25、月【親友】
今朝の出来事をタケルに話すと「そうか……」とタケルが呟く。
彼の目が虚空を彷徨う。
空に近い屋上ではあるが、月は見えない。
「三島が学校にいないのか……。こないだ会ったばかりなのにな……」
「わたくしは悔しい……。遥香が悪人みたいに報道されるマスコミも、クラス連中も!」
「俺も美月と同じ気持ちだ」
「タケル……」
心強いタケルの言葉が染み渡る。
温かく大きいタケルの手のひらがわたくしの手に重なる。
「絶対、俺は美月から離れない。悲しませないから」
「タケル……。んっ……」
気付けばタケルから抱きしめられ、優しいキスをされる。
タケルに触れていると安心感が止まらない。
遥香のことを理解しているタケルの言葉が嬉しくて、胸に気持ちが昂る。
本当にタケルと会えて良かった……。
タケルがいなかったらわたくしは潰れていたかもしれない。
幼い頃、美鈴とわたくしに優しくしてくれたお父様と同じ、心を許せる相手になっていた。
タケルの存在が日々膨らんでいくことも自覚している。
これが依存という気持ちか……?
そのまま、わたくしは彼に落ちていく……。
「タケル、……もっとキスをして」
「はじめて、美月から俺を求めてくれたね」
「ずっと、お前を求めている」
「好き」
「ん……」
タケルの温もりに安心し、目が細くなる。
「泣くなよ……」
「うん……」
涙を拭われ、額と額をくっ付けるタケル。
格好良い姿が視界いっぱいに広がり、赤くなる。
遥香……。
わたくしとタケル、詠美。
たったの3人だけだが、わたくし達は君の味方だ。
遥香の味方が、わたくしの支えになっていた。
それからもタケルと2人で『呪いを解く』ギフト所持者探しを続けた。
休日には遥香の面会を望むも、門前払いをされた。
そんなことを連日繰り返す。
彼と2人ならなんでも出来る。
不思議な気持ちが自然と沸いてきた。
「まさか美月が十文字さんと付き合うなんてねー。クラスの男子はガッカリですね!」
「友達の少ないわたくしに彼氏が出来たところで誰もガッカリしないよ……」
「この真面目ちゃん、モテる自覚がないねぇ……」
「永遠の方が男子受けが良いだろうに」
「私なんか、どうせ勉強が恋人ですよ」
ミャクドナルドにて、わたくしは永遠からからかいの言葉を投げられていた。
学校では良い子ちゃんを演じる永遠だが、普通に女子な面を持っていることはわたくしや親しい人にしか伝わらないだろう。
シェイクを口に含み、飲み込むと永遠がまた口を開く。
「実は私もちょっと十文字さん気になってたんだけどなー。まさか、美月に取られるなんて」
「そ、そうだったのか?最初はタケルを『不快なんですよ』とわたくしに愚痴ってたじゃないか」
わたくしは最初からムキになった永遠に気付いていたが、あえて驚いてみせた。
目の前の永遠の本音を聞き出してやろうという思惑があった。
「……まぁ、意地だよね。私がいくら勉強したところでお父さんもお母さんも帰ってこないし……。だから十文字さんに勉強を否定されて、イラっときちゃって……。あの時には私、十文字さんに惹かれてたのかもね」
「ご、ごめん……。もしかしたら永遠がタケルと付き合うこともあったかもしれんが」
「謝らないで……。ショックがないわけじゃないけど美月が十文字さんを幸せにするんだよ!ファイト!」
永遠が儚く笑った。
いつから親友は、こんな薄幸な笑いを浮かべる子になったのか……。
両親を失くした背景から、ガラッと永遠の纏う空気も変わったことを痛感する。
永遠にも、幸せにしてくれる男が現れるように祈るのであった。
「私も今の美月見てると彼氏が欲しくなるよねー」
「え?そうなのか?」
「幸せそうににやらぁとして、『タケルがぁー』って愚痴っておいて何言ってるのかな?」
「す、すまん……」
目のハイライトがない永遠が、わたくしをグイグイ責める顔と声で攻撃してくる。
「どんな人とお前は付き合いたいんだ?」
「私だけを特別な呼び方してくる人とかかな」
「は?どういうことだ?」
「宮村とか永遠とかありきたりじゃなくて、私だけを特別なあだ名とかで呼んでくれるのって萌えない?」
「知らん……」
さっきまで常にハイライトが消えていた永遠が、急にキラキラした目になって饒舌になっていた。
「永遠は、要するにタケルみたいに干渉してくれる人が好きなんじゃないか?」
「そ、そうかな?」
「永遠は1人だと暴走するからな。干渉して暴走を止めてくれる強い人がお似合いだと思うぞ」
「美月からそんな風に見られているんだ。メモしなきゃ」
「取り出すのがスマホなのか……」
メモと言ったらペンとメモ帳を扱うわたくしがアナログな人間に思えてきて、ポチポチとスマホに入力する永遠が遠い人に見えてきた。
