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26話 失恋

すみません遅れました(土下座)










「じゃ、さっそく()っちゃおうか」

「あれ!? 父親のくだりは!?」

「ぶっちゃけこの怨霊が誰であろうとやることは変わらないんだよね」


 陽一からしてみると割と衝撃の事実が発覚したにも関わらず、あまり興味がないのかさっさと話を進めようとする陽華。

 しかし実の娘である茜はそうもいかない。

 なんとか事態を理解しつつも動揺した様子で陽一に尋ねてくる。


「ね、ねぇ‥‥ちょっと待って、ここにお父さんがいるってこと‥‥?」

「多分な」

「‥‥っ‥‥どんな様子なの? 何か言ってない?」


 切羽詰まったような茜のその質問を受けて陽一は男の声に耳を傾ける。


『‥‥ア″ァ″‥‥ァ″‥‥ア″ァ″‥‥』

「すげー唸ってるな」


 病院で遭遇したあの霊とは違って、意味のある言葉は発さないようだ。

 茜は自分の父らしき存在がこんなにも近くに居るにも関わらず、それが見えないことに歯がゆそうな表情を浮かべる。


「今はほとんど自我なんて残ってないと思うよ」


 早く作業を終わらせたそうな陽華は、頬杖をついて怨霊を眺めながら退屈そうにあくびをする。


「ふわぁ‥‥本当は陽一に体験させようかとも思ったんだけどね、どうせ怨霊程度に関わる機会なんてこれから先無いだろうから私がぱぱっとやっちゃうね」


 まさか自分がやる可能性が存在したとは思ってもみなかった陽一は陽華の方を二度見する。

 結果としてやらなくてよくなったことに安堵しつつも、言葉の節々に漂っている不穏な気配は無視することにした。

 陽華は席から立ち上がって茜の背後にいる男に近づいていくと一度こちらに振り返る。


「陽一は(エク)(ソシ)(スト)って聞いたことある?」


 突然の陽華の問いかけに戸惑いながらも、陽一は自分の中にある印象を言葉にする。


「‥‥祓魔師ってあれだろ? 教会で悪魔と戦ったりする」

「そう、彼らは世界各国のいろいろな場所で活動している。一番有名なのは中枢機関のあるバチカンかな、世界最強と名高い夫婦もそこに所属しているよ」

「き、急になんの話だよ‥‥」


 突拍子もない話について行けずに困惑している陽一を見て、陽華はニヤリと笑う。


「まぁつまりね‥‥日本にもあるんだよ 同じような連盟組織が」


 そう言うと陽華は怨霊の頭を無造作に鷲掴みする。

 そのあまりの無警戒さに陽一は思わずぎょっとしてしまう。


「そ、そんな手荒で大丈夫なのか‥‥?」

「あはは、心配しなくても平気だよ」


 どうやら陽華のその余裕は、やり慣れているというよりも それくらい雑に扱っても危険など無い という自信から来ているらしい。


「それじゃあ始めようか」


 そう言った瞬間、陽華の右腕からその先の鷲掴みにされた頭へと 大量の何かが流れ込む。

 陽一がその異様な光景に目を見開く中、男は苦しそうに呻き声を出し始めたと思えば だんだんとその体が膨れ上がっていく。

 そして数秒の間そうしていると限界を向かえたのか、風船が破裂するように男の体から黒い(もや)のようなものが弾け飛んだ。


「あ‥‥茜の親父さんだ‥‥」


 陽華が頭から手を離し 靄が消え去った後には、先ほどまでの恐ろしい外見とは真逆の 柔和で人の良さそうな顔をした男性が立っていた。

 その容姿は 陽一が茜の家に行ったときに見たことのある茜の父親、夏目 (とも)()の遺影と一致している。


「うそ‥‥お父さん‥‥」


 茜は両手で口を押さえて驚いている。

 彼女の目には数年前に事故で亡くなったはずの父親がハッキリと写っていたのだ。

 茜が見えていることに気づいた陽一は隣にいる陽華に小声で話しかける。


「なぁ‥‥あれって茜にも見えてるのか?」

「そうじゃないかな、長い間霊に取り憑かれてると 除霊した時に見えるようになっちゃうことって結構あるらしいよ」

「へぇー‥‥」


 そんな事例があるなら 自分が見えるようになった時のあの驚きようはなんだったのかと少し気になった陽一であったが、今はそんな質問をしている場合ではないと大人しく事態を見守る。


 茜は数年ぶりに再会した父親に対して、必死に自分の思いを伝えようとしていた。


「お父さん‥‥私、怒ってないよ‥‥確かにイヤなこともたくさんあったけど‥‥でもお父さんがずっと私を守ろうとしてくれてたって分かって、すごく嬉しかったの‥‥」


 話している内にその両目からは自然と涙がこぼれてくる。

 先ほどまでのような悔しさからくるものではない。

 懐かしさと寂しさが胸の奥から溢れ出てしまったものだ。


『‥‥‥‥』


 友也は自分の娘に迷惑を掛けてしまったことを酷く気に病んでいたらしく、その言葉を聞くと 申し訳なさそうな顔をしつつも茜の記憶に残っているような穏やかで優しげな笑みを浮かべる。

