9話 お前かーーい!!
陽一が陽華と出会ったその日の夜。
病院のベッドの中で、陽一はなかなか寝付けずにいた。
「うーん……」
小さく唸り、浅く寝返りをうつ。
元来、枕やベッドが変わった程度で眠れなくなるわけではない陽一だが、その夜は特別寝付きが悪かった。
そこには大きく分けて2つの要因がある。
「すぅ……すぅ……」
1つは、隣のベッドで規則正しい寝息をたてて寝ている少女のこと。
言動はことごとく変な陽華ではあるが、その外見は紛うことなき美少女。
元彼女持ちとは言え、健全な一般男子高校生である陽一には少々刺激が強かったのかもしれない。
当の本人は昼間の興奮のしすぎで体力を使い果たし、ぐっすりと気持ちよさそうに眠っているが。
(女の子と同じ部屋とか……いや落ち着け、陽華は友達だ)
茜とは極めて清いお付き合いをしていた陽一は、異性と同じ空間で眠るなど初めてだ。
嬉しさよりも緊張の方が大きく、陽一の心拍数は平常よりも少しだけ高くなっていた。
しかし良くも悪くも今日でお互いのことをかなり知ることが出来たので、頑張って"友達"ということを意識すれば、そこまで気にせずに寝ることは出来る。
であれば、なぜ陽一は今日に限ってこれほどまでに寝付きが悪いのか?
そこで2つ目の要因がでてくる。
陽一が寝付けない2つ目の要因、それは
ガタガタガタガタッ……!!
キュッキュッ……キュルルル……
ギギギギ……ギギギギ……
(さっきからうるさいな……)
そう、この病院、異常にうるさいのだ。
車椅子か作業台のタイヤかは知らないが、何かの車輪が回るような音。
隙間風とも叫び声ともとれる謎の音。
何か重いものを引きずる様子を連想させる気味の悪い音。
様々な音があるが、全ての音に共通して言えるのは『確実に睡眠の妨げになる』ということだ。
(なんなんだよこの音……病院ってこんなにうるさいのか……?)
とはいえ、さすがに毎日こんなにうるさければどこかしらからクレームがくるだろう。
病院の事情など知らない陽一は、今日が特別忙しい日で普段はもっと静かなはず。と結論づけて無理矢理眠ることにした。
トントン……トントン……ドンッ!
カタカタカタカタカタカタカタ……
ズル……ズル……ズル……ドチャッ
(うぅ……うるせぇ……)
結局、陽一が眠りに付いたのは次の日の3時を回った頃だった。
翌日
朝起きた2人は朝食を食べ終えていた。
空は雲一つ無い快晴であり、窓から入ってくる風が清々しい朝。
しかし陽一の頭の中は、昨晩の騒音のことでいっぱいだった。
「なぁ、陽華」
「どうしたんだい?陽一」
鏡を見て、少し乱れた髪を梳かしながら返事をする陽華。
見るからに高そうな櫛が、絹のように柔らかでしなやかな陽華の髪に沈んでいく。
その様子はまるで、高名な画家が描いた一枚の絵画のようで息を呑む陽一だったが、今はそれよりも大事なことがある。
「昨日の夜のことなんだが……妙に病院が騒がしくなかったか……?」
顎に手を当て、昨晩のことを思い出す。
陽一を悩ませた騒音は、結局最後まで静まる気配を見せなかった。
その被害は既に直接的に出ており、陽一は今も若干眠そうである。
陽一からしてみれば充分に深刻な問題であり、今後も続くなら何か対策を考える必要がある。
眉間には、自然とシワが寄ってしまう。
しかしそんな陽一の顔を見た陽華は思わず、といった様子で吹き出してしまう。
「あははっ、何言ってるんだい?病院が騒がしいのなんていつものことじゃ…………………」
そして何故か急に尻すぼみになっていく。
遂に途中で言葉を止めた陽華は、そのまま無表情でしばらく固まっていた。
「ん?どうかしたか?」
疑問に思った陽一が尋ねてみるが、どこか上の空だ。
「…………いや、もしかすると急患でもあったのかもしれないね」
「あー、でもな?いろいろと変な音も」
ドンドンドンドンドンドンドンドンッ!!
