28、砕かれた正義『無知』
※原作ルートの話になります。
「お前、マジで空気読めよ……」
「赤坂っていつもそういうとこあるよな」
「…………でも、赤信号だし。止まらないと」
歩行者の信号が赤く点灯している。
マークの通り、人は止まれと指示している。
だから、赤信号のままに横断歩道を横切ろうとする男子2人に注意をすると、嫌そうな目を向けてくる。
まるで、私が悪者みたいだ。
「どうせ車も来ないんだし。良いじゃねぇか」
「もうちょいお前は人の心が読める人間にならないと駄目だな。先生もよく言うじゃん。『相手の立場になって考えましょー』ってさ」
「…………」
確かに、私はよく空気が読めないとみんなが批判した。
自習中なのに遊んでいる人を注意したりと、当たり前のことをしているだけなのに、毎回批判されるのは私。
今回もまた、常識を語っただけなのに悪者扱いだ。
「だって吉沢君、赤信号のこと先生にも注意されて『もうしません』って言ったし……」
「はぁ?嘘に決まってんだろ。先生には『わかりましたー』って言っとけば大抵なんとかなるんだよ」
「吉沢は世渡り上手ってやつ。赤坂は世渡り下手なの」
人はすぐに嘘を付く。
だから、綺麗事なんかに価値はない。
──そんな私の考えを見透かしたかのように、神は『嘘と真実を見抜く』ギフトを私に配った。
それが、どれだけ私を人間不振にさせていくのか。
ギフトが覚醒した時には考えてもいなかった。
◆
最初こそは小さい変化であった。
「来週、お父さんが遊園地に行こうって言い出したの。久し振りよね、遊園地。楽しみね乙葉」
(本当)
「先生は頭の悪い子にもきっちり向き合うからな。みんなで頑張ろうな!」
(嘘)
「俺、こっくりさんやって降臨したところグーパンした武勇伝あるから」
(嘘)
相手の本音がよく聞こえた。
本当か嘘か、声と同時に頭に入ってくる。
最初こそ、それに合わせて話をすれば荒波も立てずに生きられるので便利な力だと考えたりもした。
ただ、すぐに嫌になる。
『正子ちゃんってフランス語ペラペラなんだってー!』
(嘘)
『俺、夏休みにハワイで泳いだぁ!マジで熱いのよ』
(本当)
『メガネ新調したんだ。わかる?』
(嘘)
『俺、ギフト持ってるよ。髪の毛が鬼の太郎みたいに立つんだぜ!』
(本当)
『私、校長先生大好き!先生と子供欲しいな』
(本当)
本当、本当、嘘、本当、嘘、嘘、本当、嘘、嘘、本当、嘘、嘘、本当、本当、本当、本当、嘘、嘘、本当、嘘、嘘、嘘、本当、嘘、嘘、本当、嘘、嘘、嘘、本当、本当、嘘、嘘、本当、嘘、本当、嘘、本当、嘘、本当、嘘、本当、嘘、嘘、本当、嘘、本当、本当、本当、嘘、嘘、本当、嘘、嘘、嘘、本当、嘘、嘘、本当、嘘、本当、本当、嘘、本当、嘘、本当──。
「ぁ……」
教室にいるだけで頭が痛くなってきた。
会話が聞こえてくるだけで、本当だの嘘だのの情報がずっとずっと頭に入り続ける。
私が興味がない内容にまで、本当か嘘かの判別が下される。
ようやく、自分がギフト所持者になったという自覚が現れた。
ギフトは憧れの象徴としてよく語られるが、そんな生半可な話ではない。
こんなのが憧れと持ち上げられるなら、すぐに手放したいと頭を掻きむしりたい衝動に刈られた。
自分のギフトに変化があったのはすぐだった。
放課後に教室に居残り、静かな空間でぼーっとするのが日課になっていた時だ。
人がいない安心感に浸っていた時に、その静寂を破るように1人の男が現れたのだ。
その男がニヤニヤしながら私に近付き、気持ち悪い言葉を並べはじめた。
「僕、赤坂さんが好きなんだ。つ、付き合ってください!」
(なんで僕が赤坂なんかに告白しないといけないんだ……。吉沢の罰ゲームは陰険だなぁ……)
え……?
本当か嘘かしか区別が出来ないギフトであったが、突然頭の中にメッセージが流れ込む。
人の醜さが加速し始めた。
「……あ、絶対無理」
「え!?あ、ちょ!?」
(は?このチビ女の分際で!このイケメン兄弟である池田麺次郎が告白してんだぞ!?)
