14、浅井千姫の変化
「ヨリ君、そんな厳つい顔して誕生日七夕なんだってね!似合わな過ぎぃ!きゃははははは!」
「何が面白いんだよ!?」
「七夕生まれがイキっても怖くないしぃ!可愛いねぇ、七夕生まれ」
「7月7日生まれで弄られるのは始めてだ……」
みんな準備があるらしく、部室と言う名の牢屋に閉じ込められて、通称・可愛い狂の浅井千姫という監守さんと時間を潰すことになる。
そんで弄られる。
ちょうど今ココである。
「ヨリ君は弄りがいがある。わかるなぁ、みんながヨリ君を虐めたくなるのわかるなぁ」
「なんでわかっちゃうんだよ!?」
「ドSって顔してドMなギャップに母性本能くすぐられるんじゃない?」
「嫌な母性本能だ……」
見た目がドSなのはよーくわかっている。
最近よく絡むサディストバカがすぐ近くにいるわけだし。
「はぁ……。ったく、何が母性本能だよ……。お前の親とかどんな人なんだよ」
「あたしの親はね………………あれ?」
「ん?どうした?」
「あ……。いや、なんでもない」
「はははっ」と手をパーの形にして、誤魔化すように笑ってみせる。
なんか親と上手くいってないのかと思ったが、そういう事情は踏み込まない方が良さそうな地雷を感じて一歩引くことにして、何か言いたいことを飲み込む。
「あれ?なんであたし、学生寮なんか入ってるんだ?」
「いや、それは知らんよ」
「いつから学生寮に住んでんだろ?」
「入学した時だろ。同い年なんだから寮暮らしはまだ3ヶ月かそこらだよ」
「3ヶ月か、そうか。それしか時間経過してないのか……」
「どうした?可愛いギャグか?」
「あたしがなんでもかんでも可愛いと言う奴だと思ったら大間違いだぞ?」
「え?そうなん?」
キモいやつにも『可愛い』とか言っちゃう系女子だとばかり……。
「あれ?なんであたし、ギフトアカデミーなんか通ってんだろ?」
「お前が『可愛くなっちゃえー!』みたいなギフト持ってるからだろ」
「確かに。ギフト持ちは強制入学だったね」
なんか態度が違う?
歯切れが悪い?
普段の千姫とは何か様子がおかしい。
といっても、『悲しみの連鎖を断ち切り』においては浅井千姫なんていう登場人物は影も形もないモブだ。
それこそ、名前すら上がらないし、語られることもない人物。
谷川咲夜、山本大悟、熊本セナ。
俺の友人である彼らと同じポジションだ。
ヒロインである宮村永遠や三島遥香みたいにガッツリ語られているような子の過去なら大体頭に入っているが、浅井千姫の過去なんか知るわけがない。
むしろ、過去がわかっている人物の方が少ないくらいだ。
浅井千姫は、原作ではタケルにも秀頼にも一切関わらないモブ。
それ以上でも、以下でもないのだ。
「ギフト持ちって何でわかるんだっけ?」
「適性検査だよ。そんなん中学生でみんなやったろ?授業でも適性検査の話題、よく勉強することになるしな」
「適性検査?」
「お前本気で大丈夫か?顔が真っ青だぞ?」
ハンカチを渡そうとしても反応がない。
仕方なく、俺が汗を拭ってやるも、目がどこか虚ろだ。
「千姫?」
「あ、ありがとヨリ君……。あ、暑いねー部室」
「確かに暑いけど」
キュルキュルと回っている扇風機の1番風に当たるポジションに座っている千姫はあんまり暑くないと思う。
千姫が座っているせいで、一切扇風機の風が来ない俺の席よりは……。
「ヨリ君ってギフトアカデミー来る前って何してた!?」
「は?普通に中学校通ってたよ。青空中学ね。絵美とかタケルと同じ中学」
「中学?」
「そういや、千姫ってどこ中なんだ?」
三島とは違うっぽいし。
美月と美鈴の中学は、そもそもかなり遠いところっぽいし。
興味なかったとはいえ、千姫のこと何も知らなかった。
「え?中学?…………あれ?」
「ん?どうした?」
「よ、よ、ヨリ君!…………そ、そろそろ部室出た方良いよ!ほら、時間なったよ時間!」
「いや、時間なったけどさ……。千姫、お前大丈夫か?なんか、いつもの明るいお前が消えちまったみたいだぞ?」
「だいじょーぶ!だいじょーぶ!あはは、もしかしてヨリ君、あたしに興味津々?可愛いあたしの魅力に気付いちゃった?」
「それはない」
「ムカつくな、ウザガキが」
いつもの豹変言葉を聞きながら、「ほら、早く!」と部室の出口を指す。
「みんながヨリ君の誕生日を祝ってる。こんなところであたしに構ってる時間ないでしょ?」
「そうだけど……。千姫、本当に大丈夫なんだな?」
「だいじょーぶ!だいじょーぶ!むかっ……、昔の悪い記憶思い出してちょっとセンチメンタルになっただけだからさ!ほらほら、エミリーたちがサクサククッキーの家で待ってるんでしょ!ほら、起立!」
「わかった!わかったよ、追い出したいのね。わかったって!」
ついに俺の身体を持ち上げようとする千姫が、自分の内面に踏み込まれたくないのを察し、立ち上がる。
そうすると前に押されて出口まで持っていかれた。
「じゃっ、楽しんでねヨリ君」
「た、楽しむよ……」
モヤモヤした物が心に残りながら、牢屋である部室から追い出された。
監守さん直々に、廊下という名のシャバへ解放された。
でも、俺はシャバにいる方が気持ち悪く感じる。
妙に、牢屋が気になる。
「じゃっ、また明日ねヨリ君!楽しんで来てね」
「あ、あぁ。また明日……」
ピシャリと牢屋への扉が閉じられる。
なんなんだよ千姫の態度は……。
後ろ髪を引かれる思いをしながら、俺は学校を後にした。
「…………」
なんか気持ち悪いな……。
上の空のまま電車に揺られていた時だった。
(クハハハッ!思春期か?あんなちんちくりん女に興味があるなんて知らなかったぜ?)と、煽るような自分の声がする。
そんなんじゃねーよ。
自分の言葉を否定すると、俺のスマホがラインの通知を告げる。
『準備完了』とタケルから短い文章が送られて、スタンプを返す。
(あの千姫って女……)
(どうした?いきなり?)
(お前、用心しておいた方が良いぜ。俺様の勘がそう告げている)
頼りになりそうな、ならなそうな……。
ただ、俺に巣食うサディストがそれだけ俺に忠告をした。
浅井千姫。
あいつは、一体なんなんだ?