38、本物の色:刺
普通の高校よりも大きい校舎、溢れる生徒、最新鋭な設備。
神聖さが見た目から伝わってくる第5ギフトアカデミーが目の前に広がっている。
全国で第1から第10まで存在するギフトアカデミーの中で、唯一ギフト非所持者も受け入れているギフトアカデミーはそびえ立つ外観から圧倒されていた。
なんでも学園長先生が『自由に壮大な成長させる校風』を掲げているとかなんとか。
翠の交通事故の時に通報してくれたギャルの人も学園長と知り合いらしく強くおすすめしていたことを思い出す。
(でも大丈夫なのお姉ちゃん?転校前は虐められて、転校後と中学ではほぼ空気に徹していてあんまり友達がいなかったのに人が多い第5なんかに入学決めて)
中学時代では三島遥香ちゃんとか、熊本セナちゃんとか5人くらいしか友達が出来なかった……。
クラス替えをしたら完全ボッチになったという苦い苦いにがぁぁい思い出しか残っていなかった。
「だからこそ私は友達が欲しいな。ミドリを受け入れてくれるような友達が欲しい……」
(お姉ちゃん……)
小学生時代ではランダムでミドリを出現させてしまっていたが、中学時代からはある程度は姉妹入れ替えのコントロールが出来るようになった。
色々訳ありなギフト所持者が多いらしいし、そんな友達を増やせたら良いな。
辺りを見渡すと、校門をくぐる生徒が何人も姿を表す。
ほとんどが普通に歩く人ばかりだが、ギフトアカデミーでは違う個性が見ることが出来る。
3センチほど宙に浮かびながら移動する人。
身体がバイクに変形して移動する人。
何人かのギフト所持者がザラに歩いているのを見て「ほへぇ……」と情けない声を出す。
人の流れに身を任せるように足がみんなと同じ方向に歩いて行く。
学校という磁石に引き寄せられるように……。
校舎内に入り込むと喧騒と熱気に包まれたクラス表が貼り出されている。
後ろの方からは全然見えなくて、ひっそりと人が散り散りに去っていくのを待っていると、前の方から人から離れようとする女子生徒が見えた。
見覚えのある水色のショートカットをした髪。
そんなに大きくない身長ながらも、女性なら憧れる大きな胸。
困ったように眉をひそめる三島遥香ちゃんだった。
「は、遥香ちゃん……」と小さく呟くも、周りの声でかすんだ声は届かない。
小さい身体を動かしながら、人の波から遥香ちゃんが離れていく。
久し振りに会話したかったけど、あの遥香ちゃんは辛そうな表情で走るように逃げて行った。
急いでいるのかはわからないけど、彼女らしくない動きであった。
ちょっと前にギフト陽性という話も聞いていたので、遥香ちゃんのギフトとかに関係あるのかな?とも勘ぐった。
(あ!お姉ちゃん!あそこ!?)
遥香ちゃんが消えた箇所をぼんやりと眺めつつ、前に立っていた3人組の男子生徒グループが『ためになりそうで使いどころがない豆知識』の話題を出していて感心しているとミドリが大騒ぎして遥香ちゃんが消えた方向と真逆を指さす。
どうかしたの?とミドリに返すと、興奮し、鼻息を荒くして『あの少年』の名前を出した。
(秀頼兄ちゃん!秀頼兄ちゃんだ!)
ミドリの発見した歓喜の声に、瞬時で振り返った。
懐かしい茶髪に、昔に比べて男らしく伸びた身長。
やや日焼けしたように肌が黒くてワイルドに見える男はブレザーのズボンのポケットに手を突っ込みながら歩いていた。
「あ、明智さん……!?」
一目でわかった。
初恋の男の子であった明智秀頼さん。
長年会ったこともなかったのに、心臓の鼓動が早くなる。
これまでの人生で唯一私を虐めから助けてくれた恩人。
成長していてもすぐに気付くぐらいに彼の姿を追い求めていた気持ちが蘇る。
何もしていないのに、歩くだけで格好良くて震えが止まらない。
数回しか会話をしたことがないのに、未だに忘れられなかった恋する気持ちが熱い。
「わ、私のこと覚えてくれているかな?」
伸ばした青い髪を弄りながら、明智さんに女として意識して欲しいななんて考える。
もしかしたら同じクラスになっているんじゃないかな?とか照れながらクラス表を待ち焦がれた。
──結果、かすりもしないクラスに在籍することになった。
──────
ギフトアカデミーに入学すると、ちょいちょいと明智秀頼の悪い噂が耳に入る。
『あの人には関わらない方が良い』
『怖い』
『不真面目で何を考えているかわからない』
そんな明智秀頼を知らない人がコソコソと話しているのを見て不愉快になった。
確かに見た目は怖いし、噂を流したくなる人の気持ちはわかる。
ただ、私は知っている。
明智君は優しくて、困っている人に手を差しのべることが出来る優しい人だ。
だから、そんな噂はあり得ない。
(そうだよ!秀頼兄ちゃんが悪人なわけないよ!)
