25、『悲しみの連鎖』舐める女
あたしは1608番と一緒に教官室を出る。
時間を見ると既に夕飯の時間。
少しでも遅れると夕飯が貰えない事態になるので、2人で慌てて食堂に向かう。
お盆を持ちながら、あたしのパーソナルデータが記録されたカードを取り出し、バーコードをスキャンする。
モニターに本日のあたしの戦果が表示され、読み上げられる。
「1605番、本日の肉弾戦0勝5敗か。君の食事はコレである」
「…………」
食堂を仕切る50代の女性の田中リーダーは本日の肉弾戦の結果を見ながらあたしにアップルゼリーの1つを差し出す。
今日はランダムに決められる対戦相手が全部強い奴ばかりなこともあり、そのあんまりな夕飯の量に息を飲む。
いつもは1、2勝は出来るからかなりの運が悪い1日であった。
「こ、これだけ……?」
「これは結果を出さないことによる自業自得だろ。何も結果を残さず、金も出さない。むしろゼリー1つでも恵んでやっている我々に感謝する気持ちもないのか?えぇ!?」
「い、いえ……」
食堂で食事をしている何人かの視線。
後ろに並ぶ1608番の眼鏡越しの視線。
田中リーダーの怒りの視線。
複数の視線に耐えきれず「……申し訳ありません」と謝ると彼女は強く背中を押してあたしを追い出す。
「出来損ないの穀潰しが。文句ばかり付けやがるよ」
「…………」
のそのそとゼリーだけが乗せられた大きなお盆を持ちながら適当な席に付く。
前に食事をした子供が比較的に散らかしていなさそうなキレイなテーブルに陣取る。
アップルゼリーと子供向けのようなキャラクターがプリントされたゼリーがあたしの目の前にある。
明日の朝までこれしか食事が出来ないんだと思うと、嫌な気持ちと惨めな気持ちが強くなる。
必ずこんな生活抜け出してやるんだ。
もう少しでお父さんもお母さんも迎えに来てくれる。
だから、あと少しだけこの環境に耐えるんだと自分に言い聞かせる。
「お、お待たせ1605番……」
そこへあたしと一緒に教官室へ行った1608番が本日の夕飯を乗せたお盆を持ってくる。
彼女の肉弾戦の成績は1勝。
豆のサラダと小さい器に入ったご飯が乗せられている。
「いつも1605番にもらってばかりだから今日は私から少しあげるから一緒に食べよう」
「あ、ありがとう……」
眼鏡の奥の顔がニコッと笑う1608番にお礼を言うと「一緒にこの地獄から抜け出そうね!」と彼女が天使みたいなことを言い出す。
「うん!」と頷いた時だった。
あたしの首元に痛みが走り、そのまま椅子から転げ落ちる。
「っ……!?」と首を擦りながらあたしが座っていた椅子の近くに男の姿が2つあった。
おそらく、あたしはこいつにラリアットをされたのだ。
「お?オレ様のデザートあんじゃん。ありがとなー」
「は……?」
今日あたしを気絶させた2つ上の1581番はあたしのアップルゼリーを奪いながら「ラッキー」と呟いた。
「今日オレ様に負けたお前はオレ様には逆らえねーんだよ。オレ様のモンはオレ様の物だし、お前のモンはオレ様の物。負け組に拒否権はねーよ」
「……っ」
「弱っちいくせにオレ様と同じ色をしている目が気に食わなかったんだよタコ」
バカにするような言い方をする1581番と、取り巻きをしている腰巾着の1593番があたしを見下す。
「けらけらけら」
わざとらしく笑いながら1581番はあたしのお盆に何かを置いていく。
「オレ様だって鬼じゃねぇ。ゼリーの変わりに違う食い物置いてくからよ味わって食えや。ゼリーよりよっぽど栄養あるからよ」
そしてあたしの手を踏みながら1581番らは食堂の出口へ向かっていく。
「カレーの余りじゃないっすかー」と腰巾着の声が聞こえていた。
「だ、大丈夫……?」
「あ、あぁ……」
1581番らが去り、怯えていた1608番があたしを介抱する。
怒りにプルプルと拳を振るわせる。
田中リーダーも騒ぎには気付いていたものの助ける気は毛頭ない。
この施設ではよくあることなのだから。
「…………」
あたしのお盆にはニンジンばかりがごろっと入った器が置かれている。
我慢するんだ。
ゼリーよりは腹持ちが良い筈だと自分に言い聞かせる。
カレーのニンジンだけ、豆のサラダ、少量のご飯を2人で別けあって食事をする。
隣に座る彼女が「うわぁ、カレーだぁ!」とニンジンを転がしながらご飯にカレールーを付けている。
あたしは豆を食べながら食堂に置かれたテレビに目を向ける。
『本日、●●県●●市にて人の遺体が発見されました。
遺体はツルハシのような鋭利な物で胸や腹など数ヶ所を刺されていたようです。
発見された際は死後3日間が経過された模様です。
遺留品やDNAなどから被害者の女性は十文字理沙さん38歳と断定。
殺人事件の可能性として調査しています。
