か……。

その単語胸に刺さったまま抜けないでいて、チクチクとした痛みに変換されていた。

確かにお兄ちゃんもお姉ちゃんも頭が良い人だと評価していたけど、まさか私の反応だけでギフトを察するのは規格外ではないかな……。


「乙葉ちゃん、辛そうな顔してる。大丈夫?」

(乙葉ちゃん心配だなぁ)

「あ、茜ちゃん!ちょっと悩みというか考えごとと言いますか……」

「悩み……。考えごと……。あ、自分わかりましたよ!恋の悩みっすね!」

(乙葉ちゃん、カッワイイなぁ!)


教室ではめっきり茜ちゃんといることが多い学園生活であった。

恋愛話とか、勉強話とか。

彼女と他愛ない雑談をしているのが楽しい一時であった。


「十文字先輩ですね!自分も先日、ちょっと話してみましたよ。いやぁ、彼は中々良い男ですよ」

(確かに乙葉ちゃんが惹かれるのもわかる!)

「あ、わかる茜ちゃん?」

「はい!なんか悪意とかなくて優しい人ですね!」

(裏表が無さそうでそこそこ好きです)


『そこそこ好き』って気持ちが伝わっているんだけど、タケルお兄ちゃんと付き合わないよね?

茜ちゃんがタケルお兄ちゃんの彼女になるとか複雑以外なにものでもないんだけど……。

タケルお兄ちゃんは鈍感だけど結構狙ってる人が多いようだ。

理沙お姉ちゃんの心の声から宮村先輩、深森先輩、ヨル先輩が怪しいらしい。

あとは最近クラスが同じになった佐木先輩も注意するべきらしい。

全員顔知らないから対策のしようがないけど、モテモテだなぁタケルお兄ちゃん……。


明智先輩はあんなに怖いのに、タケルお兄ちゃん以上にモテモテなのは凄すぎる……。

世渡り上手なんだろうなと、ギフトを扱う前の自分と比べてしまう。


「関先輩から見ても十文字先輩は親しみやすいみたいですからね」

(関先輩、友達少なそうなのに……)

「そうなんだ」


結構茜ちゃんの会話には関先輩の名前が出てきやすい。

意外と関先輩と付き合っているのかと勘繰ってしまう。


「ねぇねぇ乙葉ちゃん!今日、どっかでお茶とかにしない?」

(そろそろプライベートで乙葉ちゃんと遊びたいなー)

「いいよー」

「やったぁぁぁ!自分嬉しいっすよ!」

(わーい!わーい!わーい!)


茜ちゃんの心の声が無邪気過ぎて吹き出しそうになった。

彼女と話していると元気がもらえる。

ギフト狩りとかの明智先輩の話も忘れてしまいそうだ。







─────






「ごめんね……。お茶と言いつつファミレスになっちゃって……」

(ジュースが飲みたかったの……)

「ううん。私もお金ないからドリンクバーの方がありがたいし……」

「コーヒーや紅茶で500円とか600円とか、とても自分には高いなってなっちゃってね……」

(なっっちゃんの方が美味しいし)

「あはは!確かに!飲み放題の方がコスパ良いもんね!」


タケルお兄ちゃんはヨル先輩と会うためにガラガラな喫茶店に通っているらしい。

そういう目的がないのであれば財布に優しいファミレスの方が私も節約になった。

人もまばらなので、私のギフトの影響も少なくて助かった。

密で騒いでいる場の公共の場は、心の声が聞こえるギフトは本当に地獄である。


「クュゥー!やっぱりなっっちゃんよ!」

(これしか勝たん)


なっっちゃんアップル味を飲みながら、違うメーカーのジュース名を叫ぶ茜ちゃんの奇行が微笑ましい。

細い目になり満足そうだ。

私はウーロン茶を注いだコップをストローで吸い込んでいた。


「どうですか?乙葉ちゃんは学校慣れましたか?」

(どうなんだろ?)

「そうですね……。慣れたっちゃ慣れたかな。テストとかは考えたくないけど……」

「わかるー!」

(わかりみ)


ギフトで常に誰かの心の声を覗いている状態であるが、実はテストに有利……なんてことはない。

みんな黙々とテストを受けるので、この間だけは自力で解答を埋める必要がある。

まさか黙るなんていう古典的な方法で私のギフト対策をするなんて学園長の近城悠久先生は鬼畜である。


「茜ちゃんはどうですか?」

「最近は和ちゃんとかとも話せるようになったよ」

(あの子、言葉はキツイけど面白い)

「あー、津軽さん」


クラスメートの津軽さんとは話したことないけど、その姉の津軽円先輩とはタケルお兄ちゃん越しにちょっと会話をしたことがあった。

茜ちゃんみたいに「可愛い!可愛い!」って私に抱き付かれたっけ。

タケルお兄ちゃんの『津軽は友達じゃなくて敵だから!』という言葉が妙に印象的だった。

津軽先輩もクラスメートの津軽さん並みに男にはかなり毒舌であり、かつ女の子にはめちゃくちゃ優しい人だった。

タケルお兄ちゃんと津軽先輩は恋愛感情はなく、本当に犬猿の仲という表現が相応しかった。


「乙葉ちゃん、細川さんと仲良いのかな?ちょくちょくやり取りしてるよね?」

(細川さん、いつもぼーっとしていてよくわからないや。目付きもちょっと怖い……)

「細川さんのダウナーっぽいからちょっと憧れちゃって……」

「えー!ダメだよ!ダウナー乙葉になっちゃダメぇ!乙葉ちゃんはキュート乙葉がベスト!」

(自分、ダウナー乙葉なんか見たくない!)