ミドリもそんな話を一蹴していた。
たまに聞く噂は、やっぱり信憑性のない噂だと普通に男子生徒と仲良く会話をしている姿を見て確信する。
中性的な顔をして、黒髪黒目な明智さんの友達の態度は友達に向けた笑いを浮かべている。
「おい、邪魔なんだけど変人女」
「う……」
明智さん観察を終わって廊下を引き返そうとすると、クラスの女子3人が私の目の前に立ち、ゴミを見るような目で見てくる。
「きもーい」
「島咲さん、いちいち姿変わるのやめた方が良いよ?あれでみんな気味悪がってんだからね?」
「マジレス禁止ぃ。島咲かわいそーだろ」
「柴田全然思ってなーい」
「…………」
ゲラゲラゲラゲラと、丸眼鏡をかけた柴田という女と連れの2人が下品な声を上げて嗤う。
明智さんより、よっぽど関わりたくないし、怖いし、何を考えているかわからない集団だ。
不愉快な虐めのターゲットにされてしまっていた。
本当に虐められっ子な私は、どこ行っても嫌われるみたいだ。
だっさい丸眼鏡な柴田なんか無視しようとした時だ。
「おーい。ウチラと遊ぼーぜ」
「ボッチ女と遊んでやる言ってんだよこっちは」
「島咲姉妹の顔と態度ムカつくんだよ」
「うっ!?や、やめて!?」
髪を柴田さんから乱雑に引っ張られる。
2人の取り巻きはバカにするように、ただただ傍観していた。
「ぐっ……、痛いっ!離して!?」
「髪引っ張りゲームだよ。大きなカブみたいにしてやるよ」
「ぐぐぐ……」
虐めを慣れているのか、ぐいぐい髪を引っ張る。
「無駄に顔は良いのがムカつく。ハゲにしたろ、ハゲ」
柴田さんが力を抜き、思いっきりまた髪を引っ張ろうとする。
恐怖のあまり目を瞑った時だ。
(お姉ちゃん、ミドリが変わる)
そう言って、ミドリが身体に乗り込む。
私の意識はミドリにしか見えない透明な姿に変わる。
「なっ!?いてっ!?」
柴田さんが情けなく尻餅を付く。
引っ張られていた私の髪は、ミドリに姿を変えたことで短くなり、引っ張っていた髪が宙を切り、彼女は床に転がったのだ。
「虐めるなぁぁぁぁぁ!」
「うがっ!?」
「ぎゃ!?」
「ひっ!?」
そのままミドリは叫びながら3人同時に体当たりをして床に叩き付けた。
「まったくもう!虐めカッコ悪い」
目が回って気絶した3人組に対してそんな文句を言いながらビシッ!という擬音が出るくらいに気持ち良く指で突きつけた。
「負けたぁ」と柴田さんが負けを認めた。
ミドリは強いね、と妹に対して感心してしまう。
本当に、ウスノロな私なんかより、よっぽどミドリの方が凄い。
「…………ミドリがお姉ちゃんの足枷にしかならないなら、ミドリの存在を消しちゃっても良いんだよ」
え?
何人かとすれ違いながら教室に帰ろうとしていると、ミドリが始めて残酷な話を口にする。
ミドリが足枷になんか……、なってないのに……。
それから、仲良し姉妹だったはずなのにミドリとの絶妙なギクシャク感のような刺が生まれてしまった。
結局、1年時は柴田さん蹴散らし事件もあり私とミドリに友達と呼べる人間関係は生まれないまま終わりを告げた。
この1年間は、たまたま明智さんとすれ違うだけを楽しみにしているだけの1人ボッチであった。
人の笑顔の輪に入れなかった……。




