番外編、エスプレッソ
どうして突然秀頼君が来たのか理解出来なかった。
僕は彼にどう接すれば良いのだろうか?
娘と同い年の子供相手に本気でなんと話掛けたら正解なのかわからない。
「えっと……、こんちわっす……」
「こ、こんにちは」
いつかの先輩の旦那みたいな挨拶を口にして秀頼君から会釈され、僕も流れに従い頭を下げる。
気まずい空気が張りつめる中、秀頼君がカウンター席に座った。
え?本気で何の用?
「俺……、僕は明智秀頼といいます。おばさんの紹介からこの店を紹介されました」
「う、うん。よろしくね。姉貴から秀頼君のことは聞いてるよ」
「よろしくお願いいたします」
「あと、無理に僕とか言わなくて良いよ」
「わかりました」
姉貴からの紹介?
なんで突然姉貴が秀頼君に僕の店なんか教えたんだろう……?
そこが気になり過ぎて口を挟まずにはいられなかった。
「姉貴の紹介って、どういうこと?」
「おばさんに美味しいコーヒー飲みたいってせがんだらこの店を紹介されました」
「は、はぁ……」
「他の喫茶店ならお金掛かるけど、弟の店なら飲み放題にするから遠慮なく行けって」
「はぁ?聞いてねーんだけど……」
なんだ、その図々しい理論は……?
こっちも商売してんだよ。
「弟がグダクダ文句言い始めたら『金髪ライダー喧嘩番長』がパスワードになるって……」
「わかった、無料にしよう」
あのクソ姉野郎……。
いつか殴りに行く。
「『金髪ライダー喧嘩番長』ってなんですか?」
「その単語をもう1回口にしたら店追い出すぞ」
「なんだこいつ……」
秀頼君から怪しむ目で見られる。
本当にやりにくい……。
この子、多分朝伊先輩と同じで僕を舐めてるんだと思う。
変なとこだけ似るなよ全く……。
目付き以外の全体的なパーツは先輩に似てるなこの子。
いつかの朝伊先輩と同じこと言っていて複雑だ……。
それに、今は店を閉めていたし金取るのもなんか違うよな。
「コーヒーのリクエストはなんかある?」
「エスプレッソでお願いします」
「はいはい」
ちゃちゃっとコーヒー作って店から追い出そう……。
ずっと見てるとクズ旦那の2人と同じくらいムカムカしてきそうだ。
特に会話することなく、コーヒーを淹れて秀頼君に提供する。
「ありがとうございます」
コーヒーを目の前に置くと顔を綻ばせてながら頭を下げた。
ミルクや砂糖を入れて味の調整を慣れた手付きで行っている。
小学生はコーヒーが苦手って子は多いのに中々見所がある子だ。
「うん。とても美味しいです」
「そう?」
「はい。俺、マスターのコーヒー好きですよ」
「…………」
普段は店長とか谷川とか呼ばれるからマスターと呼ばれてこそばゆい。
それこそ僕をマスターなんて呼ぶのは咲夜と、ふざけた朝伊先輩だけである。
「なんでマスターって呼んだの?」
「名前知らないからマスターって呼びました。マスターが嫌ならブラザーって呼びます」
「なんでブラザーなんだよ。意味わかって使ってる?」
「兄弟って意味ですよね。語呂がマスターっぽいので」
「生意気に英語なんか使っちゃって。好きに呼んでよもう……」
「じゃあ、ブラジャー」
「マスターで良いよ!」
マスターからブラザー、ブラジャーに退化するならマスターでいいや……。
なんなんだよ、マジでこの子供……。
姉貴は駄々とか捏ねないから育てやすいって言ってたけど僕は苦手なタイプであった。
「マスターのコーヒー美味しいのに客がいないんだね。もったいない」
「そもそも今日は店閉めてるからね」
「日曜日は週末なんだから稼ぎ時よ」
「んなことわかってるよ」
「穴場って感じで俺そういう感じ好き」
「はぁ……」
変な奴に店に来られたなぁ……。
どうせコーヒーが飲みたいなんて背伸びしたい子供でしょ。
秀頼君の会話を受け流していた。
咲夜も、これくらい初対面の人に話せる人だと良いのにね。
「美味しいコーヒーをありがとうございました!」
「ん……」
「姉貴にも伝えておきます」
「なんで秀頼君まで姉貴って呼んでんだよ!」
「マスターの影響っす。また来ます」
「はいはい」
どうせ次なんかないでしょ。
まぁ、子供ながらお世辞が上手い奴だ。
こんな邪険にしてたら次なんてないでしょ。
「こんにちはマスター」
「…………」
1週間したらまた来やがった……。
ちょうど咲夜が散歩に出て行ってすぐの出来事だった。
「おばさんに『マスターの店良かったです』って言ったら何回でも自由に行けって言われて来ました」
「本当にまた来たのか……」
「文句があるなら『美女と女泣かせの野獣』がパスワードになるって……」
「わかった、無料にしよう」
「『美女と女泣かせの野獣』ってなんですか?」
「その単語をもう1回口にしたら店追い出すぞ」
「なんだこいつ……」
また前回と同じ流れになった。
「もうずっと無料で文句ないから来る度にトラウマ抉るのやめてくれない?」
「わかったっす。…………あ、聞きたいことがあったんすよ!」
「ど、どうしたの?」
「『くノ一の爆乳事件』ってなんですか?」
「わかったからもうやめろっての!」
姉貴から変な過去を知られまくっている……。
なんでそんなしょうもないこと何個も何個も覚えてんだよ……。
弟は姉には勝てない宿命なのは結婚してからも変わらないらしい……。
「メニューは?」
「いつもの」
「常連客気取ってるつもりなんだろうけど君まだ来て2回目でしょ……」
「でもメニューはわかるでしょ」
「はいはい、エスプレッソね」
子供連れの親子として子供が店に来ることはあるが、低学年の小学生が1人でコーヒー飲みに来た人は秀頼君がはじめてだから凄くやりにくい……。
しかも、咲夜みたいにコーヒーが好きでゴクゴク飲める子なのも珍しい。
考え事をしながらコーヒーを渡すと、今日も美味しそうにコーヒーを飲む秀頼君。
これがジュースなら年相応に見えるんだけど……。
でも、朝伊先輩と面影あるよなこの子……。
喧嘩番長と知ってて、遠慮なく距離を詰めて話せるんだからコミュ力高いよな……。
木葉も朝伊先輩と絡んでから明るくなった。
もしかしたら、咲夜と秀頼君を会わせたらあの子も少しはコミュ障を治せるかな……?
