9、島咲碧の妹
「部活行くか」
仮入部期間に突入する前の今、部員を集めようと必死な概念さんたちと綿密なミーティングを執り行うのだ。
最低の3人がゴールではなく、それはスタート地点に過ぎないと三島や千姫も燃えていた。
因みに、新入部員ゲットを目指すためにミーティングをするのはうちの部だけらしく、山本らのサッカー部は『そんなんしねーで練習するわ!』と時期部長候補がそんなことを言っていた。
テンションが上がらず、教室から出るのも遅く、歩く歩幅も短く、歩くスピードも遅いまま部活へ向かおうとした時であった。
『秀頼兄ちゃぁぁぁぁぁん!』
あ?
星子ではない誰かが俺を兄と呼びながらこちらへ向かってくる音がして立ち止まる。
そうして戸惑っていると、ぼすっと俺の首に抱き付いてくる感触がある。
「へっへぇ!捕まえたぞ、秀頼兄ちゃん!」
「み、ミドリちゃん!?」
「わぁぁ!?秀頼兄ちゃんがイケメンさんに育ってるぅぅぅ!お姉ちゃんばっかり会ってズルいよ!ミドリもずっと会いたかったのに!」
「ご、ごめんね……」
島咲碧の妹であるミドリが目の前にいる。
ワンサイドアップなエメラルドグリーンな髪をしている彼女が、甘えたように俺に抱き付いてくる。
そういえばこんな甘えん坊な子だっけか。
当然ながら、島咲碧シナリオ『本物の色』編に現れる重要キャラクター。
さて、俺はどうしたら良いんだろう……?
「…………わぁ!ひぃ君が知らない子に『兄ちゃん』呼ばわりさせてる。にやにやにやぁ、にやにやにやぁ」
「お願いだから待って詠美……」
ミドリちゃんの対応に困っていると、絵美みたいにわざとらしく『にやにや』と口にする詠美が通りがかる。
こんなわけのわからない形でセカンドシーズンのメインキャラクターが2人揃ってしまった……。
タケルが居ないのに……。
「と、とりあえずミドリちゃん!お、俺に対し『兄ちゃん』はちょっと……。ね?恥ずかしいし……」
「じゃあ秀頼お兄ちゃん!」
「ひぃ君お兄ちゃん!」
「なんでそうなるんだよ!?『兄ちゃん』も『お兄ちゃん』も恥ずかしいから却下!」
「秀頼の兄貴!」
「ひぃ君の兄貴!」
「兄付けるのやめて……。あと、さっきは突っ込まなかったけど詠美はなんなんだよ!」
俺には既に星子という妹がいる以上、彼女以外に兄呼ばわりは恥ずかしい。
多大に恥ずかしい。
「ミドリから兄って呼ばれるのが恥ずかしいのかな?」
「普段から先生って呼ばれてるのにね」
「お願いだから詠美は弄るだけなら帰ってくれねぇかな!」
「こんなおもしろ……大変なことになってるひぃ君を見捨てられないよ!」
「見捨てていーよ!」
はぁ……。
ミドリと詠美も昔馴染みながら、今はほとんど絡まないという関係だから距離感を探りながらのコミュニケーションになるのだが、なんで2人には気まずさみたいなのがないの……?
「おねぇーちゃん!名前は?」
「佐木詠美ぃー」
「ミドリはミドリぃー」
「真似すんなし!」
「でも、詠美ちゃんも秀頼兄ちゃんの真似してたし!」
「確かにだし!」
碧と詠美はヒロイン同士だから会話があったはずだが、ミドリと詠美の会話なんて原作にあったかな?
全然記憶に無いが、多分無かったはずだ。
ミドリがそもそも共通パートに数回登場するだけで、碧ルート以外はまったく登場しないキャラクターだったはずだ。
タケルじゃなくて、俺がギャルゲーの主人公になってしまったのではないかという錯覚に陥る。
いや、さっき関と瀧口と原作をなぞっていたのだからそれはないはずだ。
「じゃあ、とりあえず秀頼ちゃん!お姉ちゃんを助けてくれてありがとうございました!凄く嬉しがってましたよ」
「そうか……、良かったよ」
「あ、秀頼ちゃんには突っ込まないんだ」
「兄が消えただけでも妥協しないと」
「バイバーイ」と元気で活発なミドリは手を振りながら廊下の奥へ消えていく。
俺と詠美も、手を振りながら彼女を見送る。
「なんか、元気でインパクトのある子だったね……」
「そ、そうだな……」
「あの子、もしかして島咲さんの妹さん?」
「あ……?島咲碧を知ってるのか?」
「知ってるよ。彼女もどっかの誰かさんみたいに有名人だしぃ」
「引っ掛かる言い方!」
「どっかの明智君並みに有名人だしぃぃぃぃ!」
「俺や、それ!」
全校生徒で明智って名字は俺しかいないんだよ。
全校生徒からヒロインの名前を探す際に、ついでに明智を探したら秀頼しかなかったし。
意外と絵美の名字の佐々木が多かったよ。
「なんか君、あれだよね」
「あ?なんだよ?」
「父性的な包容力あるよね」
「そ、そうなのかな?」
「少年探偵団と会話するコナン君みたいな感じ」
「俺、コナン君なの?」
ピンとこなさすぎてヤバい。
そして、中身が周りより大人という部分では否定出来ないのもヤバい。
「ひぃ君は面白いね。みんなから好かれちゃうのがわかっちゃう。悔しい」
「悔しいって……」
「なんかズルいなー。秀頼プロデュースしたのは私が最初の筈なんだけど」
「あ、あはは……」
昔から結構ハキハキとしてくる子だったなー、と詠美の出会いから思い出す。
「まぁ、頑張りなさい。ひぃ君、これから積極的にミドリに絡もうとしてるっしょ」
「あ、こら!頭を撫でるな!」
「にしししし」
背伸びをしながら頭を撫で撫でされて、恥ずかしさが込み上げる。
周りに誰もいなくて、ちょっと安心する。
「明るくなったハルカも、妹さんと仲良くなったミツキも全部ひぃ君のおかげなんでしょ?かっけぇな、お前ぇ!」
「…………」
「私のことも助けて欲しいなぁ」
「詠美……」
「なんでもない。また明日ね」
「…………」
それが、お前のSOSなのか……?
消えていく詠美の背中を黙って見ているしか出来なかった。
「本当に……、詠美がわかんねぇよ……」
そういえば佐木詠美は唯一、秀頼をコントロール出来る女なんだっけか……。
(相変わらず良い女だな、詠美は。いつ、付き合うんだよお前?)
付き合う予定ねぇから!
碧、詠美……。
本当に面倒な攻略ヒロインたちだよ……。