14、上松ゆりかのバッティング
さて、とりあえずゆりかをどのスピードで打たせやすいか歩きまわる。
ゆりかも嬉しそうにしながら俺に着いて来る。
本当に犬みたいな奴である。
「ん?」
そこで俺はなんとなく見覚えがありそうな人が視界に入る。
「いけっ!流亜!こう、引き付けてガンって飛ばしてやるんだっ!」
「無理ぃ……。私、ボール打つなんて無理ぃ」
「あっ、ほら来てるよボール」
「あぅ!…………やっぱり無理だよ達裄」
「ほらほら、次来てるよルアルア」
「ルアルアじゃないもん!流亜だもん!…………あぅ」
「すげ……。20球連続空振り。おめでとう」
「めでたくないぃぃぃぃ!」
達裄さんが変な応援をしている姿が目に入る。
何やってんのあの人……?
もしかしてあの身長の低い子が達裄さんの彼女だろう。
流亜なんて子、あの人の妹リストになかったしね。
マスターが見掛けた2つ結いで絵美っぽい雰囲気な感じがなんとなくわかる。
「ん?師匠、どうかしましたか?」
「いや、別に」
見なかったことにする。
達裄さんらが最低速度の65キロゾーンにいたので、俺は少し離れた80キロゾーンにやってきた。
「多分ゆりかの『アイスブレード』が80キロぐらいのスピードだと思うのよ。だから80キロでどう?」
「うむ、わかった」
本当はゆりかも最初なんで70キロ前後ぐらいで練習させようとしたが、達裄さんらがいたのでゆりかにはちょっと無理を強いてるかもしれない。
しかし、彼女は運動神経も高いので大丈夫と判断する。
一応動きやすい服装という注文には応じていて助かる。
「最初くらいは俺がお金出すよ」
「ししょー!ありがとう!」
「わかったから……。大げさなんだよ君は……」
いちいち『ししょー!』と叫ばれるのがこそばゆい。
ゆりかから荷物を預かり、彼女をバッターに立たせる。
お金を入れてボールが排出される。
「うおおおおお!」
ゆりかが叫びながらバットを動かし、ゴッ!と鈍い音がする。
「やったぞ!初球から当てたぞ……」
「…………」
「あっ、2球目も当たった!」
「おーい!振れよ!確かに当たってるけどなんでバントの練習してんだよ!?バットを振って当てるのが醍醐味だぞ!」
「え?」
ゆりかが3球目もバントでボールに当てる。
しかも結構上手に当てる。
ブラックトライアングルじゃないんだからさ……。
ゆりかが周りを見ると振っているバッターを見て納得したのか構え出す。
そうそう、そういう感じで良いのよ。
「はっ!」
ゆりかがバットを振ると、芯からズレた位置に当たりファールになる。
しかし、やはり目がギフトで慣れているからか初回からバットに当てるのは才能あるな。
「はっ!」
「あー、惜しい」
「おりゃ!」
「もうちょっと引き付けて」
「いけっ!」
「次は早い」
何回も連続でファールにボールがいく。
だからブラックトライアングルじゃないんだからさ……。
「腕だけじゃなく、身体全体を使って打つんだ。ボールもよく見てから重心を移動させるんだ」
「よし、わかった」
そしてまた1球ボールが飛んできたのを打ち返すゆりか。
ボールは前にいき、ヒットゾーンに落ちる。
「やった!やったぞ!ししょー!」
「もう、次来てるぞ」
「なんとなくだがタイミングがわかってきた」
変化球のないストレートの連続だからか次々にヒットさせていく。
外野ゾーンまで落ちたりと、バッターの才能を開花させつつある。
ブラックトライアングルかよ。
結局1人で、ブラックトライアングルの3人ぶんの仕事をやり遂げた。
満足そうな顔をしたゆりかが全球打ち終えて戻ってきた。
「なるほど、襲いかかってきた奴をバットで殴り倒す修行だったわけだな」
「そんな物騒な修行じゃないよ!?」
「なんか、我、強くなれた気がする」
「強くならないでくれないかな……」
俺が余計なことを教えてしまったみたいに聞こえる。
「強いに越したことはないんですよ。こないだなんか酷い輩がいたんですよ」
「酷い輩?」
「はい。我の話を聞いてください。怖い体験をしました」
そう言ってゆりかが話を始めた。
─────
「む?学校の裏掲示板で我の悪口を発見」
『上松さんってポンコツの塊だよねw騙したらやらせてくれそうwww』
といったゲス男の書き込みをゆりかが見付けたらしい。
「さて、特定しよう」
裏掲示板、そのゲス男のTwitter、ゆりかの張り込み捜査。
努力の甲斐があり3日で特定したらしい。
「お前ネットで我のことバカにしたな?」
「あぁ!?んだそりゃ!?」
「証拠もある」
バッと男のログやツイート、悪口投下の瞬間を撮影したらしい。
「死ねぇ!」
「ゲスめ……」
それで逆ギレして殴ろうとしてきた男子を返り討ちにして、満足したらしい。
─────
「ああいう怖い輩がいるから我は強くならないといけないなと思ったでござる」
「いや、ゲス男よりお前の方が怖いわ」
「まぁ、我の悪口書き込みを見付けたのはたまたまですよ。怖いことじゃありません」
「そっちに対して怖いって言ったわけじゃねーよ」
特定したり、証拠を撮影しているのが怖いんだよ。
「師匠ならもっと華麗に解決するんだろうなー……」
俺の場合、悪口書かれたくらいでは動じないから解決しないんだよ……。
そう言いたいのをぐっと堪えるのであった。
「さぁ、次は師匠の番ですぞ!格好良い師匠が見たいです!120キロぐらいならいけますか?」
「ま、まぁいけるけど……」
ゆりかに引っ張られそうになった時であった。
「見たかよ、さっきの男!?160キロのボールをスパンスパン景気よく狙ってホームラン打ってた男ヤバくないか?」
「なんだお前知らないのか?あの人、メジャーにスカウトされたけど『妹がいるから』と言って断ったという噂のスラッガーだぞ」
「えぇ!?絶対嘘だろ!?」
「さぁ?噂だからな」
俺とゆりかの目の前を男2人が通りすぎた。
「凄いなししょー!我の倍のスピードのボールを狙ってホームランを打つその人に会いにいかないか!?」
「絶対行かない」
プライベートくらいそっとしておいてあげて……。
このまま1時間くらいゆりかとバッティングセンターで修行という名のストレス発散をして楽しむのであった。
「楽しかったです師匠!またバッティングセンター行きたいです!」
「じゃあ、また今度行くか!」
ゆりかは身体が動かすのが好きだから絶対に楽しめると確信していたのでここまで喜ぶと俺も嬉しくなる。
他の子とは中々行けないからな。
「本当に男なんか野蛮な奴らしかいないと思ってたのに、師匠みたいなキラキラした男もいるのですね」
「ゆりか?」
「ししょー!ししょーどこまでも我はついていきます!」
「わ、わかったから抱き付くなって!?お互い汗まみれだならな!?」
「あははははは!ししょーの汗は気にしません!」
「気にして!?」
ゆりかに抱き付かれながらも、汗まみれではあるが悪い気はしないななんて考えてしまうのであった。
本当にこの元気さは俺が尊敬してしまうなと、原作に捕らわれている俺だからこそゆりかが輝いて見えたのであった。
次回、咲夜VS円勃発!