木葉みたいに明るく話せる子になるだろうか……?
咲夜の友達になってくれるかな……?
「マスター」
「なに?」
「あんた……、生きるの辛いって顔に書いてるぜ」
「なんだよ、それ……?」
「俺と同じ顔してるってこと。だからまぁアドバイス乗るぜ」
「……」
ヤキが回ったかな……。
彼はただの小学生なのに、恩人である先輩の子供に相談をするのも良いかなぁとか変なことを考える。
「僕以上に生きるのが辛いって顔している子がいてさ……。その子に前を向いてもらい、元気になってもらいたい……。僕は、……どうしたら良いんだろうか?」
「じゃあ、マスターが元気になれよ」
「僕が……、元気に?」
「元気じゃねぇ奴が人を元気になんか出来るわけねーだろ!……だから、まぁ……マスターが元気になれねぇって言うならコーヒーのお代として俺がなんかしてやろうか?」
この子と関わったら咲夜も友達が増えるだろうか……?
なんというか、本当に不思議な魅力のある子だ。
父親みたいに憎たらしい顔をしているクセに、母親みたいに口を開くと自分のフィールドだと言わんばかりに水を得た魚状態になる。
本当に明智秀吉の息子とか、ギフト持ちとか、彼に対する複雑な感情が消えてくるから不思議だ……。
「ねー、マスター!最近出た沢村ヤマの写真集貸してよー」
「はいはい、後から貸すから汚すなよ」
「サンキュー!」
「…………あと、咲夜に見られない様にね」
「硬派な親父演じちゃって……。変態親父め……」
もはや、見慣れた光景になった秀頼君が喫茶店に通う姿。
咲夜に変な絡まれ方をした第一印象が悪い出会いだったのに、娘の人生をちょちょいのちょいで明るくさせるんだから脱帽だよ。
友達だって増えていくんだから何者だってんだよ。
あの日、どうして引っ込み思案の咲夜が秀頼君に喧嘩を売るように絡んだのかを聞いたら『クズでゲスで性根が腐ってるオーラを秀頼から感じたから追い出してやろうとした』とか『こいつがいたら店が荒らされるという本能が働いた』とか変な敵対心が心の底から沸き上がって初対面時ではこの世で1番嫌いだと印象を持ったらしいが、そんな酷い位置から知り合いの中で1番懐かれるまでに好感度を上げるのだから本当に何者なんだこの子は……?
「なぁ、マスター?面白い話ない?」
「君のキャラクター以上に面白い話なんかないけどね……」
「んだよそれ。喧嘩売ってんのか?」
「褒めてんだよ」
「マスターが俺を褒めるなんてねぇ……」
彼がマスターと呼んで以降、僕は色んな人からマスターと呼ばれる様になるし色々変わったなー。
最初はちっこい赤ん坊だった子供が生意気に僕の身長と大差ないくらいにでかくなりやがって複雑だ。
「なぁ、秀頼君?僕を恨んだことあるかい?」
「なんでだよ」
「結局、僕じゃ旦那の虐待を止められなくてさ……」
「は?叔父さんが悪いだけでマスターが悪いとか思ったことねーよ。だからキモイこと言わなくていいよ」
さらっとこういうこと言えるんだから強いよね、この子……。
口には絶対出して言わないけど……、転生してくれてありがとう。
君に、僕と咲夜は人生を変えられたよ。
朝伊先輩が産んだ子供の中身は違うけど、立派に血は継いでいます。
この子は、あなたの立派な息子です。
「はい、どうぞ」
「ありがとう!」
今日も僕は、彼にいつものコーヒー。
親子で愛したエスプレッソを提供するのであった。
番外編終了です!
ありがとうございました!
第4章で秀頼と咲夜が出会ったのが、3回目に店を訪れた時です。
咲夜が直前に外出していたのは、語られている通り公園やお墓をまわり亡くなった母親の影を追い求めていました。
秀頼と出会ったことで、こういった行動も少なくなり、現在は本当にたまにくらいしかしていません。
咲夜は秀頼と出会い前を向ける様に成長しました。