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11、深森美鈴はグレている

朝の8時。

美月と美鈴は優雅にコーヒーを嗜んでいた。

ゆったりとした気分に姉妹は癒されながら、テレビも付けずにお互い雑談に花を咲かせていた。


「お姉様。最近、ASMRが規制される波が来てしまっているみたいですわ」

「そうらしいな。いやはや、また1つジャパンの文化が無くなりつつあるとは。嘆かわしいな」

「エロ系が特にきつくなるとか」

「エロ!?ASMRはエロとかあるのか!?」

「あ、お姉様は咀嚼音とか生活音しか知らなかったのですね。エロと言っても女の子とイチャイチャする程度ですよ」

「あ、喘ぎとかは……?」

「何、ちょっと気になってんですか……」


コーヒーをズズズと啜りながら、美月はASMRの多種多様に渡る幅広さに感心していた。

どんなものがあるのか、スマホで検索しようとした時だ。


──ピンポーン。

部屋中にインターホンが鳴り響いた。

美月も美鈴もドキッとしながら、コーヒーをテーブルに置く。


「い、行ってくださいお姉様!」

「美鈴は絶対こういう対応しないよな……」


やれやれと小言を述べながらも、行動に移す美月。

来客を知らせる電話口の前に行くと、彼女が見覚えのありすぎる女の人が立っていた。

その姿に美月はビクッとして、息を飲む。


「誰ですのお姉様?こんな朝早くから?宅配便ですか?」

「お母様だ」

「……!」

「わたくしと美鈴のお母様が訪ねてきた」

「…………」

「なんか喋れよ」

「…………」


美鈴はガチガチに凍ったように動かなくなった。

仕方ないといった感じに姉の美月が息を吐きながら玄関口で待っている母親に会いに向かった。












「美月も美鈴も久し振りね!元気してた!?」

「お、お元気ですお母様!」

「そんなに固くならないで美月。お母さん、娘に敬語使われて悲しいんですけど……」


双子姉妹と同じ金髪をして、2人の子持ちには見えない若々しい母親を前にして、くつろぎモードだった2人は背筋もピーンと立っていて、姿勢良く椅子に座っていた。

美鈴は慌ててマグカップに粉とお湯を淹れて、ミルクを混ぜたコーヒーを目の前に置いた。

「ありがとう」と娘に感謝を述べながら、耳にかかった髪をかき上げてからマグカップに口を付けたのであった。


「お、お父様も一緒ですか?」

「お父さんは一緒じゃありません」

「そ、そうですか」

「今日はお母さん1人ですー」


美鈴がほっと撫で下ろす。

彼女は母親が苦手なわけではなく、厳密には父親が苦手なのであった。

特に美鈴は紋章の件で見捨てられた側である。

父と娘の間に気まずいものがあるのだ。


「美月も美鈴もここしばらく全然顔見せないんだもの」

「実家まで行くのに1時間かかるから面倒で」

「実家通うのに面倒とか言われた……。お母さん悲しいんですけど……。なんとか言って美月!」

「なんとか」

「娘たちがグレたぁぁぁぁ!グレたんですけど!」

「別にわたくしはグレてない」

「美鈴はグレてますよ」

「やっぱりー!」


久し振りの親子の再開であるが、母親の熱よりも圧倒的に娘の熱は冷ややかなのであった。


「それで、お母様はどのような用事でこちらへ?」

「美鈴もお姉様も連絡なんかもらってないんですけど?」

「サプライズです」

「サプライズになってないですね。ビックリしてないから」

「美月ぃぃぃ!美鈴が冷たいんですけどぉぉぉ!?」

「家族の愛情を知らずに生きた弊害だな」

「美鈴もプンプンですよ」

「そんなことないよ!お母さんは美鈴も美月と同じ気持ちくらい好きだよ!」

「わかりました。わかりましたから!相変わらず親子揃ってポンコツなんですから……」


どうやら美月のポンコツ雑魚な面は母親の遺伝のようであった。

逆に美鈴のたまにドライになるのは父親譲りであった。


「それで、お母様は突然どうしたのだ?何も聞いてなかったんで、もてなす準備もしていませんぞ」

「美月。いつも言ってるけどもっとお母さんに砕けた口調で良いのよ?」

「わたくし的にはこれが普通なのだ」


相変わらずのように母親はタメ口を望むも、美月の堅苦しい口調は染み付いて離れなかった。

それというのも、2人の父親は言葉遣いにすら厳しく美月も矯正させられた結果が今の口調になっていた。

因みに美鈴は父親に期待すらされていなかったので、ある程度はフランクであった。


「実は、お父さんが交際を大反対している2人の彼氏君をこの目で確かめに来たの!お母さんが彼を気に入ればもしかしたらお父さんに横やりを入れてあげるわ」

「気に入らなかったら?」

「お父さんに加勢します」

「あ、お母様!玄関はあちらですよ」

「帰らせないで美鈴!お母さんはまだ帰りたくないの!」


母親の行動になんと言ったら良いのかもわからずに美月と美鈴は顔を合わせた。

そもそも秀頼と会う予定なんかなかった2人は眉をひそめて、困ってしまう。

突然娘の彼氏に会いたがる母親は美月に数分間お願いを続け、仕方なく美月は自分のスマホを取り出した。

(相変わらずお姉様は押しに弱い)と、将来何か大きなことに騙されたり、巻き込まれたりしないのかと心配になったのであった。


「あ、秀頼か。ちょっと話があるんだ」


どうやら数コールしたら普通に電話に出たらしく、美月が自室の方へ歩いていった。