「ならないから。ダウナー乙葉にはならないから」


そもそもダウナー乙葉とはなんだろう……?

いきなり現れる造語に戸惑うばかりである。

茜ちゃんは自分の白髪を弄りながら、くすくすと面白そうに笑った。

こんな穏やかな時間がずっと続けば良いのにと私も微笑ましくなり、ウーロン茶を一口飲みこんだ。


「なら安心した……。100万人の乙葉ちゃんファンが泣くところだったよ」

(ほっ……)

「いないいない。100万人のファンなんかいないから」

「でもでも、確実に十文字先輩は悲しむところだっよ」

(悲しむ悲しむ)

「……そ、そうですね」

「やっぱりその反応!先輩が好きじゃーん!」

(乙葉ちゃんわかりやすい)

「そ、そういうんじゃないから!お兄ちゃんはお兄ちゃんだから!」


確かにタケルお兄ちゃんは好きだけど。

恋愛対象としての好きとはまた違う気がする。

その表現がまた難しいのだけれど……。


「茜ちゃんは!?茜ちゃんの好きな人は!?もしかして名前がよく出る関先輩なの!?」

「いや。別に関先輩にそんな感情は微塵もないよ」

(常に生き急いでる人だしね……)

「へぇ。そうなんだ……。意外……」


生き急いでいる人なんだ。

会話したことないからよく知らないけど。


「先輩とはどこで知り合ったの?」

「ギ…………クラブ活動的な集まりで」

(危なっ!ギフト狩りとか口を滑らせるところだったよ!自分がギフト狩りの一員なのは秘密なんだった……)

「え?ギフト狩り……?」

「っ!?」


なっっちゃんが入ったコップを持った茜ちゃんがピクッと動揺し、指先がぶれる。

というかなんで……?

なんで茜ちゃんが明智先輩が口にしていたギフト狩りの名前を知っているの……?


「ぎ、ギフト狩り……?な、なにそれ……?」

(なんで乙葉ちゃんの口から突然ギフト狩りなんて単語が……?あっ!?)

「ご、ごめん!そ、そういう噂?みたいなのが流れていて!あははー、ブドウ狩りの間違いなのかなー……」

「…………」


茜ちゃんは青い顔をして震えている。

これは私のミスだ……。

まさか茜ちゃんがギフト狩りだったなんて……。

嘘……?

どうして……?


「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

「帰ろっか……」


先ほどまでは会話に花を咲かせていたのに、私のミスで気まずい空気が流れた。

10分もお互い黙っている空気に耐えられなくて私から帰る提案をすると、彼女はコクンと頷いた。

ドリンクバーを割り勘で会計をして、お互いにファミレスで解散になる。


「ぎ、ギフト狩り……。茜ちゃんがギフト狩り……?」


別れてから頭を抑えて自宅に向かう。

こういう場合はどうすれば良いのか……。

頭を混乱させながらスマホを取り出す。


「タケッ……、タケルお兄ちゃんから明智先輩に繋いでもらう?いや、あの人を信頼して良いのかな……?」


明智先輩の連絡先は知らない。

友達がギフト狩りと知ってしまった今、私に忠告をした明智先輩に助けを求めたい。

ゴクリと唾液を飲み込み、スマホのロックを解除した時だ。


『誰に連絡するのかな?』

「──っ!?」


先ほどまで会話をしていた声が後ろから聞こえてきて、背中に鋭いもので刺された痛みが広がる。


「うぐっ……?」

「乙葉ちゃん……、人の心を読むギフトなのかな?瀧口先生の警告通りだった。ギフト狩りって単語を知った以上は……ごめんね」

「あかっ、茜ちゃ……!?」


グチャ、グチャ。

私の前に移動してきた茜ちゃんが、お腹へ2回ナイフで抉ってくる。

鮮血な赤が買ったばかりのブレザーを汚していき、視界がぼんやりと薄くなっていく……。


「なんで……。なんで……乙葉ちゃんを殺さなくちゃ……。どうして、ギフト狩りって名前を出したの?ねぇ!?どうして……?乙葉ちゃんがその名前を口にしなければこんなことには……」

「あかね……ちゃん……。本当に……ギフト狩り……」


ギフト狩りだったんだ……。


立っていられなくなり、地面に転がった。

ごめんね……、茜ちゃん……。

君を泣かせたくなかったのに……。

確かに、私は……、あなたを友達だと……。

辛い思いさせて……、ごめんね……。


「ごめんっ!本当に、ごめんなさい乙葉ちゃん……」


茜ちゃんの涙声が最後の最後に耳に届いた。

それから走り去り遠ざかる音がする。

茜ちゃん……、もし違う未来があったなら……。

次はもっと仲良くなりたいな……。


「たける……おにいちゃん……」


ただ、まだ私は……、あの人に……。

伝えなくては……。

スマホを必要最低限のタップで電話帳を開き、タケルお兄ちゃんの名前を選択する。

お願い……。

最後の最後くらい……、声を聞かせて……。


『もしもし?乙葉か?どうした?』

「お兄ちゃん……。これだけは、伝えたくて……」

『おい?乙葉!?乙葉!?声が小さいぞ!?乙葉!?』

「ギフト狩りに……、負けないで……」




あとは……、茜ちゃんを助けてあげて……。






ごめんねタケルお兄ちゃん……。

こんな使命を最後の最後に背負わせてしまって……。

さようなら……。






私の身体は冷たくなっていき、動かなくなった……。

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