9、上松ゆりかは不服
それから15分ほどで上松はタケルのマンションへやって来た。
1人の同行者を連れて。
「師匠の命により、1人の迷える子羊も連れて参りました」
「よ、よぉ……タケル」
同行者は赤茶色のポニーテールを揺らし、赤い目をしているヨルであった。
だ、大丈夫か……?
タケルはヨルのことを苦手として見ているはずだが……。
おそるおそるタケルに振り返る表情を見る。
「よっ!上松にヨルか。まぁ、上がれよ」
「……?」
タケルが特に敵対心も見せないまま家に上げる。
ど、どうなってんだ一体?
「へへーんだ。お前とタケル以上にあたしとタケルは繋がっているんだー。舐めんなよゴミクズ」
ヨルが俺に小声で囁く。
うーん、わかってはいるけどヨルの態度が俺にだけ異常に悪いのは内心ムカムカしてくる。
「師匠!修行とはなんですか!?体力作りですか!?精神力を鍛えますか!?我慢強さを鍛えますか!?」
「全部を鍛える修行だ」
「ししょー!あなたはやっぱり神様ぁ!」
「わ、わかったから離れろ上松!」
抱き付いてこようとする上松を制止させる。
咲夜よりもスピードもパワーもあるから止めるの大変なんだよ。
「ゆりか、秀頼君に近すぎです!」
「絵美も我みたいにすると良い!それとも出来ないんじゃなくて師匠に嫌われてるんでない?」
「なんですって!?できますよわたしは!ひでよりくーん」
「やめろよ!変な意地の張り合いやめれ!」
絵美も俺に抱き付こうとしてくる。
2人同時に抱き付いてくるので、手で制止していると右手に絵美の胸が、左手に上松の胸が当たってしまう。
「ぅ……!」
「はっ……!」
「ご、ご、ごめん……」
頭をペコペコ下げた。
こんなギャルゲーの主人公みたいなアクシデントが俺の身に降りかかることを予想してなくて謝りまくった……。
「おーい、早くお前ら玄関から出て来いよー」
既に玄関から消えていたタケルの声に導かれ、気まずい雰囲気のまま3人で居間の方へ足を運ぶ。
「ふっふふー、2人追加ね」
「だいぶ分散できるんじゃないか?」
「そうね兄さん」
「…………ちょっと待て」
タケルと理沙で悪い笑みを浮かべていると、その悪意に気付いたヨルがストップを掛ける。
「お前ら、あたしに何させる気だ?」
「生麺が山ほどあるのでみんなで食べていきます」
「お、おい。あたしもう昼済ませたんだぞ!?も、もう腹減ってなんか……。なぁ、ゆりか?お前だってさっき食べ終わったって言ってたよな!?」
「ヨルはウキウキで助けになると言っていた。それに師匠が修行と言うならやる」
「あぁ。限界を試す修行だ。ここに打ち勝つと今後は諦めない力が付くぞ」
「やらせていただく」
「騙されてるぅぅぅ!」
6人でわけたとしても1人で7玉くらいは食べないといけないし。
ヨルは涙目になりながら、上松は闘志を燃やしながらラーメンを口に運んでいた。
男の俺も半分の4玉くらい運んだくらいできつくなった。
少食な絵美と、既に腹が満たされていたヨルは2人前程度口にしただけですぐに脱落していた。
どうにかこうにかして、他の4人で死ぬ気で麺を口に運ぶ流れになっていった……。
「やりました!麺全部失くなりました!兄さんと明智君と上松さんのおかげです!」
「……」
「……」
「……」
限界を越した3人はあまりのキャパオーバーにパンクしていた。
「し、ししょー……、我はやりました……」
「よくやったぞ上松……、褒美をやろう……。欲しいものを口にしろ、ヨルのペンダントでもなんでも良い……」
「ありがたき幸せ……」
「あたしの宝物をゆりかにやろうとするなよ!」
「イテッ、冗談じゃん」
「明智ごときが良い度胸だな」
ヨルから背中を突っつかれる。
普段嫌われている復讐を口にしただけじゃないか……。
もう少しヨルと歩み寄りたい気持ちもあるんだが、どうしたら良いものか。
「それでは、師匠!我を……我を、上松ではなくゆりかと呼んで欲しいです!」
「は?そんなんで良いのか?ヨルのペンダントで無くて良いのか?」
「その選択肢は無いって言っただろうに!」
「我はずっとずっとずっとずっと不服だったのです!何故、我より付き合いが浅いヨルは名前呼びなのに我だけずっと名字呼びだったのか!我はこんなに尽くしてるのに……!」
やたら上松がヨルに嫉妬を込めたことを口にする。
単純に原作時代からヨルをヒルなんて呼んでなかっただけであり、上松は上松としか紹介されなかったら上松の印象しか無かっただけである。
しかし、それだけで良いなら俺も簡単に済む。
「わかった!わかった!ゆりか、よろしくな」
「ししょー!我は一生付いていきます!」
「一生は重い」
「酷ろりーん!」
「なんだよ、それ……」
恋人でもなんでもない奴から一生付いていきますはちょっと引く。
「秀頼君とわたしはセットなので、秀頼君と一生の付き合いになるとわたしとも一生の付き合いになります」
「なぜ、我が師匠と2人になりたいのに絵美が邪魔する!」
「ダメです!絶対離さないです!」
ぎゃあぎゃあと絵美とゆりかで張り合っている。
そんなゴミクズ相手に本気にならんで良いだろうに。
「ふふん、俺は秀頼とずっと親友だぜ」
「私も兄さんと明智君とずっと一緒です」
あぁ、単に絵美もゆりかも俺はおまけでメインはタケルと一生を遂げたいわけか。
なんというか、ロマンチックのカケラもない。
ん?俺のスマホがブルブルと鳴った。
『あたしはお前と一生なんか過ごすつもりはない』
『いつか正体を暴く』
素っ気ない二文がヨルのスマホからメッセージを飛ばしていた。
『なんでお前、俺のラインアカウント知ってんだよ?』
『タケルに教えてもらった』
ヨルの一文に目を疑う。
タケルに!?
タケルに俺のラインアカウント教えてもらった?
け、結構仲良くなってる?
やっぱり主人公とメインヒロインは惹かれ合うわけね。
「ヨルも秀頼と仲良くしてーって言ってたから頑張れよ」
「…………え?」
スマホの画面見て考えいたら、タケルがなんかあり得ないことを口にしていて、視線がタケルにいく。
「ちょ、タケル!?」
「照れんなよヨル!上松と一緒に俺の家に来たのは秀頼と仲良くしたかったからだろ!遠慮すんなよ!」
「ち、ちがっ……」
「ガンバ!ガンバ!」
「……」
ヨルの目が若干死んでる……。
え?
あの鈍感主人公、もしかしてヨルはタケルじゃなくて俺が好きだと勘違いしてる?
うわ……、可哀想に……。
あんな露骨にタケルに好き好きアピールしているヨルの好意に気付かないのはちょっと擁護できねーぞ……。
「…………」
無言でヨルが俺を睨んでいる。
やめろ、俺は知らんぞ……。
にしても、この主人公やっぱり無能だわ……。
タケルの空回りした勘違いに、俺は敵ながらヨルに同情せざるを得なかった……。