28話 霊感持ち
「はぁ″ぁ″ぁ″‥‥‥‥」
学校の正面玄関口。
忘れ物があると言って教室に戻った陽華を待っている陽一は、周りに誰もいないことを確認してから盛大なため息を漏らす。
一人になって気が抜けたことで一気にこれまでの疲労感が押し寄せてきたのだ。
陽一は松葉杖に体重を預けながら目を閉じて外からの視覚情報を遮断する。
頭の中に浮かんでくるのは先ほどの茜の姿だ。
『だめかなぁ‥‥』
涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら、捨てられた子犬のような瞳であんなことを言われると 断るこっちもさすがに罪悪感が湧いてくるのだが、今の時点で茜とヨリを戻すという選択肢は無かった。
陽華のこともあるし、そもそも茜はまだ左衛門三郎と別れていないだろう。
しかし、他にもまだ何かその気になれなかった理由がある気がする。
うんうんと唸っていると陽一は、あの会話の中で一つ嘘をついてしまったことを思い出した。
胸に手を当てて静かに自問自答する。
そしてそこから導き出された可能性を、アンニュイな顔を浮かべながら呟く。
「やっぱ他の男とホテル入ったところ見ちゃったのは結構デカかったかもしれない‥‥」
童貞が童貞っぽいことを真面目に考えていると、教室に行っていた陽華が駆け足気味に戻ってきた。
「陽一~!」
「陽華‥‥忘れ物取ってこれたか?」
「うん 待たせちゃってごめんね」
「いいって、じゃあ行くか」
そもそも用事に付き合わせたのは自分なので気にしないように言って正面玄関を出る。
「お、雨上がってるな」
外に出てみると どうやら陽華を待っている間に雨は止んでいたようで、空は綺麗な夕焼けに染まっていた。
普段ならランニングをしている運動部の生徒も、今日は室内練習になったのか その姿は見えない。
自分たち以外に誰もいない静かな校庭を眺めながら、陽一は隣を歩く陽華に話しかける。
「茜のこと‥‥ありがとな」
「ん?」
「いや あいつ親父さんのこと大好きだったからさ、最後にもう一回顔見られてよかったと思うんだよ」
茜の父、夏目友也のことは陽一も茜からそれなりに聞いていた。
父親との思い出を語る茜はいつも楽しそうで、それでいてどこか寂しそうで、話を聞いていれば本当に大好きだったということが伝わってきた。
しかし友也の死因は交通事故であり、茜はその死に目には会えなかった。
大切な父親を看取ることも出来なかったのだ。
だからこそ そのことを知っていた陽一としては、僅かな時間ではあったが 茜が友也の成仏の瞬間に立ち会えただけでも十分な収穫だったと思うのだ。
「あぁ、大した労力は掛かってないから気にしないでいいよ」
「それでもだ‥‥お前が居てくれて本当に助かった」
「そうねぇ、あの怨霊 夏目ちゃんのお父様は幸運よねぇ~」
「うむ、貴き御方が自ら手を下してくれるなんて滅多に無いことだからな」
陽一が改めて陽華にお礼を言っていると、その横から陽華ではない別の声が二つ聞こえてきた。
疑問に思い 声のした方を振り返る陽一。
するとそこには左目に眼帯を着けた小柄で可愛らしい女生徒と、はち切れんばかりの筋肉が凄まじい威圧感を放っている大柄な女生徒が 当然のような顔で陽一達と並んで歩いていた。
「え、チェリーにカマちゃん!? なんで居んの!?」
「チェリーって言うなっ!!」
二人の女生徒―――妻川桜と釜根綾子は、二人が見知った人物であったことに驚く陽一に事情を説明する。
「私達はこの学校での陽華様の世話役を任されてるんだぞ! 驚いたかファースト!!」
「世話役‥‥ってことは二人とも陽華の知り合いなのか?」
「ええ、ちなみに私達 どっちも″見える″人なのよぉ」
「マジかよ」
身内に霊感持ちが居たことに愕然とする陽一を見て、桜は前髪に入った赤いメッシュを揺らしながら得意気に腕を組んでいる。
