7、佐木詠美
「いやぁ、まさかひぃ君とさ高校で同じ学校になるなんて全然想像付かなかったよ」
「ははっ。そうだね。詠美とこうやって話すの本当に久し振りだ」
屋上。
曇り空の下。
俺は床に座っていて、その隣に詠美がいた。
佐木詠美。
俺と昔、公園でよく遊んでいた子である。
苦しかった虐待の中、彼女の存在が眩しかった。
明智秀頼の人生の中で、詠美が初恋になるんだと思う。
「というか、私がギフトアカデミーに居るって知ってた?」
「うん。ずっと知ってた」
「本当に?なにで知ったのさ?」
なんなら、記憶を思い出した瞬間から原作知識で……とは言えない。
「三島遥香と出会って……、それからちろっと教室覗いたら……」
「私がいたわけだ!」
「沢村ヤマ似の女子生徒がいた」
「誰それ?……あ、もしかして村沢さん?知り合いなの?」
「いや、会話すらしたことないが……」
「出す必要あった?その話?」
誰だ村沢って?
もしかして、沢村ヤマの実の娘とかだったのかな?
村沢って名字が気になる。
そもそも詠美が名前を出した村沢さんが、俺の言う沢村ヤマ似なあの子じゃない可能性もあるわけだしね。
「とりあえずその沢村ヤマ似の女子生徒見付けて、美月もいるねー!って教室覗いてたらそのついでに『あ……、詠美』って」
「ついで!?私、ついで!?」
「絵美とめっちゃそっくりに育って……。うぅ、可愛い……」
「めっちゃ感激したんだね」
淡々と詠美は突っ込み役に転じていたのであった……。
「てか待って……。ハルカ、ミツキ、エミって私の友人らとガッツリ繋がってんじゃん!前々から気付いてたけど、どうなってんだよ、ひぃ君の人間関係!?」
「し、知らなかったなぁ!」
本当は三島も美月も詠美の知人なのは前から知っていたが、そこははぐらかせてもらった。
初恋の人に、変な勘繰りはされたくなかったし。
「前々から君の噂、いっぱい流れてるよ。相当目立っているみたいだね」
「そ、そんなことなくない!?俺はあんまり詠美の噂とか聞かないし」
「それ、全然イコールになってないからね!?」
「ど、どんな噂ですか?イケメンとか、結婚したいとか、彼女になりたいとかそんな噂ですか?」
「あるわけないじゃん!」
「デスヨネー」
知ってた……。
「例えば、スタヴァで楽しそうによく店員に話しかけていて、行列の原因になるとか」
「う……」
「それのせいでスタヴァのレジが複数に増えたとか」
「う……」
「女に変わってクラスの男子の中で人気者になっていたとか」
「う……」
「それのせいで、男子生徒の半分が性癖が狂ったとか」
「う……」
全然、ロクな噂がない……。
そんなことまで詠美の耳に届いているのが恥ずかし過ぎる……。
客観的に見ると変に目立ち過ぎである。
「さっきから『う……』ばっかりで、ひぃ君がうー君になったみたい」
「う……」
「それはわざとでしょ」
易々と詠美に突っ込まれる。
なんかペースが完全に詠美に持っていかれてしまったようだ。
「でも、昔に比べて良い顔になったねひぃ君」
「そ、そう?」
「そうだよ。それこそひぃ君がヒデヨリになったって感じ?」
「ずっと秀頼だけど?」
少なくとも詠美の前では。
「違うよ!そういうんじゃなくて、別人みたいになったねって話だよ。うん、昔より爽やかで全然良いよ」
「そうかな……」
「エミに変えられたかな?」
「ま、まぁ絵美の影響もあるかな……。ガキの頃から毎日強引に俺を引っ張ってさ」
段々、自宅で俺の居場所が絵美に取られる始末である。
「じゃあ、しっかりエミやハルカたちに応えないとね。決闘、頑張って」
「詠美……。お前、知ってたのか?」
「昔の相棒からひぃ君に喝を入れにね。まぁ、テキトーにがんばんなさい」
「本当にテキトーだな!」
背中をバシバシと叩かれる。
有無を言わせず、明智秀頼という悪魔を唯一振り回せる女は、やっぱり強い。
「これからちょいちょい私とも絡もう」
「詠美……」
「何々?ずっと連絡先聞きたいけど我慢してたぁ?」
「……」
「めっちゃ顔赤いじゃん!可愛いなぁ、ひぃ君は!」
渋々詠美のラインのIDを交換した。
昔の縁だから連絡先を交換をしたのであって、渋々である。
本当に、本当に渋々である。
「ところでさ、ひぃ君」
「ん?」
ラインに、エイミの3文字が追加されたことに満足していると、さらっと詠美に問いかけられる。
「ひぃ君ってエミが好きなの?」
「…………ちが、違うよ?」
「顔に火が付きそうなくらいに赤いんだよ?モロバレだよ!?」
詠美に心配される始末であった……。
やりにくい、本当にやりにくい……。
知人の前で、詠美と関わることがないようにと祈りながら2人で屋上を後にしたのであった。
「ちょ、ちょっと待ってくれ明智!」
「ん?あ、お前……川本武蔵」
自分が宮本武蔵の生まれ変わりを自称する川本武蔵がすれ違った俺に声を掛けてきた。
朝に、徳川に付き従っていた剣道部のクラスメートである。
「先輩と決闘する話を聞いた」
「…………あぁ、そうだよ」
「何言ってんだって思われるかもしれないけど……。明智……お前に勝って欲しい」
「何言ってんだ?」
「すまない」
「いや、ただのシャレだけど……。てか、真面目に返すなよ」
真顔で謝罪されると、こっちがやるせない気分になる。
「あの先輩の場合、明智と違ってちょっと洒落にならねーって言うか……」
「本当に俺の扱いシャレになってる?」
「常になんか怒ってる人でさ、あの人のやり方についていけねぇって退部する人も多くて」
「…………」
死んでも性格は変わらなかったみたいね。
嫌な人だね、あの人。
「明智に対して多分……いや、絶対に卑怯なことをしてくるはずだ……。剣道とか言って拳を振るうとか、蹴ってくるとか、金的攻撃とか……。あの人は平気でそういうことをする人だ。……だから忠告だけさせて欲しい……。表立った応援は出来ないけど……。頼む、明智に負けて欲しくない……」
「そうか、ありがとうな。川本武蔵」
俺も殴る蹴るはあるだろうと踏んでいたが、金的攻撃までする可能性あるのか……。
そんな忠告までされると、平気で目潰しとかしそうで、決闘したくなくなってくるな。
「頑張ってくれよ、明智。あと、俺から明智に渡したいものがあるんだ」
「どうした?何かくれるのか?」
詠美、川本武蔵と喋り疲れたから、個人的にはジュースとかの飲み物が欲しい。
「あぁ。ギフトアカデミーの宮本武蔵の異名は俺から明智にくれてやるぜ!この栄誉は、金メダルより価値があるんだぜ!」
「要らね。お前が持ってろよ」
明智光秀か豊臣秀頼ならともかく、宮本武蔵はマジで俺の名前に関係ないからな。
「そ、そんな!?先輩に付き従うだけだった弱虫な俺に宮本武蔵を名乗り、生き恥を晒せというのか!?」
「そもそもお前は川本武蔵であり、宮本武蔵ではない」
やたら宮本武蔵を神格化している川本武蔵からの忠告を胸に、俺は教室へ戻るのであった……。