15、十文字理沙は名前を呼ぶ
「とりあえず、下に行こっ!ここじゃ、みんな窮屈だし。ね?」
「そ、そうだな」
初対面時のツンツンツンツンツンツンツンツンツンツンツンツンしていた円は、もはやメイド服に抵抗すら見せずに俺に微笑んで誘ってくる。
小学生円が、現在のJK円を見たら『馬と鹿ね』とか感想を漏らすんだろうなと、咲夜に言い放った『メイド発言』の頃を思いだし、苦笑してしまう。
円の提案で、俺の部屋から居間へと場所を移すことになる。
狭いし何も出来ない秀頼の部屋が虚しく見えた……。
まったくエニア来客に、メイド来客と午後から忙しい日だ……。
…………エニア?
なんとなく、俺はギフトを持っていながら、中身が一切わからない彼女のギフトが気になる。
数日前の俺の淫らな夢を知ったエニアの反応。
俺に近い人のギフトを指していたんだと予想はしているが……。
果たして、どう出るか……。
「なぁ、理沙……」
「どうしました明智君?」
踏み込んで良いのか?
今まで、理沙に対してタブーなことだと踏み込まなかった領域に踏み込んで良いのか?
いや、お、お、……俺の彼女なんだから……、それくらい資格はあるはずだ。
「り、理沙のさ……ギフトって、どんな能力なんだ?」
「わ、私のギフト……。言ってしまえば嫌がらせのギフトだよね」
「嫌がらせ……」
「だから両親と別々に暮らしているんだけどね……」
「仕事のこともあるけど……」、そう言って理沙は遠慮がちに、誤魔化す笑顔を浮かべる。
彼女を秘密を明かすなら、返して尋ねられたら理沙にだけは自分のギフトを明かしても良いというくらいには踏み込んだ。
「私のギフトは発生条件や対象が完全にわからない。…………でも、兄さんにだけは絶対に効かない能力」
「…………」
『アンチギフト』さんがしっかり仕事してるからね。
ヨルはタケルに決闘時にアンチ持ちを告白したらしいが、もしかして理沙には明かしていないのかな?
理沙はギフトの能力で効かないではなく、タケルだから効かないと誤認しているニュアンスに聞こえる。
ただ、三島遥香の『エナジードレイン』のように、周囲を巻き添えにするタイプのギフトと予想は組み立てられる。
「私のギフトは『悪……』」
『ちょっと!主役のゴミクズパイセン!早く来てくださいよぉ!』
『あ、理沙も居ないですよ?』
『ぬ、抜け駆け!?おい、理沙!貴様だけ抜け駆けか?』
「ちがっ、違いますよ!」
理沙が恥ずかしがりながら咲夜の抜け駆け発言を否定する。
ダメだ、尋ねるタイミングは今じゃなかったか……。
もはや桜祭すら理沙のギフトを設定していなくて、理沙のギフトを聞こうとした瞬間に世界が邪魔するのではないかとすら疑ってしまう……。
「また、今度落ち着いて話しましょう明智君」
「そうだな……」
「ただ、あんまり期待はしないでくださいね。よくないギフトで、もしかしたら明智君や絵美さんとか色々な人を巻き込んでしまっているかもしれないので。──行きましょうか」
「そうだな」
いつの間にか理沙と2人っきりで部屋に取り残されてしまった。
「あ!メイドっぽいことしよっと!……じゃあ、お手を拝借します。秀頼様」
「り、理沙から秀頼って呼ばれるのはじめてだな……」
「ふふふっ」
「俺の名前知ってたんだな」
「当たり前ですよ!?」
理沙をからかうと、かぁぁと赤くなる。
そういえば小学生の時からずっと『明智君』って呼ばれてたな。
理沙に手を引かれながら、階段を降りていく。
自分が住んでいる家で彼女に手を引かれながら歩くなんて新鮮である。
「お?理沙が秀頼と手を繋いでいる」
「ふふーん。良いでしょ、兄さん」
「くっ……」
「タケルはなんで悔しがってるの?」
理沙に手を引かれた俺が羨ましいということだろうか。
流石シスコンである。
「というか、あの大学生の一ノ瀬さんってなんだよ!?いつの間に年上すら毒牙にかけたとか聞いてねーよ!」
「あれ言ってなかったか?もう付き合って半年以上たつぞ。あと毒牙言うな」
「くっ、やっぱりお前はモテるな」
「タケルもモテるって大丈夫だって」
「女顔ならワンチャンいけるか?」
「は?」
なんでタケルが女顔を誇りに思っているのか、よくわからない。
「よっ、明智君も男友達いるんだね!」
そんな野郎同士のやり取りをしていると、当の一ノ瀬楓さんがこちらに割り込んできた。
「むしろ男友達の方が多いんですが」
「…………そうなの?」
「ラインの連絡先、8割男ですが」
「こいつ、女にモテモテなわけじゃなくて、人間にモテモテなんすよ。学校行くと男子の黄色い声援があちらこちらから聞こえてきますね」
「はぇ……」
「あ、十文字タケルっす。理沙の兄貴です」
「よろしくね、十文字君」
メイド服を着た男と女が自己紹介をしていた。
もう一生見ることのないレアな状況な気がする。
「そういえば星子は居ないんすか?」
「そういえば秀頼君の妹ちゃん居ないね。どうしたんだろ?」
「仕事してるんじゃないか?俺も知らないな」
「そっか、仕事か……」
細川星子はスターチャイルドという、ジャパンで大人気のアイドル歌手である。
今日もどこかで仕事の打ち合わせや、歌ったりしているのだろう。
誇らしいところもあるけど、寂しいところもある。
そんな兄心の葛藤が喧嘩していた。
『寂しいに決まってんじゃボケ!』と悲しみの心がバーズカを放つが、『スタチャの仕事のおかげで知名度上がるんじゃボケ!』と誇らしい心が居合い切りをしてバズーカの弾を切った。
『またつまらぬ物を斬ってしまった』と誇らしい心は余裕綽々であった。
『なーに、誇らしい心を殺すまで弾切れさせなきゃ勝ちだ』とバズーカを2丁構えた。
好きに戦ってくれ。
「仕事?星子ちゃんって働いてるの?」
「あれ?楓さん知らなかったんでしたっけ?」
「おい、そんな簡単に星子ちゃんの仕事のことばらして良いのか?」
「あー、そうだな……」
「え?めっちゃ気になるじゃん!こら、彼氏!お姉さんにも教えてよ!」
そう楓さんが口を開いた時だ。
ピンポーンとインターホンが鳴る。
え?誰?
俺すら知らない来客に「誰?」と2人に聞くと、タケルも楓さんも知らない様子で首を振る。
「あっ!来た!入っていーよ!」と絵美が来客に促すように大声をあげる。
ガチャと扉が開かれる。
「ふふっ。相変わらず大人数ですね明智さん」
「わっ!?す、す、す、す……」
不意打ち気味に現れた来客に震えが止まらない。
彼女はその特徴的な星を表す金髪と、夜を表す黒髪のメッシュが輝いた。
そして、そんな彼女がメイド服を着ていた。
「いぇーい、スタチャスマイル☆」
「スタチャだぁぁぁぁぁぁ!」
──メイドスターチャイルド合流!
スターチャイルド時は、『明智さん』呼びになる星子。
あと、素っ気なくなる。
第8章 病弱の代償
8、十文字理沙は食べさせたい