番外編、カフェモカ
「おかーさん!こーえん行こう!ウチ、こーえんいきたい!」
「うん。わかった行こうか咲夜」
咲夜はお母さんっ子に育った。
一人称までウチって言い始めるし、顔付きも木葉そっくりだ。
木葉が買ったコーヒーカップのヘアゴムが大好きで家にたくさん同じのをストックしていて、今日も懲りずにそのヘアゴムを付けている。
「マスター!マスターもいくぞ!」
「いや、僕は店があるから行けないよ。お母さんと2人で行ってきな」
「ウチはきさまと行きたい!」
「マスター……、貴様……」
咲夜はテレビっ子で、凄くテレビに影響を受けやすい性格をしていた。
朝伊先輩がふざけてマスターと呼んだっきりの呼び方だったが、咲夜が突然僕をマスターと呼んだので驚いた。
木葉の話によるとドラマでバーのマスター役の俳優に僕が少し似ていたからそう呼び始めたという。
僕をマスターなんて呼んでくるのはこの世界で咲夜1人だけである。
後、見た目は木葉似でも、口の悪さは僕似だった……。
「ほら、咲夜!お父さんに迷惑掛けないの。行きましょ」
「うん!じゃーねーマスター!」
手を繋ぎながら咲夜お気に入りの公園へ歩いていった。
娘の口の悪さを心配しながら2人を見送った。
1年や2年そこらで咲夜も小学生になるのか……。
早いなぁ……。
感傷に浸りながらコップを洗っているとケータイの呼び出し音が鳴る。
ナンバーを見ると姉貴からの着信だ。
また縋るような姉の声を聞くのかとげんなりしながら電話に出るといつもとは様子が違った。
内容は『旦那の態度が急変して働くようになったり、暴力を振るわなくなったり、秀頼君にゲームとかオモチャを買ってあげるようになった』と、そんな報告だった。
姉貴は嬉しそうに報告しているが、僕は違うことに驚いていた。
…………ギフト使ってるだろ。
ギフト所持者であった明智秀吉の直系の息子。
もう、ギフトなんか懲り懲りだった。
なんのギフトかはわからないが、十中八九ギフトの力だという確信があった。
それまでは可哀想で力になりたいと願っていた秀頼君への想いが、一気にひっくり返り恐怖と畏怖の対象へと変化してしまった。
朝伊先輩の息子として見ていた秀頼君が、悪魔の男である明智秀吉の息子へと認識が変わった。
もし、僕が直接秀頼君に出会う機会があったら、嫌いな男の息子としてではなく、親友の忘れ形見の存在と見ることが出来るのか自信がない。
それに、僕は秀頼君に恨まれても仕方ないほど約2年見て見ぬ振りをしてきた。
彼に恨まれてないだろうか……?
助けてくれなかった報復に僕や僕の家族に仕返しをされるんじゃないかと怯えた。
それでも姉貴は元気にはなったみたいなので、良い傾向になっていると信じたかった。
それからすぐ。
木葉はこの世から去った。
咲夜を無理して生んだ代償とばかりに弱っていた。
小学校の入学を嬉しそうに咲夜を祝ってすぐの急死だった。
お母さんっ子だった咲夜は『いつ起きるの?』と尋ねては、僕は首を横に振るしかなかった。
葬式が終わると、ようやく木葉の死を理解した咲夜。
しかし、母親を失った悲しみで咲夜は塞ぎこんでいた。
僕の前では無理して喋っているけれど、学校では友達も作らずにいつも1人でボーッとしているらしい。
娘がまさか小学生の段階でコミュ障になったと理解した時には頭が痛かった……。
もしかしたら、朝伊先輩が亡くなったショックがなければもっと長生き出来たかもしれない。
咲夜の成人は見届けられたかもしれない。
朝伊先輩の死が、僕の人生においては悉く悪い影響しか与えなかった……。
店で僕と木葉と朝伊先輩で息子、娘自慢をしていた日は遠い思い出だ。
あの暖かい日だまりはもう帰って来ない。
「マスター、ウチ公園行ってくる……」
「うん……」
木葉が亡くなって2年。
幼い咲夜はまだ母の死を受け入れない。
墓参りに行ったり、公園を回ったり母親の影を探して彼女は外を出歩く。
僕と楽しく会話したり、遊んだりはよくある。
しかし、突然木葉を思い出しては笑顔が曇る。
そんな咲夜が心配で、親バカにならざるを得なかった。
もしかしたら、彼女もまた木葉の様に突然僕の前から消えてしまうのではないか?
思い込みや妄想とわかっているのに否定が出来なかった……。
年を重ねるにつれ、咲夜は木葉の姿に似ている気がする。
コーヒーカップのヘアゴムがないと、木葉の子供時代のアルバムを見ているみたいに咲夜と瓜二つであった。
それがまた、思い込みと妄想を加速させる。
咲夜を見届け、ガラガラになった喫茶店が視界に入る。
定休日の水曜日以外も店を閉める日が多くなった。
やつれた僕の変化がお客さんにも伝わったのか、常連客も離れていった。
僕の心を映したかのような店の有り様だった。
今日は稼ぎ時の日曜日なのに出入口にclosedの立て札が立っている始末だ。
もう、店畳んでがむしゃらに働きまくる会社に勤めて辛いことを仕事で忘れる生活に変えようかなと思う。
学校の時間や散歩に行っている間以外、ずっと咲夜と顔を合わせる生活は出来なくなるが、咲夜の顔を見るから木葉と重ねるのかもしれない。
今の生活を1から10まで変えてやろうかと考えていた。
そんな時だった。
咲夜が散歩に行って閉ざされた扉が開く。
来客を告げる音だった。
closedの字がわからないのかよと心で悪態を付きながら嫌々と視線を向けてはっとした。
朝伊先輩譲りの茶髪。
明智秀吉譲りの悪い目付き。
咲夜と同じ身長くらいの子供がズカズカと店内に入ってきた。
あぁ……。
名前を聞くまでもない。
姉貴からたまに送られてきた子供の写真と同じ姿をしている。
明智秀頼君だ。
次回で番外編完結になります!