陽一が昨晩の騒音についてさらに言及しようとしたその時、病室のドアが強く叩かれる。
その音には鬼気迫るものがあり、とても『ただお見舞いに来ただけ』とは言い難い雰囲気があった。
「な、なんだ!?」
突然の事態で体に緊張が走る陽一。
「………」
心ここにあらずという様子であった陽華も、さすがにこの緊急事態に頭を切り替え、いつでも動き出せる体勢でじっと扉を見据える。
武道の経験が伺える隙のない雰囲気だ。
そして、勢いよくドアが開かれる。
「陽一!!大丈夫!?」
飛び込んできたのは奏だった。
陽一は早くなった鼓動を落ち着かせるように胸に手を当てて息をつく。
「お前かよ……驚かせやがって……」
「なんだよそれぇ!とっても心配したんだからな!!」
奏の額には僅かに汗が浮かんでおり、ここまで必死に走ってきた様子が伺える。
「ていうかお前、学校は」
「陽一が事故にあったってのにそんなの行ってられないよ!!」
「お前なぁ……」
学校を"そんなの"呼ばわりする奏に思わずため息が出るが、自分のためにそこまで言ってくれる親友を見て、呆れながらも笑みをこぼす陽一。
実は嬉しいのが丸分かりである。
「おや、もしかして松川奏君かな」
「うぇっ!?なんで他の患者さんが!?看護師さんが陽一しか居ないって言ってたんだけど!?僕病室のドア思いっきり叩いちゃったんだけど!?」
「俺しか居なくても病室のドアは思いっきり叩くな」
(つーか入ってきたときにがっつり視界に映ってただろ……)
心配のしすぎで陽一以外眼中に無い奏であった。
「あれ?というかなんで僕の名前を?」
「ああ、陽一からいろいろ聞いていたんだ」
昨日は一日中お互いの事を話し合った陽一と陽華だったが、質問する側に立った割合は圧倒的に陽華の方が多かった。
故に陽一の学校生活の様子すら知っている陽華は、当然陽一の親友である奏の事も知っていた。
「そうなんですか!陽一の話し相手になってくれてありがとうございます!」
「俺の親かお前は!」
「気にしないでくれたまえ、むしろそこまで陽一のことを想ってくれる友人がいて私も安心した所さ」
「お前も!?」
なぜ二人とも保護者目線なのか。
陽一は、友達を家に連れてきた時に自分の親とばったり出くわしてしまって、親が友達と話そうとするのを必死に止める思春期少年のような気恥ずかしさを覚えていた。
「あぁ、自己紹介が遅れたね、私は陽一と同室の一式陽華だ。君たちと同じ高校2年生だよ……陽一とは早くも"親友"になれそうな予感がするよ」
陽華は相変わらずどこに出しても恥ずかしくないような、優雅で気品に溢れた動作で自己紹介をする。
しかし、"親友"という単語を聞いてそれまで笑顔だった奏の頬が引きつる。
「ご丁寧にどうも……僕は松川奏、陽一の"一番の"親友です」
なぜか"一番の"を強調する奏。
陽一と陽華の親しげな様子を見て謎の対抗心が芽生えたのだろうか。
しかし気にせず陽華は話し始める。
「私自身、退屈な入院生活になると思っていたのだけどね……こうして陽一という同じ趣味を共有できる同士と出会えたのは、不幸中の幸いだったよ」
「同じ趣味……?」
陽華の発言に引っかかるところがあった奏は訝しげな顔をする。
こんな少女と陽一に語り合える趣味があるのか?と
そこで陽一から説明が入る。
「あ、そうだ奏、陽華はな!俺らに負けないくらいアニメ好きなんだ!」
「へぇ………そうなんだ」
訝しげだった奏の目が一瞬だけ驚きの色を宿したあと、鋭いものへと変わる。
(これはマズいな……陽一の"一番の"オタク仲間という僕の立ち位置が……!!)
無駄に顔がいいのでアゴに手をあてながら考え事をする姿が様になっている奏だが、頭の中では結構しょうもないことを考えていた。
気にするところそこなのか。
「しかも、SGではキバちゃんが推しなんだと!」
陽一が「どうだ!すげーだろ!?」と言わんばかりの表情で奏にそう言う。
陽一としてはマイナーなアニメの中で、更に好きなキャラクターが被っていたというのは大事件なのだ。
「あぁ、SG……キバちゃんって確か陽一も推してた……キバちゃん……?…………………………っっ!!」
"キバちゃん"と聞いて、何かに気がついた奏はバッ!と陽華を見たあとすぐに陽一に目を移す。
「な、なんだよ……?」
そして再び陽華に視線を戻して、陽一には聞こえないように小声で話しかける。
「陽一って………すごく似ていると思いませんか?」
「もはや相違点は性別だけだろうね」
「キバちゃんが好きなんですよね?」
「目の中に入れても痛くないさ」
「つまり……そういうことなんですね?」
「あぁ、そういうことだ」
奏の発言の意図をばっちりと読み取った陽華は深く頷く。
「お、おい……なんで二人だけでコソコソ話すんだよ……」
独りぼっちにされて若干寂しそうな陽一。
毎度のごとくついて行けてないのは彼だけだ。
事情を確認した奏の顔は、鋭い表情から一転して上機嫌なものへと変わる。
(考えてみれば相手は美少女…いくら趣味が合ったとしても男同士でしか話せないようなことなんてたくさんあるしね!心配要らなかったよ……!)
奏の中では親友云々と色恋沙汰は別カテゴリーなのであった。
「陽一〜!一昨日まであんなに落ち込んでたのにこの色男め〜!!」
奏は先日まで落ち込んでいた親友に、新たな春が来たことを自分のことのように喜ぶ。
しかしテンションが高すぎるのか、肘打ちが若干強めだ。
「なに!?なんなんだよ!?ちょっ、肘で小突くな!!」
「あ、これお見舞いの品ね」
そう言って奏は高級そうな袋に入ったゲーム機やら大量のソフトやらを置いていく。
「おぉぉぉ、マジか!!めっちゃ助かる!!」
欲しかったおもちゃを買ってもらった子どものように無邪気な笑みを浮かべる陽一に、奏も満足そうに笑みをこぼす。
「ははっ、喜んでもらえて良かったよ!じゃあ僕は帰るからあとは若いお二人で!!あとで連絡するから返してよね!!」
「え、お前もう帰んの!?若いお二人ってなに!?」
陽一が振り返ったときには既に病室に奏の姿はなかった。
「通り雨みたいな友達だね」
「………とりあえずゲームするか」
この後めちゃくちゃゲームした。
奏の言った「そういうこと」というのは「アンタ、陽一のこと気になってんでしょ?」ということです。
ちょっと分かりづらかったかもしれません…。
次話は明日の6/13(日)に投稿予定です〜。