28、『悲しみの連鎖』トゥリス
「はい、今日の朝食だよ」
食堂の田中リーダーが食事を支給しにきている声がする。
ちょうど今が朝なのかと思うと、得をした気分になる。
寝ていた3日ぶんの食事も易々と平らげたあたしだが、流石にもうお腹いっぱいだ。
この朝食は、後でとっておいてから食べようかなと考える。
田中リーダーが、あたしが滞在する鉄格子の下からチョコパンとヨーグルトが乗った朝食を滑らせる。
「あら、あんた起きたんかい。死んだかと思ってたわ」
「…………」
あたしの顔を見てグサッと来る一言が発せられた。
その態度からあたしをバカにしていて、嫌いなことがよくわかる。
「あ、あの……田中リーダー……」
「なんだい!?こっちは忙しいんよ!?変な話なら朝食抜きにするんね!?」
「紋章、消えちゃいました……」
「…………マジやん」
中年女性の視線がマジマジとこちらに来る。
田中リーダーは口を金魚みたいにパクパクしていて声にならない驚きがあるらしい。
「……あれ?あたし、なんかやっちゃいました?」
彼女はあたしの消えた紋章を確認すると大慌てで鍵を探し出す。
牢の鍵を開ける時も手がプルプルと震えている。
もしかしたらこの場所を出してもらえるのかと期待が高まる。
何がそんなに驚きなんだろ?と考えながらチョコパンとヨーグルトを置いて行かないように持ち上げる。
「あ、このパンおいしいやつだ!」
数種類のチョコチップパンの中でも当たりのやつだ!と目を輝かせる。
チョコチップを贅沢に使っているのが美味しい秘訣なんだよなーと袋を見てテンションが上がる。
「行きますよ、1605番……」
「は、はい……?」
いつもなら『行くよ』と雑い言葉を投げ掛ける田中リーダーが、今回に限り丁寧に見える。
パンとヨーグルトを大事に抱えながら、地上へ向かうリーダーに付いて行く。
そのままどこへ行くんだろうか?と考えていると博士の研究室に案内される。
「これからホワイト博士を呼んでくるので待っていてください」と中で待機命令が下される。
大人しく立ちながら博士が来るのを待っていると5分ほどして待ち人がやって来た。
「待たせたね」、それだけ言うと彼は自分の席に付く。
あたしは緊張のあまり、喉の奥からたくさん唾液が出てきてしまいゴクリと鳴らす。
「本当に紋章が消えたみたいだな。凄い……。久々の『アーティフィシャルギフト』だ」
「あ、アー……?」
「アーティフィシャル。人工的、という意味だよ。純粋なギフト所持者よりも遥かにレアな逸品だ。凄いギフトが覚醒しやすいなんていう研究データを明智秀頼が残しているんだ!」
「ギフトを管理する神からのお墨付きという謎の記述があるが、最近の研究ではあながち間違いでもないことが証明されている!」と鼻息を荒くした博士が語り出す。
「『シャドウG』、『白い部屋』と長い期間を経てようやく3人目の『アーティフィシャルギフト』だ……。これより君は1605番の名前を改名し、トゥリスと名乗るが良い」
「トゥリス……」
なんかよくわかんねーけど、1605番よりは格好良いと思った。
「トゥリス……」と再び口にする。
馴染みのない名前が自分のモノだと思うと、違和感が凄い。
本当に自分の名前?、と疑ってしまう。
「これから隣の施設で修業になるし、待遇も変わる。本当におめでとう」
「あ、ありがとうございます!」
何が凄いのかわからないけど、拍手をしている博士に向かって頭を下げた。
自分は特別なのかもしれない、なんて少し自惚れた。
施設移動に伴い部屋のものを移動しろと指示される。
そんなこと言われても、特別な物なんかなく支給されている筆記道具や、朝のチョコチップパンくらいしか持っていくものがない。
朝食に渡されたヨーグルトだけ腹に入れて部屋を出た。
「よっ、まさかお前が『アーティフィシャルギフト』になるなんてな」
「ば、番人!?」
「番人って……」
ベッドルームでいつもケガを治すギフトを使う番人があたしの部屋の前で待ち伏せして、後ずさってしまう。
「俺もお前も同じだよ。顔に紋章入れてギフトに目覚めた数少ないお仲間だよ」
「ば、番人……」
「てかなんで俺番人呼びなの?俺はディオだよディオ」
「名前不明でいつもベッドルームにいるから仲間内でみんな番人って呼んでましたよ」
「変なアダナを付けるな」
「別にあたしが番人って呼び始めたわけじゃねーし……」
どうやらホワイト博士の指示で番人があたしを隣の施設へ案内してくれるらしい。
建物の新しさとか見ても断然あちらの施設の方が新しい外装をしていてワクワクする。
「これからは主に博士直々に修業を付けることになるからな。覚悟しておけよ」
「うっす」
「ギフト覚醒組ともまた別になる。トゥリスオリジナルカリキュラムになるはずだ」
「あたし、オリジナル……」
今までにない待遇に心が熱くなる。
お父さんとお母さんにも褒められるかな?
「ようこそ、『白い部屋』の真実へ」
そういって番人は、施設の扉を開ける。
新しい名前・トゥリスとしての生活がはじまる。