3話 お前ってやつは…!
馬って100メートル5.5秒くらいで走るらしいですよ。
「で、どうするんだい?」
「なにがだよ」
データバンク藤本が去った後、陽一が気絶から復帰してからも2人の会議は続いていた。
どちらも既に弁当は食べ終わっている。
休み時間はまだかなり残っており、人がまばらな教室内にはゆったりとした時間が流れていた。
「もちろん夏目さんと左衛門三郎のことさ…闇討ちでもする?」
陽一達の席を除いて。
「しねーよ!発想が怖いわ!」
奏の目は割とマジだった。
「……別にどうする気もねぇよ、茜があのクソ野郎の方がいいっつーならそれでいい」
陽一は窓の外を眺め、アンニュイな表情を浮かべながらそう言う。
どんなときでも彼女の事を最優先に考える、それが真の男というものだ。
「ふーん、本音は?」
「正直何考えてるか分からないからもう関わりたくない……って何言わせんだお前!!」
自分のこともちゃんと大切にしてやれる、それが真の男というものだ。
「ははっまぁそうだよね、本当……何考えてんだろう……」
そう呟く奏の目が、一瞬だけ恐ろしいほど冷たくなったことに陽一は気が付かない。
表面上でこそおちゃらけて見えるものの、無二の親友を傷つけられたことに内心では怒りを覚える奏であった。
「でもさ、陽一って顔は良いんだし新しい恋を始めようと思えばすぐ相手は見つかると思うよ……その目つきさえどうにかすれば」
「目つきは生まれつきなんだからしょうがないだろ!?」
「まぁ中には?その鋭い目が逆に良いっていう人もいるみたいだよ」
「本当かよ…」
初対面の相手だと怒ってるのかな…?と思わせてしまうほど鋭利な陽一の眼光はちょっとしたトラブルを引き起こすこともあった。
コンビニにたむろしている不良たちをチラッと見ただけでガン飛ばしていると勘違いされてケンカを売られたこともある。全力で逃げた。
ちなみに父親は割と穏やかな目をしているので、ある日気になって母親の写真を見せてもらうと確実に母親譲りであることが判明した。
確かに悩みの種ではあるのだが、母親という存在を身近に感じることが出来るこの目が嫌いではなかった。
「ま、いつまでも気にしてても仕方ないよ!今日は嫌なことなんか忘れてさ、パーッと遊んじゃおうよ」
奏は暗い雰囲気を払拭するように明るく振る舞う。
「奏……」
普段は常にふざけた態度だが、こういう時はちゃんと励ましてくれる親友を見て陽一は思わず笑みをこぼす。
「そうだな…付き合ってくれるか?」
そう言って右の拳を軽く突き出す陽一。
「そうこなくっちゃ!」
それに対し、奏は意気揚々と自分の右拳を陽一の右拳に軽くぶつける。
2人はそれから残った20分ほどの時間で放課後どこに遊びに行くかの案を楽しそうに出し合うのだった。
「あ"ーー、う"た"っ"た"う"た"っ"た"!」
結局、昼休みの会議で決まった行き先はカラオケボックスだった。
高校生が放課後遊びに行くとなれば真っ先に候補に挙がる場所だ。
全ての日本人は《駄菓子屋、ラ〇ンドワン、カラオケ、居酒屋》この順番で成長していくと言っても過言である。
なお、ディ〇ニーはどの年代で行っても楽しい。
「いやーカラオケなんて割と久しぶりだったんじゃない?」
「た"し"か"に"…さ"い"き"ん"い"っ"て"な"か"っ"た"よ"な"」
「陽一って結構歌うまいよね、まぁほとんどアニソンだったのはどうかと思うけど」
「お"ま"え"が"い"う"な"!!」
奏の棚上げ発言に呆れながら返す陽一。
学校では完璧超人御曹子の奏。若干グレてそうなクセに割と真面目、あと喧嘩めっちゃ強そうなクールガイの陽一。で知られているため誰も想像すら出来ないだろうがこの二人、真正のアニオタなのである。
なお二人とも一応有名なJpopなどは一通り歌えはするが、カラオケで一番盛り上がるのは二人だけが知っているマイナーなアニソンを歌っているときなので流行りの歌など歌わない。