 そしてその存在が少しずつ薄くなっていき、最後には跡形も残さずに消えてしまった。


 茜は父親が消えた跡を少しだけ眺めると、瞑っていた目を開けて陽華に頭を下げる。


「ありがとう、お父さんを楽にしてくれて」


 そして今度はどこか複雑そうな顔で陽一に向き直る。


「陽君‥‥そのね‥‥改めてお話があるんだけど‥‥」


 茜の言葉は自信が無さげで尻すぼみになってしまう。


「陽一、私は外で待ってるから」


 空気を読んだのか はたまた茜の様子を見て何か思うところがあったのか、陽華は陽一に一言そう告げると片手をヒラヒラと振って教室を後にした。

 茜と二人きりになってしまった陽一は若干の気まずさを感じながらもなんとか会話を試みる。


「親父さん‥‥無事に成仏出来て良かったな」

「うん‥‥陽君は前からお父さんのこと見えてたの?」

「いや、俺がこういうの見えるようになったのは一昨日くらいからだな」

「そっか‥‥」


 茜はそれっきり 手をもじもじとさせて黙りこくってしまう。

 まだ心の準備が出来ていなかったのかもしれない。

 しかし少し経つと自分の中で決意が固まったのか、一度大きく呼吸をして口を開いた。


「私ね‥‥怖かったの、自分が陽君を不幸にしてるって分かってから いつか取り返しのつかないことになるんじゃないかってずっと考えてた」


 茜のその気持ちは理解出来る。

 自分が同じ立場ならやはり悩んでしまうだろう。

 本音を言うなら頼ってほしかった。

 だが今そんなことを言っても意味はないので、陽一は黙って話を聞く。


「でもやっと終わった、お父さんのことも解決したし これからはなんの心配もしなくていいの‥‥!」


 そう言う茜の表情は晴れやかなものであったが、瞳の奥だけが何かに怯えるように揺れていた。


「だから‥‥だからね‥‥」


 茜はそこで一度言葉を止めて、胸を抑えて目を強く閉じる。

 そして限界まで高まった緊張で小さくなりそうな声を無理矢理大きくして想いを伝える。


「私ともう一度、付き合ってください‥‥!」


 茜のその言葉は 二人の関係を決定的に変えようとするものだった。

 陽一は少し間をあけた後、言いづらそうに返事を告げる。


「‥‥ごめん」


 そう言われることは分かっていたのか、茜は激しく取り乱したりはせず 静かに問いかけてくる。


「私が何も言わないで陽君のこと振ったから‥‥?」

「‥‥違う」

「他の男とホテルに入ったから‥‥?」

「‥‥違う」

「じゃあ、あの子がいるから‥‥?」

「……」


 陽一は最後の問いかけには否定も肯定もしなかった。

 自分が感じている陽華への気持ちなど、まだハッキリと明言出来るようなものではない。

 しかし茜にとってはその反応だけで十分だった。


「陽君 あのね‥‥私‥‥ぐすっ‥‥最近お料理の勉強始めたの‥‥うちに来たときはいつも‥‥お母さんと陽君に任せっぱなしだったから‥‥うぅ‥‥私も陽君になにか‥‥ひぐっ‥‥作ってあげたいなって‥‥‥」


 話している内に茜の言葉には嗚咽が混じるようになっていき、遂には俯いてしまう。


「こんなこと言うのはずるいって‥‥分かってるんだけど」


 茜はそこで頭を上げ、涙でぐちゃぐちゃになったその顔で陽一の目を見つめながら震える声で呟く。


「だめかなぁ‥‥」


 それは心の底からの懇願。

 茜が最後に取ったのは、恥も外聞(がいぶん)も無く ただ陽一の良心に訴えかけるという方法だった。


「‥‥ごめん」


 しかしそれも届かない。

 頭を下げて教室から出ていく陽一の後ろ姿を見て、(せき)を切ったように涙が止まらなくなってしまう。

 もう決して元の関係には戻れないことを知った茜には、地べたに(うずくま)り 声を押し殺して泣くことしか出来なかった。





これは強者の()り方


次話は月曜日です。

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― 新着の感想 ―
[一言] この作品が霊を祓う物語である以上、茜に一切の救いが用意されてない… そんなのって…愉悦しかねぇよなぁ!?
[一言] 理由が理由だから何とも言えない… まぁ相談せずあんな振り方をして他の男とホ○ルに行った(どんな理由だろうと)時点で気持ちが離れるのは仕方無いかな?(最初から相談してたら変わったかもね…ただそ…
[気になる点] なに色の祓魔師か気になりますねぇ
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