するとそれまで黙っていた陽華が不満を漏らす。
「もぉー、二人とも! 別に帰るときまで付き添わなくていいってば!」
「ダメですよ 陽華様に何かあったら私達がお祖父様達から叱られるんですからね?」
普段は誰に対しても尊大な態度をとる桜が陽華に対しては自然な敬語を使っていることに軽く衝撃を受ける陽一。
どことなくその振る舞いもしっかりと教育を受けた良い所のお嬢さんのように見えてくる。
「桜、お前ただの中二キャラじゃなかったんだな」
「それはどういう意味だファースト!! あんまりふざけていると私の魔眼の餌食にしてやるぞ!!」
「おぉ‥‥やっぱいつものお前の方がなんか好きだわ」
「すっ‥‥!? そ、それはどういう意味だファースト!!」
「そういえば陽華様ぁ、夏目ちゃんの扱いはどうしますか?」
「あー そっか、あれでも一応貴重な人材だしね‥‥」
陽一が桜の普段とのギャップを珍しがっていると、綾子が茜の処遇を陽華に尋ねてきた。
それに対し、失念していたとばかりに首を振った陽華は 少し悩んでから綾子に指示を返す。
「うーん じゃあ‥‥多分まだ旧校舎の三階の空き教室にいると思うから、連盟の規定通り 本人に意思確認しといて」
「分かりました、ほら 桜ちゃん? 行くわよぉ」
陽華からの指示に恭しく頷く綾子。
桜の方は最後まで渋っていたが、綾子に引きずられて無理矢理連行されていった。
「むぅー‥‥ファースト! 陽華様がやんちゃしようとしたらすぐに止めてくれ!」
「お、おう、分かったよ‥‥」
「まったく失礼しちゃうな、やんちゃなんてしないよ」
「いや、お前は結構興味本位で突っ走りそうなところあるから心配なんだと思うぞ」
いたずらっ子のような扱いを受けたことに、陽華は頬を膨らまして心外そうにする。
それに対して 普段の言動からその扱いは当然だと苦笑いする陽一。
しかし彼は知らない。
陽華がこんなに楽しそうにしているのは陽一と出会ってからだということを。
もしかすると陽華本人も気付いてはいないのかもしれない。
「それにしても今日はいろんな事があったなぁ‥‥」
旧校舎に向かった二人と別れ、再び静かになったところで陽一は今日あった出来事を振り返る。
陽華が転校してきて朝から大騒ぎになって、放課後は元カノとその父親に追いかけられて、陽華が頭を鷲掴みにして父親を成仏させた。
整理すればするほど意味が分からないのだが、とにもかくにも激動の一日が終わったことにホッと一息つく陽一。
するとそんな陽一を見た陽華は楽しそうな笑みを浮かべながら恐ろしいことを言ってきた。
「陽一にはこれから今日よりもっともっといろんな事が起こるよ」
「え″っ」
今日だけでも精神的にかなり疲れたのに、明日からもこんな調子だと宣言されたことで分かりやすくめちゃくちゃ嫌そうな顔をする陽一。
「でも安心して、私が全部教えてあげるから」
そんなことを言われても正直不安しかないのだが、今まで霊感などという言葉とは無縁の人生を送ってきた陽一にどうこう出来る問題ではないのも事実だ。
「私が陽一を導いてあげる‥‥!」
「お、お手柔らかに頼む」
どこまでも自信に満ち溢れた陽華のその顔を見て陽一は、明日からも何かあったら全力で陽華に頼ることを 沈み行く夕日に誓うのだった。
はい、桜とカマちゃんは陽華の転校を知っていました。
カマちゃんが転校生の性別を聞く前に「どんな娘なのかしらねぇ」と言っていたのが一応の伏線でした(笑)。
一章はここまでで、次回からは二章に入るのですが投稿が月水金から週2~3となってしまいます(泣)。すみません。
二章からは物語がぐわっと進みます。
茜ちゃんの新しい企みも出てくる予定なので、茜ちゃんの計画に勘づいてる人は当たるかどうか楽しみにしててください。
では皆さん良い週末を!!!




