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35、島咲碧は買いたい

「秀頼ちゃんはどっちの服が好み?ねぇ、秀頼ちゃん?」

「そ、そうだね」


圧が強すぎるミドリちゃんに黒と紺のどちらの色かを突き付けられる。

俺が黒い服を着ていることが多いことと、単純にデザインが色があっていると直感した紺色の服を指さす。


「こっちなんだ!ミドリもお姉ちゃんも紺が似合うよねって話し合ってたんだよ!」

「だよね!良かったよ」


男受けと女受けは違うんだよ、とはオシャレ好きな絵美がたまに俺に説教をする時があった。

その経験もあり、安易に自分の意見だけを参考にするのは良くないと考えることが多いのであった。

因みに無意味に髑髏とかあったり、英単語が文章でごちゃごちゃとプリントしている服は男から見て普通でも、女から見たらダサイという結果は出ている。

中学時代はそれで絵美に叱られたものである。

タケルなんかは、理沙と一緒じゃないと服を買いに行ってはいけないのだとか。

それくらい、男目線だけで服を買ってはダメらしい。


「じゃあ、買っちゃう!ミドリが秀頼ちゃんの服買っちゃう!」

「ちょ、ちょっと!?お、俺が自分で買うよ!?」

「えー?だってミドリとお姉ちゃんが秀頼ちゃんにあげたいんだもん!」

「あげたいんだもんって……。買ってもらう理由ないから!」

「買うぅぅぅ!買うのぉぉぉ!」


ミドリちゃんから服を取り上げようとするも、身体を捻らせてひらりとかわす。

俺の動きに順応するように蝶が舞うかの如く逃げていく。

そこで俺の耳に違うお客の声が聞こえてしまう。




『なんだあの女。見た目が変わるギフトか?気持ち悪い……』




声というより、陰口だ。

その男はぼそっと呟き、逃げるように消える。

本当に不愉快だ……。

星子の悪口も一緒にされた気もして、怒りが込み上げる。

確かにギフトは人々から憧れやすい力。

『命令支配』や『月だけの世界』なんかは羨ましいって人も多い。

ただ、『エナジードレイン』や島咲姉妹のギフトなど気味悪がられて嫌悪されるギフトも存在する。

そんな悪口や、人が嫌がっている姿をなるべくミドリちゃんには見せたくない。

だから耳も視界も防ぐように彼女に抱き付いた。


「え?え?秀頼ちゃん……?」

「…………ごめん。ちょっとよろけちゃった」

「こういうのはミドリじゃなくてお姉ちゃんに」

「え?」


ミドリちゃんのぼそっと聞こえないくらいのボリュームでなんかを口にした。

その瞬間、抱き付いていた少女の姿が変わった。


「あ、あわわわわ……。み、ミドリったらぁぁぁ」

「ご、ごめんね島咲さん!」

「あ、謝らないでくださぃ」


赤くなりながら謝罪した言葉は最後までハッキリ聞こえない。

それくらい、かなり動揺している。

ミドリちゃんからいきなり島咲さんに変わることなんて予想もしていなかったのでただ平謝りをするしか出来なかった。

それからお互い恥ずかしくなり、俺は店内入り口付近に置かれた時計へ視線を反らしてなるべく島咲さんを意識しないようにした。

30秒くらい経った時に落ち着いたのか、俺から2メートルほど離れた彼女がおずおずと口を動かす。


「あの……、もしかしてだけどさっきの男の人のせい……ですか?」

「…………いや、別に。違うよ?」

「でも、あの……」

「ミドリちゃんも島咲さんも可愛い女の子なんだから。俺が文句を言わせない」

「……ありがとうございます」

「…………うん」


お互い赤くなっていたんだと思う。

まともに島咲さんの顔を見れなくて、ふらふらっと彼女がハンガーごと持っている服に目が行ってしまう。


「島咲さんとミドリちゃんが選んでくれた服、買うよ」

「わ、私が買います!こないだのハンカチのお礼がまだ」

「気にしてないよ!ふ、服買ってもらう理由もないですから!」

「私が明智さんに買いたいんです!だから着て欲しいです」

「わ、わかった……。そ、その変わりお昼は奢るから飯食べ行こう」

「食事に行ってくれるんですか!あぁ、夢のようです!もしかして夢かな!?明智さん、私の頬を涙が出るくらい強く引っ張ってみてください!」

「涙が出るくらい痛いだけなのでやらないです」


こうして、本当に紺色の服を買ってもらいそのまま着たまま店の外に出ていた。

「似合うぅぅぅ!」と涙が出るくらいに褒めてくれて本当に良い子だなぁと評価が上がってしまう。





こんな子に慕われて、おもいっきり裏切ることになる原作秀頼を思い出すと、胸が痛くなった。





─────






「はぁぁぁ。しあわせです……」

「ははは、大袈裟だよ」


彼女に食べたい食事に合わせたところ、パスタが食べたいということでお互いがミートソースセットを選んで完食した。

値段が食事よりも服の方が高くてちょっぴり罪悪感があったのだが、「遠慮しないでください!」と連呼されまくったので遠慮しないという暗示をかけた。


(遠慮するな遠慮するな遠慮するな遠慮するな遠慮するな遠慮するな遠慮するな遠慮するな遠慮するな遠慮するな遠慮するな遠慮するな遠慮するな遠慮するな遠慮するな遠慮するな遠慮するな遠慮するな遠慮するな遠慮するな遠慮するな遠慮するな遠慮するな遠慮するな遠慮するな)


中の人を暗示に使いまくっているので、遠慮する方が間違いという認識の状態を保っている。


「明智さんと並んでこんな風にデー…………お出かけ出来るなんてフィクションみたいです」

「いきなり横文字が来たね」

「NGですか?」

「俺は大丈夫だよ」


横文字驚き人間・津軽円がどうしても思い浮かぶ。


「明智さんの横に立っている虐められっこな私なんか相応しくないですよね……」

「そんなわけないよ!みんな島咲さんの魅力に気付いてないだけだよ。それに俺の方が特別でもなんでもないし……」

「明智さんが特別じゃないなら他の人みんな特別じゃないですよ!」

「そうだよ、この世界に特別な人なんていないんだよ。ただ、俺にとって島咲さんは特別な人だって思えるくらいには仲良くなりたいな」

「あ、明智さん……」

「後は、島咲さんの中でもちょっぴりで良いから俺を特別な人って認識してもらえたら嬉しいかな。なんて……」


なんか恥ずかしいことベラベラ言ってるな俺……。

普段から絵美や円とか美鈴とかの彼女たちに対する影響が出ているかもしれない。

付き合ってないのに何言ってんだと思われても文句は言えないだろうに……。

心で恥ずかしさで死にたくなっているとスマホの着信音がする。

俺の音じゃないと認識すると、島咲さんが手提げカバンからスマホを取り出して、その中身を読む。


「あ、お母さんからだ……。今日は早めに帰れってライン来ちゃた」

「そっか」


残念そうに島咲さんはスマホ画面を見ていた。

「残念です」とスマホをしまいながら、俺を上目遣いで見上げる。

お尻から柴犬の尻尾が生えてるんじゃないかってくらいに可愛い。


「じゃあ、また学校で会いましょうね」

「うん、悩みとか抱える前に相談とか乗るからね」


こうして、デートみたいなお出かけは幕が降りた。

島咲さんとミドリちゃんの力になりたい。

そんな2人に対する気持ちが心でくすぶっていた。







「切ない……。切ないよ、明智さん……」








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