6話 なんでそんなにテンション高いの!?
いやぁ…季節の変わり目ですね。
体調にはお気を付けください。
「さっきの人、よかったんですか?」
初対面の女性との握手という一大事を乗り越え、なんとか落ち着きを取り戻した童貞は先ほどの光景を思い返す。
物凄い威圧感で脅した上での力押しだったように思えるがあれで本当に良かったのだろうか。
「構わないさ、それより!君のことを教えてくれないかな?」
陽一の心配事をサラッと流した少女は、そんなことはどうでもいいとばかりに陽一自身のことを知りたがる。
興味津々といった様子だ。
「お、俺のこと…?」
ここまでの美少女、というかもはや美術品に迫られれば普通の男なら勘違いの一つでもしてしまいそうだが、陽一は極力「こいつ俺のこと好きなんじゃね?」という思考に意識的に蓋をしていた。
恋愛関係では痛い目をみたばかりなのである。
(自己紹介しようよってことか?)
無難な考えに落ち着いた陽一はとりあえず名前と年齢を言うことにした。
「一陽一です…漢数字の"一"で"にのまえ"、太陽の"陽"にまた漢数字の"一"で一陽一です。年は17」
「一陽一君か……凄いな、一度見たら忘れられないインパクトがある。こういう名前って社会に出たときに名前を覚えてもらいやすいから有利らしいよ」
「へぇ〜」
「おっと、そう言えばまだ名前も名乗ってなかったね……」
失敬失敬という謝罪のわずかな動作の中にも品を感じさせることに、陽一は軽く感動を覚えていた。
育ちの良さがレベチである。
(プリンのフタの裏削ぎ落としたり、自販機の下の小銭探したりとかしたことないんだろうな)
陽一は子供の頃にどちらもやったことがあるが父親には「物を無駄にしないのは良いことだな!」と褒められた。
今となってみれば息子可愛さに教育をミスっているとしか思えない。
他所でやったらどうするつもりだったのか。
そんなことを考えている間にも少女は優雅な動作で胸に手を当て、自己紹介を始めた。
「私は一式陽華、漢数字の"一"に数式の"式"、太陽の"陽"に難しい方の"華"で一式陽華だ。年は私も17だよ」
どうやら同い年らしい。
名前もなんだか華やかである。
陽一はそんなぼんやりとした印象しか受けなかったが、陽華の方はなぜか若干興奮気味だ。
「しかし一陽一と一式陽華か……苗字と名前にそれぞれ同じ漢字が1つずつ、更に同い年ときた……これはもう運命だと……!君もそう思うだろう?」
「お、おう……」
(何言ってんだこの人……)
確かにすごい偶然ではあるが、それを差し引いても陽華のテンションの高さにはついて行けない陽一。
会話が途切れる。
病室には一昨日あたりから鳴き始めたセミの声がうるさいほどに響いていた。
「ところで陽一君…1つ聞きたいのだけど」
次に会話を切り出したのはやはり陽華だった。
顎に指先を当てながら小首を傾げるという顔の良い女にのみ許された技をさらっと繰り出してくる。
どうやらなにか質問があるらしい。
「な、なんだ……?」
「結婚式は和風と洋風、どちらがお好みかな?」
陽華は好きな食べ物でも聞いてくるかのような気軽さでかなりピンポイントな質問をぶつけてくる。
しかしその表情は真剣そのものだ。
「それ初対面で名前聞いた次にする質問なの!?」
極めて正常な反応である。
飲み物を飲んでいたら確実に吹き出していたであろうほど分かりやすく動揺する陽一。
まさか初対面で結婚という突っ込んだ話題を出されるとは思ってもみなかったのだ。
「おっと、聞き方が悪かったね…婿入りする時は和服とタキシード、どちらを着ていたいかな?」
「変わってねーよ!しかも婿入り前提かよ!?」
陽一の返答を受けて陽華は目を閉じて頷く。
「なるほど、どちらもしたいと」
「言ってないぞ」
出会って数分ながら、その時すでに陽一の中で陽華の人物像が出来上がりつつあった。
(この人……いや、コイツ……)
「ふふっ、この欲張り屋さんめ!」
(すっげぇ可愛いけどすっげぇ変なやつだ……!!)
