29、黒幕概念のタッチ
「クハッ!行くぞ、明智秀頼」
「わかったよ」
「行こう!行こう!」
部活動紹介の全校集会前日。
学園長であり、文芸部の顧問である近城悠久に、『どんなアピールをするのか?』の提出をしなければならない。
そこで部長の黒幕概念、部活メンバーのリーダーを務める佐々木絵美、オマケの明智秀頼の3人が説明しなければならない。
部活にリーダーなるポジションがあったことも知らないし、オマケで付き添うことになった存在はもっと意味がわからない。
「頑張ってくださいね、秀頼さん!」
「うん!行ってくるよエイエンちゃん!」
部室にいる全メンバーに見送られながら、職員室へと足を運んでいく。
「良い報告をお待ちしております!」という美鈴の言葉を胸に刻みながら、3人で職員室前までたどり着いていた。
「うぅ……、緊張しますね秀頼君……」
「こんな緊張している時に利くおまじないを教えてあげよう。最初は手のひらに『人』って書いてみて」
俺が前世の知識である緊張をほぐす儀式を披露することにしよう。
多分この文化は前世の日本だけであり、こっちのジャパンには存在しない文化である。
「手のひらに『人』?マジックペンで?」
「そうじゃなくて、こうやって左手の手のひらに右手の人差し指で『人』って書くの」
ちょっと時間がかかりそうだったので、職員室の出入口から3メートル離れてレクチャーをしていく。
実際にやりながらの方が早いので、俺が目に見えないけど手のひらに『人』という字を3回くらい書いてみせた。
概念さんは「へー」と口出しせずに、その儀式を感心しながら黙って鑑賞していた。
「あぁ!なるほどわかりました!」
「わかったか!?」
「はい!」
絵美は俺にわかるように左手に指で『人』という字を書いてみせた。
「じゃあ秀頼君、左手を出してください!」
「は?う、うん。はい」
──『人』の字を飲み込むんだよ。
そう説明する前に、絵美が俺に指示を出して左手を構えさせる。
俺が絵美の謎の行動に混乱していると、絵美も同じように手を構えた。
「行くよ」
「?」
そう言った途端に絵美が左手でハイタッチをしてきた。
意味がわからないで戸惑っていると、概念さんが「なるほどのー」と納得したようだった。
「流石秀頼君です。お互いが左手に描いた『人』という字をハイタッチでぶつけることでキスを表現するとは」
「クハッ!中々ユニークなおまじないじゃないか」
「ロマンチックゥゥゥゥゥゥ」
女性陣のウケがマックスな謎の儀式化してしまった。
前世はベタであった『人』の字を飲み込み緊張をほぐすおまじないの伝達に失敗してしまった……。
結論だけ書く。
失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した。
「お互いに『人』って書いた手のひらでハイタッチしてキスするおまじないを円や永遠たちにも教えとこー」
「…………」
「クハッ!これはビジネスチャンスじゃ」
「…………」
元ネタを知っている前世仲間の円に知られてしまうのは恥ずかし過ぎる……。
俺は羞恥心のあまり退化してしまうかもしれない……。
「概念さんも!」
「クハッタッチ!」
「なかよし」
絵美が概念さんと一緒に『人』をかいた左手でハイタッチをしていた。
人と人がキスをする形になってしまったおまじないを作ったことになった自分が恥ずかしい……。
「確かにこうやってキスのハイタッチをすることで緊張がなくなりましたね」
「クハッ!佐々木絵美のコンディションが最高潮になったところで悠久のところへ往くぞ!」
「仕方ない、行くか……。関係ないけど急に『コンディション』とかいう単語が出て驚いたよ」
「何を円みたいなことを言ってんですか。横文字NGとか言わないですからね」
部長である概念さんを先頭に、絵美、俺の順番で職員室に流れ込む。
悠久は、端に置いてあった1人だけやたら大きい机にふんぞり返り、パソコンとにらめっこをしていた。
ああ見えても学校の先生だからな。
職員室では真面目にしているらしい。
「クハッ!悠久、アマァゾンで買い物してるところ悪いな」
「いや、してねーわ。学園長なんだと思ってる」
概念さんの弄りに反応した悠久はタメ口で突っ込み返す。
確かに学校でアマァゾンなんかで買い物してるわけないだろ。
「概念に絵美に秀頼……。面倒ごと抱えてそうなメンバーなのでお引き取りください」
「そうはならんだろ」
職員室に残った先生らがチラチラこっちを見ている。
悠久にタメ口で語りかける概念さんが目立ち、居心地が悪い。
そんな窮屈な思いに晒されていると、ようやく概念さんが部活動紹介の内容説明に入る。
「我々、文芸部は明日の体育館で行われる部活動紹介に参加の表明をここに宣言する。クハッ」
「はいはーい。参加承諾。因みに宣伝アピールでは何をするつもり?」
「クハッ!明智秀頼がダンク決めてやる」
「却下」
「く、クハッ!?」
「ええっ!?」
文芸部の多数決で決まった明智秀頼ダンクショーは、悠久から即却下をくらう。
概念さんと絵美が拒否を予定していなかったのか、驚愕した顔で悠久を見ていた。
「な、何故だ!?ば、バスケ部だってボールを毎年使ってるじゃないか!?クハッ、えこひいきだ!えこひいき!」
「人聞きの悪いこと言わないで。別にえこひいきなんかしてないから」
「で、でも秀頼君はダンク出来ますよ……?」
「いや、バスケ部にダンク出来る生徒がいないし……。そうじゃなくて部活動紹介は部活のイメージピッタリのものをする決まりなの」
悠久がそのまま説明を続ける。
山本率いるサッカー部ならドリブルしながらとか、野球部ならバッドを素振りしながら。
バスケ部ならパスをしながら。
エアコン部ならエアコンを解体しながら、みたいに部のイメージに沿ったショーをしなければならないらしい。
「文芸部ならではのショーですか……。秀頼君、何か案がありますか?」
「それならエイエンちゃんが平家物語を全文暗記しているからそれを披露するなんてのはいかがでしょうか?宮村永遠ボイスの平家物語なんてこんな機会じゃないと見られないですからね」
「クハッ!それだ!」
「何時間読むつもり?却下」
「!?」
「秀頼がそんなショック顔晒しても首を縦には振らないわよ」
悠久の無慈悲な言葉を突き付けられる。
「じゃあもう学園長先生が決めてください。わたしたちの案は尽きました……」
「尽きるほど案無かったでしょ。なら、紙芝居とか?」
「クハッ!なら紙芝居でやろう」
「5分程度の内容だからね。そもそも今、前日だけどどうにかなるの?」
「文芸部総出で紙芝居作成ですね」
「悠久のせいで残業だな」
「う……、社会人の嫌いな言葉第2位の残業……」
1位はサービス残業だなと察してしまった。
こうして、文芸部のメンバー集め作戦は始まりの狼煙を上げた。




