8、豊臣光秀死後の世界
徳川信長。
前世の秀頼が通っていた高校の剣道部部長をしていた男。
彼が秀頼の前世、豊臣光秀の肩をぶっ壊した理由は明白だった。
──彼が邪魔だったからだ。
徳川自身が強いか弱いかというと、弱くはなかった。
むしろ他の部員や、顧問の先生、他校で試合をした者らだったならば、『強い方ではあった』と口を揃えるだろう。
ただ、印象に残らない。
なぜなら、彼の後輩である豊臣光秀は彼以上に強かったのだから。
1位は誰の目や記憶にも残るが、2位はどうしても印象が薄い。
それだけ、豊臣光秀という存在感は圧倒的だった。
先輩の自分を差し置いて、入部した直後から団体戦のメンバー入り。
平気で対戦相手の中堅から大将まで3人抜くとか、彼には珍しくもなんでもない実力だった。
強豪校相手に5人抜きをすることも、彼なら出来るとみんなが頷いた。
最小の動きで相手を敗北させる、いわば天才だった。
それでいて、彼は勝敗には拘らない人だった。
『勝利に意味なんてない。そもそも武道は人と人がわかり合うための1つの手段でしかない』そう言って、自分の成績すら興味がなかった。
彼にとっては、ただ竹刀を振り下ろす仕草が生き甲斐だったのだから。
闘争心をギラギラさせず、誰にでも敬意を示し、分け隔てなく人と接する様は学校中の野郎共から人気者だった。
陰キャにも、陽キャにもなれたそんな男だった。
初対面時で、連絡先を交換していたなんて話も、彼にとっては珍しくもない。
だが、徳川という男は豊臣光秀という男に良い印象を抱かなかった。
部活の備品の掃除や武道館の清掃なんか、全部後輩に任せたら良いのに率先して片付けの準備をしていて、部長の自分より彼は人気者だった。
女子剣道部が困っていると、真っ先に手助けに行ったりした。
他校の生徒が困っているのに気付くと、彼から駆け寄り力になった。
自分が困っていると助けになろうとするのも、豊臣光秀だった。
彼のやることの全てが癪に触った。
落ち度があるとすれば、人の気持ちに気付かなくて、鈍感だった。
もう少し、人の悪意に敏感でさえいれば防げたかもしれない。
だから、気付いたら徳川は彼の肩を壊していた。
泣き崩れる豊臣光秀を見て、『ざまあみろ』と嘲笑った。
それからは、順調だった。
部活での最強は自分、やり方が気にくわない奴は追い出した。
『豊臣みたいにやっちまうぞ』と脅すと、みんな顔を青くして退部していった。
彼が消えてから、引退する1年間はストレスの原因が消えて本当に楽しい生活だった。
それどころか、あの馬鹿男は勝手にくたばって死んだらしい。
運が無さすぎて大爆笑を送ってやった。
そんなこんなで、徳川は高校を卒業し、大学へ進学する。
そこでも剣道の部活に入る。
人数は多い方ではあったが、部活のレベルが低すぎて、後輩である徳川がいつの間にか偉いポジションになっていた。
強さが、偉さに直結した。
そんな時だった。
──吉田という女のせいで、狂った。
あの馬鹿女が、『豊臣光秀の肩を壊した元凶が徳川信長』と暴露した。
彼女自身も剣道を辞めて、正義を貫いたとメディアは報じる。
(俺は被害者だ……!ふざけんなよ、なんで今更豊臣!てめぇは死んでもまだ立ち塞がるってのか……!?)
この暴露はちょっとしたニュースになり、徳川は部活に入れなくなった。
そして、大学にすら通う居場所がなくなる。
犯罪者だと、今まで自分が馬鹿にしていた陰キャから陰口を叩かれる。
それからは、落ちて落ちて落ちて……。
『この男、人の肩ぶっ壊してのうのうと部活をしていたらしいぜ』
『なぁ、徳川ちゃぁん?借りたもん返さねえ男の末路も同じだぜ。ならこいつも肩両方ぶっ壊してやろうぜ』
「や、やめろっ!」
『それなら惨たらしい遺体にしてやって、いつも通りコンクリに沈めんぞ』
『いやぁ、田中さんは厳しいっすね。じゃあな、徳川ちゃん。逃げたてめぇの親から借金返してもらうからな。あの世で待ってろよ』
黒服の男数人に殴り殺された。
殴られる度に、自分は被害者だという思いが強くなった。
とよとみぃ……。
地獄でお前に会ったら……、次はコロシテやるからなっ……。
死んでも、死んでからも……。
お前は邪魔な人間だった……。
そんな前世の記憶を、織田家康は自分のギフトにより思い出したのだった。
自分は被害者だと思いの後悔を再び思い出した。
自分が加害者だった意識など、微塵も抱かぬまま……。
掘り下げれば掘り下げるほどクズだった部長。
過去編すれば株が上がる?
そんなわけないです。
和解の道は…………要らない。
吉田とは吉田美奈子。
光秀と来栖さんの親友だった子。
3章を参照。
彼女は来栖さんの死後、自分が剣道界を追放されるのを承知で部長らを告発した。
豊臣君と来栖さんに捧げるレクイエム。
それからの吉田の行方は不明。
少なくともクズゲス世界には転生してないです。
秀頼にとっちゃ知ったこっちゃない話でした。
次回、決闘開始?