「では次は好きなタイプだ!」
「好きなタイプ……」
陽一に対する陽華の質問攻めはまだまだ続いていた。
時刻は15:00、そろそろおやつが欲しくなってくる時間帯だ。
(れ、恋愛関係のってことだよな…これも初対面の異性が話す話題としてはどうなんだ)
いつの時代も、異性の前で好きなタイプを告白するというのはかなり恥ずかしいことである。
しかし陽華の期待に満ちたキラキラの瞳を受けた陽一は、たまらず白状するのだった。
「そうだな……俺は、よく笑う人かな………めっちゃ恥ずかしいんだけどこれ」
悩んだ挙げ句耳を赤くしながらめっちゃ普通の回答をする陽一に、陽華はうんうんと頷いて上機嫌そうに腕を組む。
「なるほど……ふふっ、そうか……ふふっ、陽一君は……ふふっ、よく笑う人が……ふふっ、いいのか……ふふっふふふっ……あーはっはっはっは!!」
(なに!?そんなに面白かったか!?今の)
陽一の言う"よく笑う人"というのは会話会話の間にちょいちょい微笑を挟む人のことではなかったらしい。
「次は私だね!私の好きなタイプは……」
陽一の反応は今ひとつであったが、即座に頭を切り替える陽華。
呼吸を整えて、自分の好きなタイプを息継ぎ無しで言いきる。
「若干グレてそうなクセに割と真面目、あと喧嘩めっちゃ強そうで目つきが悪い、でもってその目つきの悪さを気にしてる感じの人かな!!」
「めっっちゃピンポイント!?」
(て、ていうかそれって……)
陽華の好きなタイプを聞いた陽一の頭の中に、1人の人物が思い浮かぶ。
「キバちゃんじゃん……」
ぼそりと、そう小さく呟く陽一。
"キバちゃん"とは、数年前に深夜帯で放送されたアイドルを題材にしたアニメ『Sleeping Girls』のキャラクターである。
制作陣はオールスターズと言っても過言ではないほどの豪華だったのだが制作費もろもろの都合で宣伝に回す費用が足りず、知る人ぞ知る状態となってしまった悲劇の神アニメだ。
"キバちゃん"はSGの中でも飛び抜けた人気がある方ではなかったが、その分ファンの間では初孫のごとく可愛がられており、『キバちゃんならガチで目に入れても痛くない』と言った一部の熱狂的ファンが、キバちゃんフィギュアをガチで目に突っ込んで大怪我をしたという、なんともアホな事件が一時期ネットをざわつかせたほどだ。
陽一はというと、なぜかキバちゃんに強烈な親近感を感じたため、大のキバちゃんファンである。
陽華の言うタイプが、あまりにもそのキバちゃんの特徴と一致しすぎていたため思わず、といった様子でつい声に出てしまった陽一であったが、それに対して陽華は異常なまでの反応を見せる。
「陽一君!!!」
「えっ、なに!?どうした!?」
一瞬で近くまで移動してきた陽華にガシッ!と両肩を掴まれる。
その力は異常なまでに強く、陽一は身動きが取れない。
「いま……"キバちゃん"って言ったよね?」
「え、今の聞こえたの?すごくね?」
(ていうか顔!近いって!!クッソ可愛いなおい!!)
状況の情報量が多すぎて軽くパニックを起こす陽一の脳内。
しかしそれら全てを陽華の迫力が吹き飛ばす。
「言ったよね!!!」
「は、はいっ!言いましたっ!!」
「好きなのかい……?」
「ん?」
「キバちゃんのことが好きなのかいと聞いているんだ!!」
「す、好きです!推しです!」
「そうか…………」
陽華は今のやり取りを吟味するかのように目を閉じて俯く。
そして大きく息を吸い込み、一言。
「素晴らしいよ陽一君!!!」
陽華は両手をいっぱいに広げて興奮を隠しきれない様子で矢継ぎ早に語る。
「名前、年齢、だけじゃなくて推しまで共通しているなんて!!私はこの奇跡を全世界に発信したい!!!」
「嬉しいのは分かったから落ち着け!」
「陽一君!!」
「はいぃ!」
陽華は再び叩きつけるようにして陽一の両肩に手を置く。
その目は若干血走っており、いくら顔が可愛くても軽く恐怖を覚える陽一であった。
なんだかオーラのようなものまで見える気がする。
「もっと語ろう!お互いのことを知ろう!!」
「いいけど静かにしようね!ここ病院だからね!」
その後もなんとか陽華のテンションについて行きながら根掘り葉掘り質問されるのだった。
ふ、普段はもっとエレガントな娘なんです…
何気に陽一の苗字は初登場ですね。
漢数字の「一」と書く苗字の方は全国に380人ほどいるそうです。
読み方は「にのまえ」「はじめ」「よこいち」などいろいろあるみたいです。
明日は「side 夏目茜」です!