また、近隣住民からの証言により
『ギフトくたばれ』や『お前らは人間じゃねぇ』などの罵倒するような声が響いていたという噂もありギフト狩りの仕業とみて調査中です。
十文字さんは、第5ギフトアカデミーに通っていた経歴もあり、ギフト所持者である可能性が高いと発表されています。
次のニュースです。
ラノベ作家でありながら芥川賞を受賞した津軽海峡エン先生のサイン会が行われました。
ペンネームの由来を尋ねられて、微笑みながら「姉への嫌がらせです」と語り会場を笑いに誘いました。
人生の教訓を聞かれ『女は舐められたら終わりだ。舐める女になれ!』と語り、女性ファンを感動させる一面も。
この発言がネットで様々な話題を呼び、たくさんの画像やコラ画像が作成されたりしています。
『今年の流行語大賞まで取れるのでは!?』と色々な意味で注目が期待されます』
育ち盛りながら、ニュース2つぶん程度の時間で完食をした。
知らない人が死んだところで、あたしには関係ない。
あたしはこんな施設で殺されてたまるかと、スプーンを握る手が強くなる。
それに、次のニュース。
『女は舐められたら終わりだ。舐める女になれ!』か……。
良い言葉だ。
舐められっぱなしなあたしにとって憧れる話だ。
「ギフト狩りが彷徨っている世界なのに、ギフトなんか覚醒したって意味あんのかよ……。ただ、僕らは殺されるだけなんじゃ……」
片付けようと1608番と返却口に向かっているとテレビを見ていた1610番の男子が豆のサラダを食べる手が震え、怯えていた時だった。
「オイ、1610番」
「ひっ……!?ば、バッツ教官!?」
いつの間に現れたバッツ教官に1610番は怯え、まわりの子供たちもざわざわしだす。
あたしもあのスキンヘッドを見る度に足がすくみ、ぶるぶる震えお盆を落としそうになる。
「お前、ギフト狩りのスパイだな」
「ち、違います……!」
「黙れ、スパイの言葉に耳を傾けるものか!」
バッツ教官が拳を振るうと、1610番の頬が思いっきり右に飛ぶ。
「お前の正体はギフト狩りか?それともギフトの発展に務める者か!」と尋問されながら叩かれている。
「…………」
「いこっ……」
「う、うん……」
1608番に引かれ、ひっくり返してしまいそうになりながらお盆を置く。
それからはバッツ教官を視界に入れないまま、走って自室への狙いを定め足を早く動かす。
「あたしはギフト所持者だ。……この施設から抜け出してやる……。抜け出してやるんだ……っ」
涙目になりながら1608番と同じ自室に入っていく。
息が上がっていて、さっき食べたものを吐き出しそうになる気持ち悪さが全身を駆け巡った。
それから数日後。
あたしのギフト適性検査は──陰性だった。
無慈悲な検査結果がプリントに記されていた。
誰か人違いなんだと名前を確認しても1605番。
あたしは陰性だった。
ギフトに覚醒する可能性はゼロ。
才能のない無能なカカシ落ちが決まった……。
簡易的な登場人物紹介。
田中リーダー
子供嫌いの50代女性。
食堂のリーダーを務めていて、施設の子供たち全員の食事メニューを決めたり、食事を作ったりしている。
つまるところ、子供たち全員の胃袋を掴んでいる。
成績によってメニューを豪勢にする案を考案し、子供たちの競争するモチベーションにした功績者。
学生時代、ファミレスでバイトをしていたので皿洗いが得意なのだ!
ギフトも扱える貴重な存在でもあるよ。
1593
ジャイアンみたいな1581の腰巾着をしている世渡り上手。
スネ夫から金持ちを引いた奴。
力はないが頭は良く、肉弾戦ではテコの原理を有効活用して自分より重い奴を投げるファイターである。
1610
ギフト所持者になり勝ち組になりたい気持ちと、ギフトを持つとギフト狩りに殺されるジレンマを抱えている気弱な性格の男子。
十文字理沙
殺害されてしまった未婚の女性。
なんらかのギフトを所持していたものと推察される。
警察の調査によれば高校を卒業してすぐに両親が殺害されていたとのこと。
また、10年以上前から連絡が付かない兄がいるらしく仲が悪く絶縁していたのか、それとも両親と共に死んだものと思われる。
その為、彼女の遺族への連絡が付かない。
津軽海峡エン
ラノベ作家でありながら芥川賞を受賞し話題の人になっている。
大人から大人まで楽しめるダークヒーローが主人公のラノベを執筆する。
噂ではモデルは大罪人・明智秀頼をにしているのでは?と噂がある。
また、明智秀頼とは小学校と中学校の出身校が同じとの根拠があるが、面識があるとの発言は彼女からは一切ない。
学年も違うので根も葉もない話である。
姉との仲は良好ながら、尊敬はしてないらしく舐めているらしい。
プライベートでは毒舌らしい。
次回、1605の運命は……?