「キモッ」
「はっ!?」
彼の考えていることが手に取るようにわかる。
いや、それ以上だろう。
罰ゲームらしき嫌々と、ナルシスト。
2つが融合して、私に告白してくるという不快感は人嫌いを加速した。
信号機の一件以来、吉沢という男は私に対して根に持つようになっていた。
私が中学生の中でも最低レベルに身体が小さく、力もなかったとしても、考えていることは丸見えなのだ。
万華鏡のレンズを覗く感覚で吉沢の悪事も返り討ちにできた。
「同学年はダメね。男はやっぱり年上の包容力がないとね」
バケツの水を私にぶっかける吉沢の幼稚な作戦は、味方である池田がびしょ濡れになったおかげで同士打ちに成功した。
そもそも池田はプライドも高い男で吉沢の言いなりになっていたことに反感を持っていたのが爆発したらしく本気の殴り合いをしている。
人の本音が全部わかるのは最悪だけど、確かにギフトのおかげで世渡り上手になった自覚だけは芽生えていた。
─────
「乙葉は偉いなぁ!料理に洗濯も勉強も出来る。完璧少女じゃん!」
「エヘヘ。ありがとうタケルお兄ちゃん」
私の従兄であるタケルお兄ちゃんは不思議な人物であった。
そう、最初はあまりにも自然過ぎて気付かなかった。
「兄さん!私は!?私は!?」
(兄さん!もっと私も褒めて!)
「理沙も素敵!素敵な妹に、完璧ないとこ!俺はなんて幸せ者なんだ!」
「そんなしょうもないことで泣かないでください兄さん……」
(泣いてる兄さん可愛い)
「…………?」
あれ、タケルお兄ちゃんからは全然心が読み取れない。
理沙お姉ちゃんからは他の人と同じように心が丸わかりなのに。
私のギフトが発動しないのはタケルお兄ちゃんだけだ。
そんな相手が周りに1人でもいることがとても安心した。
「タケルお兄ちゃん好きぃ!」
「おわわわっ!?乙葉!?な、なんで抱き付いて!?」
「お、乙葉ちゃん!?兄さん戸惑ってますから!?」
(兄さんが私に見せない顔見せてる!?)
だから、私にとって彼は特別だった。
心が読めないのに、裏表がない彼が大好きだった。
タケルお兄ちゃんは真っ直ぐな目をしていて、裏切らない人だから。
「そういえば、乙葉はギフト適性検査はどうだったんだ?」
「陽性でした。ギフトも覚醒してないのに戸惑いました」
私のギフトは多分、他言無用の方が都合が良い。
何かのマンガで『人の心が読める人間を迫害する』みたいな描写があったので、こういうことは秘密にするべきなんだと自分に蓋をする。
タケルお兄ちゃんであっても、これは言うべきではないことだ。
自分が2人を裏切っているような後ろめたさがあった。
「まぁ!そうなんですね!なら3年後は同じギフトアカデミーに入学ですね!」
(お祝いしなくちゃ!)
タケルお兄ちゃんも、理沙お姉ちゃんもギフトアカデミーの入学が1年前から決まっていた。
そこの輪に入れるのは純粋に嬉しい。
2人のことが、私は大好きだから。
「2人は何かギフトに覚醒してますか?」
「俺はマジでなんもなし!ギフトアカデミーにおこぼれで通える才能なしのモブだよ」
タケルお兄ちゃんが自虐的に言い聞かせた。
彼は自分を低く紹介する。
なにやら、親友の秀頼という男と比べると自信を失くすとよく漏らしている。
理沙お姉ちゃんからも「その明智君は才能に溢れてます」と評価されるのもタケルお兄ちゃんが比べる一因になっていそうだ。
「でも、ギフト覚醒したらなんかすげぇ能力を欲しいよなぁ!目からビームだして街を焼き払うとか」
「すごくダサイです」
(そんなギフトが覚醒したら私、多分ビームで殺される……)
「あはは……。男の子ですね……」
「人に命令とかできるギフトとか覚醒して、秀頼に『俺よりテストで悪い点取れ』とか言ってやりてぇ」
「兄さん、きちんと勉強してください」
(兄さんもやれば出来る人なんですから)
タケルお兄ちゃんはギフトに覚醒していないというけれど、多分覚醒しているんだろうなと私は気付いてしまった。
多分、ギフトの能力を弾き返すバリアのようなものが彼に張っているんだろうなと推理する。
そうじゃないと、私が心を読めない理由がわからないからだ。
「理沙お姉ちゃんはどんなギフトなんですか?」
「あはは……。私は……、その……。何の役に立たない能力ですし……」
(私のギフト能力は『人に悪夢を見せる』だけだからなぁ……。お父さんもお母さんも悪夢にうなされて別居しちゃったし……)
「…………そうなんですね。無理に聞き出すのはやめますよ」
「理沙のギフトは役に立たないかもしれないが、俺は理沙が居ないと生活出来ないからな!役に立たないなんて誰にも言わせねぇよ」
あー……。
十文字家の両親が別居しているのは『仕事のため』は方便で、理沙お姉ちゃんのギフトが原因なんだ……。
プライバシーもなにもない、筒抜けにするギフトは嫌な情報まで頭に入り込む。
「そうですよ!理沙お姉ちゃんは素敵な人なんですから!」
──今、私は無知に笑っていられているのだろうか?
イケメンの池田兄弟。
兄は秀頼も認める好青年だが、弟は自惚れが強く残念な性格をしている。