必然と、美鈴は母親と2人っきりになったのであった。


「美月と美鈴の彼氏楽しみ。もしかしたら私の義理の息子になるかもなんて考えるとワクワクするんですけど」

「当然、美鈴の旦那にしてみせますわ」

「自信満々。でもね、お母さん的には双子が同じ人が好きなんて修羅場あんまり歓迎したくないのだけれど……」

「親が同じなら、好きな人が同じなのも当然に近いのでは?」

「きょ、極端過ぎ……」


美鈴のざっくばらんな価値観に、母親が圧倒されていた。

意外と後先を考えていない辺り、やはり性格は父親似だなと母は痛感したのであった。

それから5分もすると秀頼と通話を終えた美月が戻って来た。

美月のやや嬉しそうな表情から成果はあったのだなと母と妹は察していた。


「午前は修行するからダメみたいだが、13時からは大丈夫とのことだ。咲夜の喫茶店で会うことになったぞ」

「お母様同伴とはいえこれはデート!もう残り5時間しかありません!準備しましょうお姉様!」

「美月!?しゅ、修行?修行ってなんなのその人……?」

「鍛えているだけですよお母様。ははは」

「流せる話題なの!?」


バタバタと服や化粧のコーディネートに勤しむ美鈴は一切修行に対する突っ込みもすることなく準備をはじめていた。

「な、なんか変な人じゃないかしら……」と、深森母親はまだ見ぬ2人の彼氏をイメージしては不安な気持ちが拭いきれなかったのであった。






─────






「なんか……、美鈴。あんた変わったわね……」

「そうですか?」

「美月と同じでオシャレとか興味ないのかと思ってたわ」

「友達の影響ってやつですよ」


珍しく美鈴は水色をメインにしたワンピースに身を包み、普段は上げている前髪を下ろして、薄く口紅を付けて……、と彼女にしては冒険した身だしなみをしていた。

美月はいつもと同じくシャツにスカートと彼女なりのラフなスタイルであった。

12時過ぎになり、3人でマンションを出て、電車に揺られて駅に到着。

そのまま咲夜の自宅兼店になっている喫茶店を目指す。


「ところでー、どんなお店なの?」

「結構シンプルながらもオシャレな店だ」

「店のお名前は?」

「サン……、なんちゃら。美鈴、なんて言ったっけ?」

「サンク……、サンクなんちゃら」

「とりあえずそんな名前だ」

「サンクチュアリじゃない?」

「そうだ。確かそんな名前だ。流石お母様だ」


美月と美鈴は号令を掛けられた時以外は滅多に近寄らないので、まだ店の名前も覚えていないのであった。

2人は、約半年もサンクチュアリに出入りしていなかったのだ。


「この辺、確かお母様の実家だったな」

「そうそう。この地区来るのも久し振りだわ」


親子3人で当たり障りない雑談をしながら足を動かしていた。

駅から数分歩くとひっそりと経営している喫茶店が現れた。

スタヴァと比べると、本当にこじんまりとした外装である。


「では、行きますわ」


美鈴を先頭にしてドアを開けると、カランコロンとベルが狭い店内に鳴り響く。

するとすぐに「いらっしゃい」と愛想のない咲夜が出迎えた。

しかも、ヨルのようなウェイトレス姿の制服ではなく、ただのエプロンを身に付けていた。


「あれ?マスターさんは?」

「今、店は暇だからな。お客もいないので、マスターにはこないだ誕生日プレゼントで買ってあげたクロスワードを楽しんでもらっている。ほら、あそこだ」


咲夜が視線を向けた方向へ目を向けると、「ポリフェノール……。リズム……」とガチで頭を悩ませているマスターの姿があった。

本当に珍しい光景であった。


「マスターはそもそもクロスワードが好きなのか?」

「ウチも知らん。ウチはマスターの趣味は何も知らん」

「それはそれでどうなんだ?」


美月が相変わらずな咲夜に苦笑した。

この自由さが、咲夜らしいのだ。


「む?そちらの方は?2人のお姉さんか?」

「もう、そんなかわいらしいこと言って!良い子ね、あなた。飴ちゃんあげる」

「あ、ありがとうございます……」

「2人の母親です。友達として、これからもよろしくお願いします」

「ま、任せてください」


咲夜が深森母に対してまたもやコミュ障が発動して小さくなるが、接客しなくてはいけないという使命が逃げず会話のキャッチボールを続けるという選択肢をとったのだ。

咲夜をよく知る2人は地味に珍しい光景を見たのであった。


「おーい、マスター。お客さんだ」

「ハルマゲドン……。え?お客さん?」


クロスワードの本をバタンと閉めると、入り口に佇む美月と美鈴の姿を視界に入れたマスターは咲夜の元へ近付いていく。


「いらっしゃい。珍しいね」

「秀頼様と待ち合わせですわ!」

「秀頼君と待ち合わせね。午前中は達裄君と一緒にいるんだっけかな。もうちょっとで来ると思うよ」


腕時計は12時52分を指している。

10分もしない内に来るだろうと、マスターも付け足した。


「あれ、珍しいね?もしかして2人のお姉さんかい?」


マスターが同行者の1人へ声をかけると、咲夜から「ウチと同じ間違いしてる……」と突っ込まれる。

「え?」とその同行者とマスターの目がばっちりあった時だった。


「あ。やっぱり流君だ」

「え?美咲ちゃん!?」


マスターと深森母は同時にお互いの名前を呼んだ。


「…………は?」


咲夜の疑問の声が喫茶店内に響いたのであった……。

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