「今日のとこ初めて行ったけど結構安かったね、また行こうよ!」
「そ"う"だ"な"」
「陽一……のど飴貰う?」
「…た"す"か"る"」
奏がリュックサックからおもむろに取り出したのど飴でのどを癒す。
時間にすれば2時間ほどしか歌っていないのだがストレス発散の為にほとんど叫びながら歌っていたので声はガラッガラになっていた。
「しっかし、いいのが取れたぞ〜」
隣を歩く奏が上機嫌にスマホを眺めている。
「あ?何が……ってお前!いつの間に撮ってたんだよ!!」
奏のスマホにはお気に入りのアニソンを歌いながらノリノリでダンスする陽一の姿がしっかりと収められていた。
元彼女である茜にも見せたことのないガチオタ時の陽一、現時点で見たことがあるのは奏とその妹だけだ。
画面の向こうの陽一は悲しみや怒りを歌に乗せ、おしりをふりふりしていた。
「ちょっ、消せよ!恥ずかしいわ!」
陽一は素早い動きで奏のスマホを奪おうとするが、奏はそれを上手くいなす。
やっていることはしょうもないのだが、無駄に動きにキレがあるので格闘映画のワンシーンのようになっていた。
「なんか人集まってきてるからさっさと渡せって!」
「嫌だね、帰って妹に見せるんだ!!」
「それは本当にやめろ!?」
奏にも負けられない理由があった。
それは家で奏の帰りを待っている妹、しおんちゃん(3才)のことだ。
まだまだ泣き虫のしおんちゃんだが陽一の写真や動画を見るとなぜかピタリと泣き止むのだ。
自分がどれだけあやしても泣き止まなかったのに奏が陽一の動画を見せた途端に満面の笑みになるので、松川家のお母さんは陽一のことを密かにライバル視している。
その後結局陽一はスマホを奪うことは出来ずに陽一のダンス動画はしおんちゃんに笑顔をもたらし、それを見た母親はますますライバル心を燃え上がらせるのだった
「ったく、結局消さなかったな」
奏と別れた陽一は夕暮れの中、一人で帰り道を歩いていた。
友達のいない一人の時間。
陽一は自分が思っていた以上に心がスッキリしていることに驚いた。
(まぁ、思い出すのは辛いけど)
突然彼女に振られ、その彼女を自分が一番嫌いなやつに取られた。
男なら誰しも脳破壊待ったなしのシチュエーションだろう。
しかし、いやこんな時だからこそ信頼できる男友達という存在は自分の想像していたよりも心の支えになっていたらしい。
陽一は別れ際の奏とのやり取りを思い返す。
「陽一、夏目さんのことは残念だったかもしれないけど大丈夫さ……『破れた恋ってのは実った恋以上に自分を成長させてくれるものなのよ』ってママが言ってたからね」
「奏……お前の母ちゃん良い事言うな」
「あぁ、今のセリフは《恋するマジカル☆メイド》で失恋したショーシンちゃんをミレンちゃんが励ます時のセリフでね」
「アニメのセリフかよ!」
「このシーンのミソは元カレのことをいつまでも引きずってるミレンちゃんがこのセリフを言ってるってとこでね、ショーシンちゃんを励ましつつ自分にも言い聞かせてるっていう」
「掘り下げなくていい」
「まぁ、つまり何が言いたいかっていうと…恋マジは神アニメってことね!」
「俺のこと励ますんじゃねーの!?」
「はぁ…」
思い返すと結構ふざけたしそもそも励ましてすらいなかった。
相変わらずの二次元脳にたまらずため息が出てしまう。
だがいろんな事が変わってしまった中でも変わらないものを感じて、少し安心する。
彼女に振られて親友とバカやって全部忘れる。
これも一つの青春なのではないだろうか。
「ダチって良いもんだなぁ……」
そう呟く陽一の顔にはいつの間にか笑顔が戻っていた。
今日確認してみたらなんとブクマと評価がついてました…!!
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