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25話 茜のトラウマ









「「『「………」』」」


 階段前から旧校舎の空き教室へと移動した三人の間には、近くにある音楽室から微かに聞こえてくる吹奏楽部の楽器音だけが響いていた。

 陽一と陽華は隣り合っており、その向かいに茜が一人で座っているという状態だ。

 茜の背後には相変わらず顔面がぐちゃぐちゃの男が佇んでいる。


(とりあえずアイツをどうにかしよう‥‥)


 陽一は男の方をチラチラと確認しつつ、陽華に対してアイコンタクトを取ろうとする。

 そんな陽一の思惑をバッチリと読み取ったらしい陽華はしっかりと頷いて茜に向き直る。


「では夏目さん、さっそく聞かせてもらおうか‥‥陽一への話とやらを!」

「何も伝わってないだと‥‥!?」


 どこからどう見ても無害とは言えなさそうな存在に怯えながら自分の失恋話を聞くのは勘弁したいのだが、陽華の中の優先順位では

陽一に関する話題の方が上らしい。


「お、おい‥‥あれは大丈夫なのか‥‥?」

「え? あぁ、あの程度であれば私達ならいつでも処理出来るから放置でいいよ」

「″達″ってもしかして俺入ってる?」


 単純に外見が怖いのでいつでも処理出来るなら今処理してほしいのだが、自信満々に平気だと言い張る陽華に頼もしさを覚えた陽一は出来るだけ早く理由を聞いて出来るだけ早く処理してもらう方向に作戦をシフトさせる。


「じゃあ茜、話してくれるか?」


 二人の会話についていけずに話を切り出すタイミングを伺っていた茜は、陽一が自分に話しかけてくれたことに一瞬嬉しそうな顔を見せた後 緊張した面持ちで口を開く。


「その‥‥信じてもらえないかもしれないんだけど」


 それから茜はこれまでの経緯を説明した。

 自分の周りにいる人を不幸にしてしまうこと。

 陽一にこれ以上被害を与えないようにするために自ら振ったこと。

 前々から目障りだった男を痛い目に遭わせてやろうと思ったこと。

 今回の事故がきっかけでちゃんと説明をしようと思ったこと。


 茜の話は関係のない誰かが聞けば荒唐無稽な話だと切って捨てるような内容であったが、話している最中の様子は真剣そのもので 陽一自身も大いに心当たりがあったため、嘘を言っているようには思えなかった。

 全てを聞き終えた陽一は小声で陽華に話しかける。


「なぁ、やっぱこれってこいつが原因なのか?」

「そうだね、このレベルの霊に憑かれていて五体満足なのが不思議だったけど 本人ではなく周りに被害を及ぼすタイプか‥‥」


 陽華はやはりこの手の事情に関してはかなり詳しいらしく、大まかな内容を把握すると冷静に分析を始めていた。

 一方で、陽一は茜の話と自分が見聞きした情報のすり合わせを行っていた。

 茜の説明が全て事実だとするなら、それなりに筋が通っているように思える。

 茜が左衛門三郎とのデートの後に満面の笑みを浮かべていたというのも、やつを不幸に出来たからだったと考えれば辻褄が合わないこともない。

 しかし陽一には一点だけ、今の説明のみでは微妙に納得しきれない部分があった。

 

「なぁ茜‥‥これは俺の友達が送ってくれた写真なんだが」


 そう言って陽一は自分のスマホに一枚の画像を表示する。


「この写真についてはどんな説明をしてくれるんだ?」


 陽一がその画面に写し出したのは、かつて陽一に止めを刺すきっかけともなった 茜がラブホテルへと入っていく写真であった。

 するとそれを見た茜の顔がみるみるうちに青ざめていく。


「そ、それは違うの! 私はただ、ホテルに入ればあいつをもっと不幸に出来るかなって思っただけで!! だって実際その後あいつ今までよりも酷い目に遭ったし!! 入っただけで何もしてないの!! 本当だよ? 私、初めては陽君がいいってずっと思ってて‥‥一緒には居られないかもしれないけど、それでも陽君以外となんて考えられなくて」


 茜は狼狽した様子で立ち上がると、今にも陽一にすがりつきそうなほど必死に釈明をしようとする。

 しかし対面に座る陽華が机を叩いてそれを止める。


「この際 君と君の新しい彼との間に肉体関係があったかはどうでもいいんじゃないかな、口ではなんとでも言えるからね‥‥ここで着目すべきは君が他の男といかがわしいホテルに入ったというその事実だけだ」

