27話 どん底での決意
投稿時間が大学生のレポート提出みたいになってる‥‥。
「うぅ‥‥ぐすっ‥‥ぅ‥うぅぅ‥‥っ‥」
私はその場から立ち上がることが出来なかった。
心臓が鼓動を刻むたびに、胸がズキズキと痛む。
雨が降っていてよかった。
窓に打ち付ける雨音で私の泣き声をかき消してくれる。
陽君の返事なんて、その顔を見ればすぐに分かった。
だけど それでも堪えられなかった。
私は心のどこかで、また前みたいな関係に戻れるんじゃないかって思ってた。
「バカだな」って言って泣いている私の頭を撫でてくれて、そのまま抱き締めてくれるんじゃないかって。
でも去っていく陽君の後ろ姿を見てると、もう二人で手を繋いで帰ったりは出来ないんだなって実感が急に湧いてきた。
「‥‥ひっぐ‥‥陽君‥‥」
拭いても拭いても涙が溢れてくる。
制服の袖はもうびしょびしょになってしまっている。
最近はずっと、泣いてばかりだ。
私はどうすればよかったんだろう。
陽君を傷付けるのが怖くて自分から別れを告げた。
でももし私が陽君の立場だったら、絶対に頼ってほしいと思うだろう。
それなのに一人で勝手に抱え込んで、暴走して、あろうことか 他の男と付き合ってお父さんを人殺しの道具にしようとした。
私は‥‥陽君を傷付ける自分になりたくなかったはずなのに、肝心の陽君の気持ちなんて考えもしてなかった。
時間が経てばもう一度、普通に話せる時が来るのだろうか?
そんな都合の良いことを想像してみるけど、何度やってもあの子の存在が大きな壁となって立ちはだかる。
一式陽華。
あの子と陽君には、他の人には見えない何かが見えている。
それはつまり、あの二人の間には他の人には分からない特別な繋がりがあるということだ。
私の知らない陽君を知るたびに その存在が遠くに行ってしまうようで、心にぽっかりと穴が空いたように感じる。
それが苦しくて、寂しくて‥‥また涙が溢れてくる。
なんでよりにもよって今日ハンカチを忘れちゃったんだろう。
私がそんなことを後悔していたその時、いきなり教室のドアが開かれた。
今はとても人に見せられるような顔ではないので焦って顔を隠そうとしたけど、教室に入ってきたのはさっきまで話していた人だった。
「一式さん‥‥」
「まったく、穴という穴から液体が流れ出てるじゃないか‥‥女の子なら 目より先にまず鼻をどうにかすべきなんじゃないかな」
一式さんはそう言って、女の私でも見惚れるような綺麗な顔で微笑むと高級そうなハンカチを差し出してくれた。
使っていいのかどうか迷ったけど、正直助かったので厚意に甘えて使わせてもらう。
どうせ洗濯して返すからと私がごしごし顔を拭いていると、一式さんは窓の外を眺めながら 諭すように話しかけてくる。
「君は本当に愚かだよ‥‥誰かを頼るのは悪いことじゃない、陽一に話せないなら母親にでも友達にでも、誰かに相談すればよかったんだ‥‥そうすれば然るべき機関にまでたどり着けたかもしれない」
その言葉には私をバカにしたりする感じは無かった。
どちらかというと、聞き分けのない子供を咜るような そんな雰囲気。
でも、私にだってちゃんと私なりの考えがあったんだ。
「でも‥‥だって、これは私の責任で」
「責任?」
一式さんはそこで初めて私の目を見た。
形の良いその瞳にはどこか呆れの色が混ざっている。
「この世界では、強者には強者の 弱者には弱者の役割がそれぞれ定められている‥‥『責任』なんて、君達が軽々しく使っていい言葉じゃないよ」
そう言う一式さんは、私を見ているようで、どこか遠くを見ているような気もした。
そして今度はニヤリと笑う。
「まぁでも、今回ばかりは好都合だったかな」
好都合、というのは 陽君の気持ちが私から離れたことを言っているのだろう。
確かに一式さんにはお父さんの件で感謝もしてる。
だけどそれを全部自分の損得勘定だけで判断するようなその物言いに腹が立った。
「あなたは‥‥っ‥‥あなたも陽君のことが好きなのかもしれないけど、そんな言い方って‥‥!」
思わず声を荒げてしまう。
お父さんがどれだけ辛かったのか、私がどれだけ悩んだのか、知りもしないで‥‥!
でも一式さんは、そんな私の怒りの籠った視線もどこ吹く風で話を続ける。
「それは否定しないけど、これは君のためでもあるんだよ?」
「ど、どういうことなの!」
意味が分からない。
どうして陽君に振られるのが私のためになるのか。
一式さんの思いがけない言葉で混乱していると、彼女はここで全部説明しといた方が後々面倒が少ないと言わんばかりに懇切丁寧に教えてくれた。
「陽一はね‥‥もう君達とは違うんだ、その一挙手一投足に責任が伴う立場なんだよ。今の陽一には、色恋のようなくだらない雑事に頭を悩ませる時間なんてない」
なんで陽君がそんなことになっているのかは分からないけど、一式さんの言っているそれは なんだかとても勝手なことのような気がした。
「どうせもう陽一と同じ道は歩けないんだ、君も陽一のことは諦めて新しい王子様でも探すといいよ」
「陽君の‥‥」
「ん?」
「陽君の気持ちは?」
さっきから一式さんの話は浮世離れしすぎていて現実味がない。
でも多分、嘘は言っていないのだと思う。
だからこれだけが知りたかった。
陽君がちゃんと理解していてそれを受け入れてるなら、合意の上で一式さんに付いて行くと言うのなら、もう私に言えることは何もない。
「まぁ陽一にはこれから少しずつ教えていくけど 、別に君は心配しなくてもいいよ‥‥‥だってこの私が付いてるんだから」
そう言って微笑む一式さんの目はどこまでも透き通っていて 思わず納得してしまいそうになる不思議な説得力があった。
あぁ やっぱり‥‥この人は、危険だ。
陽君のことを洗脳しかねない雰囲気をもっている。
「じゃあ、私は陽一を待たせてるからこれで」
そう言い残すと一式さんは、もう私なんかには興味をなくしてしまったかのようにさっさと歩き去ってしまう。
一人残された教室で私は考える。
一式さんは少し危ない。
でも今のままじゃ私は陽君に近づくことすら叶わない。
ぼやけた頭を切り替えるために両手でほっぺたを思い切り叩く。
もう涙は流れてなかった。
考えなくちゃ‥‥私に出来ることを。
陽君のそばに居るために、私が出来ること。
陽君からしたら迷惑かもしれない、自分を振った女にまとわり付かれるなんて最悪かもしれない。
本当に‥‥‥嫌われるかもしれない。
でも‥‥それでも‥‥。
「ごめんね陽君、私やっぱり‥‥」
あなたを諦められそうにない。
(私以外の女との)色恋のようなくだらない雑事。
次回は水曜日です。
一章ラストです。