「あー、良いなぁ。私も『誰にもこの男だけは渡しません!』っていう恋がしたいなぁ」
「ははっ、永遠は素敵だしそんな相手すぐに見付かるさ」
「だと良いけどなぁ」
スマホを机に裏返して置いて、口を尖らせた。
「今のクラスにそういう男子いないのか?」
「絶対ないね」
「そ、そうか」
永遠が冷めた声を出して、シェイクのストローを口に入れている。
わたくしも永遠と同じくコップに入った緑茶を口に含んだ。
そのまま、永遠とコイバナやタケルへの愚痴や惚気を語りミャクドナルドでの時間は過ぎていく。
気の合う友人の会話に休まりながら、日々のストレスが発散されていく。
美鈴から冷たくされる日々。
目当てのギフトが見付からない焦り。
遥香への風評被害。
この3つが特に毎日消えないストレスで胸に渦巻いている。
一生消えないストレスなんじゃないかという不安は、タケルと永遠と話をしている間だけは消えているくらいに大事な存在になっている。
「じゃあ、またね!」とサヨナラの挨拶をされて、永遠と別れの時間がきた。
彼女は1人で暮らす家主の消えた実家へ、わたくしは買い物をするスーパーへと足を運ぶ。
明日はどんな弁当を作ってタケルを喜ばせるかをスーパーで悩みながら買い物を済ませ、雲があってあまりキレイじゃない月が微妙な輝きを放つ夜道を歩く。
美鈴のいないマンションへと帰ってきて、孤独に食事、お風呂を済ませベッドに入る。
いつもならシャワーを浴びている時間くらいには帰ってくる美鈴にしては珍しく夜も遅いようだった。
「…………」
最近、悪いことが重なり、妄想が走る。
『ギフト享受の呪縛』を解いたところで、美鈴と和解出来ないんじゃないか、と。
顔を合わせない、会話もない、ヒステリーを起こしなじられる。
こんな扱いをする美鈴が、紋章の呪いが消えてもまたわたくしを昔みたいに笑ってくれるのか……。
悪い未来ばかりを考えてしまう。
「…………」
違う。
わたくしはお父様みたいに妹を切り捨てない。
月と鈴の双子の絆は消えない。
わたくしが美鈴を見捨てるのなんかあり得ない!
美鈴がわたくしが嫌いなのはわかっている。
だから、わたくしをいくら傷付けようと受け入れる。
それが妹のストレスの捌け口など、姉であるわたくしがすべて受け止めてみせる。
美鈴がわたくしを殺したとしても、受け入れる覚悟がある。
それくらいのこと受け入れることこそが、存在するだけで疎まれるわたくしの役目だ。
もし、わたくしが美鈴に対して許せないと思うことなんかほとんどないであろう。
──それこそ、美鈴がわたくしの大事なタケルや永遠や詠美、遥香なんかを傷付ける愚行さえ起こさなければ……。
「…………来たか」
美鈴が鍵を開けて、玄関を歩く音が聞こえる。
ようやく妹がマンションに帰った物音がする。
その物音に安心しながら、わたくしのまぶたが閉じていくのであった……。
「泥棒猫お姉様ったら呑気に寝ちゃって。……明日には美鈴の前から消えてちょうだいね。ふふっ……」
軽蔑と嫉妬の目を向ける女は、妖しく光るビンを片手に持ち、嗤っていた……。
原作永遠が『ファイト!』って背中押して、タケルの幸せを願うシーンが好きですね。
第5章 鳥籠の少女
第83部分39、十文字理沙はゲーセンに偏見を持つ
理沙ルートのみならず、美月ルートではプレイヤーが知る予知のないところ(タケル目線じゃないので、ゲームにこの描写がない)で、永遠は美月にも同じ言葉を掛けてました。
クズゲス永遠ちゃんは、まず絶対『ファイト!』って背中は押しません(笑)。
むしろ絵美や円に『ファイト!』って背中を押されたい側ですから……。
前も同じことを語りましたが、もう1度表記します。
因みに秀頼君が永遠ちゃんを『エイエンちゃん』呼びにした時、かなり嬉しがっていてクリーンヒットしています。
第5章 鳥籠の少女
第72部分28、果たされないイベント
その2ページ後に、永遠ちゃんが特別な呼び方が好きなことを自分からカミングアウトするシーンもあります。
いやぁ、永遠ちゃんキテますよ!
第74部分30、明智秀頼は他人の振りをする
永遠が干渉してくれる人が好きかどうかの美月の推理はこのページを読むと理解できます。
第7章 プロローグ
第147部分7、細川星子はトドメを刺す
第8章 病弱の代償
第173部分14、深森美月
にて、秀頼が美月と永遠で人間関係が構築されていることに驚いていましたが、主人公であるタケルの目の前では2人の絡みがないからプレイヤーに伝わらないんだなと実感……。
あの時は深い理由もなくノリでそんな設定にしましたが、実際美月シナリオを文字起こししたら、タケルと永遠の目の前で美月を絡める理由も特になかったのでありがたいです。
次回、月編終幕……。