「……っ‥‥」


 茜は涙目になりながら悔しそうに下唇を強く噛む。

 二人で話をさせてくれない陽華に憤っているのか、自分の過去の軽率な行いを悔やんでいるのか、あるいはその両方か。


「まぁ、この件に関してはもういいか」

「あっ……」


 正直写真を見せたらどんな言い訳をするのか気になっていただけだった陽一は、真相は置いておいて話を進めることにした。

 陽一のそのあまり興味の無さそうな反応に、茜の中で不安と焦燥感が増す。

 自分の言うことを信じていないかもしれない。

 気持ちが伝わっていないかもしれない。

 そもそも陽一は自分の貞操のことなどもうどうでもいいのかもしれない。

 浮かんでくる悪い想像が強烈に胸を締め付けてくる。

 しかし、今どれだけ自分が訴えようと なんの証拠にもなりはしない。

 茜は過去の自分と、陽一に写真を提供した人物を激しく呪いながら大人しく話を聞くことにした。


「じゃあ次の話なんだが‥‥お前の不幸体質の原因についてだ」

「原因‥‥っ!? 陽君にはこれの原因が分かるのッ!?」

「分かるっつーか‥‥見えるっつーか‥‥」


 『原因』と言った瞬間もの凄い食いつきを見せる茜に 陽一が説明し辛そうにしていると、代わりに陽華がスラスラと淀みなく 要点を抑えて簡潔に説明してくれた。

 茜は信じられないといった顔をしながらも、今までの自分の経験を振り返ってみると十分にあり得る話のような気がしてきたらしく、陽一と陽華の二人が″居る″と指差す空間を見つめていた。


「じゃ、じゃあ‥‥ここにいる幽霊さんが‥‥いつも陽君に酷いことしてたってこと‥‥?」

「まぁ そういう認識で間違ってないよ、怨霊というやつだね」


 だんだん話が理解出来てきた茜は、今度は絞り出すような声でその心の内を漏らす。


「なんで‥‥っ‥‥私、誰かから死んでまで怨まれるようなことしてないッ!!」


 誰が、なぜ、死んでまで自分のことを不幸にしたがっているのか、考えてみても思い当たる節はない。

 そこで陽華からの補足が入る。


「いや別に君が怨まれてるわけじゃないよ」


 その言葉にキョトンとする茜に対し、陽華は少し考えて ある確認をする。


「多分だけど君‥‥身近な人を亡くす、男に襲われる、この二つを経験したことがあるんじゃないかな?」

「「‥‥っ!!」」


 陽華のその質問に表情を変えたのは茜と陽一の二人だった。


 確かに陽華の言う通り、茜は中学時代に父親を亡くし 更に一度複数の男子生徒に倉庫に連れ込まれて襲われそうになったことがある。

 もうダメだと諦めかけた時 偶然にも近くにあった棚が倒れてきて難を逃れたのだが、襲われかけたショックで茜は一時期男性恐怖症のような状態になってしまった。

 それでも共学の高校に来たのは 出来るだけ早く克服したいという茜自身の意志であり、実際に陽一という信頼の置ける異性と出会ったことで今はほとんど元の状態にまで戻っている。

 しかしこの学校でそのことを知っているのは本人から直々に相談を受けた陽一だけであり、他の人間が ましてや今日転校してきたばかりの陽華が知るはずはないのだが、陽華は茜の身に起こったことをズバリ言い当てた。


「な、なんで‥‥あなたがその事を‥‥‥」

「本人の周りに被害が行くのって大体このパターンなんだよね」


 陽華はやれやれといった風に肩をすくめて話を続ける。


「霊感のない人間って死んで霊になったらしばらくの間は生前大切だった人の側にいるんだけど、その期間中に見守ってた人が襲われたりしたらその人を守るために暴走して周りの人間を排除しだしたりするんだよ」

「なるほど‥‥つまり茜がまた襲われないように近づく男を攻撃してたってことか」

「そういうことだね」


 陽華の話を聞いて その条件に当てはまる人物が一人だけ思い浮かんだ陽一は、半ば確信を持ったように呟く。


「じゃあそこにいる幽霊‥‥‥多分茜の父親だな」



中学時代にあった嫌な事というのはこれでした。

なかなかハードな人生を送っている子ですね‥‥。


次話は7/16(金)に更新予定です。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ぱぱ「茜と交際したくば、わしの屍を倒して行けい!」 きゃーこわーい
[気になる点] 話のキャッチーさ出すためにラブホ写真出してリカバリー効かなくなってる感
[一言]  うーん茜本人もいい具合にサイコ入ってる?  それとも霊に影響を受けて認知・思考が誘導されているのか。
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