16、明智頼子の記憶力
美鈴と一緒にノートを教室に置き、再び職員室周辺を歩いていた。
というのも、昨日のとある事件を回想しなければならない。
それはトイレに行きたくて男子トイレに入ろうとしたらタケルと山本に出禁にされた。
そんな差別を受け女子トイレに入ろうとしたら理沙と咲夜に必死に止められた。
そう、明智頼子は男子扱いも女子扱いもされない中途半端な存在。
みんな表面上は仲良くしてくれていても、やはりギャルゲーのヘイトを溜めるクズでゲスな親友役には変わりない。
頼子になんかトイレにすら入れたくないと問題が勃発し、担任が間に入った結果『男子用の職員トイレ』を使うようにと指示が入る。
村八分とはこういう気持ちなのかと泣きながら男子の職員トイレに向かう。
美鈴と職員室から教室に戻り、また職員室近くのトイレに向かうという行ったり来たりを繰り返す。
美鈴と会話するのも楽しいし、可愛い女の子と会話が出来るだけでも嬉しいので特に面倒くささとかは感じていなかった。
「いつまでこんな生活が続くのかねぇ……」
ささっと用を済ませ、手を洗い、ハンカチで手を拭いてからトイレを出る。
それと同時に、近くの職員室から人が出てくる音がした。
「あー……。マジうぜぇ……。公務員様が偉そうに朝からアタシに説教してくれちゃってよ。いっそあの村みたいに壊して、殺してやろうか……。うぜぇ、うぜぇ」
黄色い髪と青い髪が混ざり、ツインテールにして長い髪を伸ばした派手派手な少女である。
ちろっと八重歯が覗いていて、2次元少女!って感じがする。
「あ?何じろじろ見てんだよ?」
「な、なんでもありません……」
「ってあれ!?頼子!頼子じゃない!」
「え?岬さん……だっけ?」
昨日、頼子になってから出会った岬…………なんとかさん。
ダメだ、最近はアイリーンなんとかさんと同じで人の名前が覚えられなくなってきている……(アイリーンなんとかさんと出会ったのは3年前であり、最近というかは微妙だが)。
これが、30代の記憶力である。
「おっはよう、頼子。てか、岬じゃなくて麻衣で良いわよ」
思い出した!
彼女の本名は岬麻衣である。
危ない、危ない……。
完全に岬麻衣の本名を忘れそうになっていた。
「なんだったらもっと親しく麻衣様と呼んでも良いわよ」
「わかった、麻衣様!」
「…………え?呼ぶの?」
「マぁぁイ様!マぁぁイ様!」
「悪い気はしないわね」
麻衣様と盛り上げるようにコールのテンポで呼んでいたら、麻衣様は機嫌が良さそうであった。
職員室から出た時は、かなり不機嫌に見えたので、見間違いで助かった……。
それもこれも私が麻衣様の本名を覚えていたからこそ話が盛り上がっている。
美鈴、昨日の絵美、麻衣様と最近『様付け』がブームなのだろうか?
様付けといえば、原作キャラクターのアリア様とか早く会ってみたいものだ。
「相変わらずクソ雑魚みたいな顔してるわね」
「あはは……」
「うん!流石アタシの奴隷であり、謙虚な頼子が素敵ね」
その評価は果たして褒められているのか微妙なところだ。
「ねぇ、頼子」
「どうかしましたか、麻衣様?」
「なんで学校って行かなくちゃいけないのかな?」
そんな小学生みたいな質問に答えなくてはいけないことに戸惑う。
なんで、と言われても私も知らない。
…………そうだ!
あれだ!
私は記憶に浮かんだあの人の言葉を麻衣様に説く。
「それはもちろん、人と人との絆を結んで深めるためですわ!学校とは新しい出会いの場。そこで成長をしていくのですよ!」
『どうして学校なんかに行かなくてはいけないんだ?』、そう言ってケー君がイングリッシュ先生に学校の目的を問うシーンが円から借りた乙女ゲームの冒頭にあった。
そんな時、天使の中の天使ティチャーであるイングリッシュ先生が即答で答えたのが先ほどの私が言い放ったセリフである。
まさかこんなに早くイングリッシュ先生からの言葉を使う日がくるとは思わなかった。
さぁ、麻衣様!
あなたもイングリッシュ先生を崇拝しなさい!
「え?何それ?キモッ」
「え?」
麻衣様が私をゴミを見る目で見ていた。
まさか意地っ張り興味なし人間のケー君の心を溶かした名言は麻衣様には響かなかったらしい……。
「頼子……。あんたはだからクソ雑魚なのよ……」
「え?え?」
「新しい出会いぃぃ?馬鹿じゃないのぉ?なんで雑魚野郎と出会わなくちゃいけないわけぇ?ねぇ?」
「…………」
ようやく気付いた。
麻衣様、面倒くせぇ!
前世の父さんの絡み酒を思いだし、逃げ出したい気分になってきた。
アイリーンなんとかさんの名前を出す度、変な顔になる。
名前だけ出るあの人、みたいな扱い。
本名は多分アイリーン・ファン・レーストだったと思います。
カンニングしてないので間違っている可能性はありますが気にしないでください。