23話 まったくもぅ!ぷんぷん!
「一式ちゃんさぁ、俺らの所で食べない?」
爽やかな笑みを浮かべながら近づいてきて、わざと陽一を無視するかのように陽華にだけ向かって話しかける猿山。
彼の″女癖が悪い″という噂を知っていた陽一は面倒臭いやつに絡まれたと嫌そうな顔をするが、猿山は構わずになおも話を続ける。
「やっぱ俺らみたいな一軍のやつらとつるんでた方が一式ちゃんのためにもなると思うんだよね」
そう言って猿山はどこか得意気な顔をする。
実際 彼が中心にいるグループにはクラスでも綺麗どころの女子が多く 男子も全員運動部ということで、一部の例外を除く他のクラスメイトでは逆らえない雰囲気があった。
今も教室の離れた位置で、普段から猿山とつるんでいる数名の男女がクスクスと笑いながら様子を伺っているのが分かる。
そしてその中でも男子生徒は、みな一様に期待した目で陽華を見つめていた。
「一軍‥‥それはもしかしてスクールカーストというやつかな?」
「そうそう! 転校生ってことで何かと不安かなーって思ってさ、俺らクラス内で結構発言力あるし いろいろと力になれるよ?」
あくまでも親切心から助けになりたいというスタンスは崩さずに、自分の仲良しグループへ陽華を引きずり込もうとする猿山。
その実 本心では、他の女子などとは比べ物にならないほど可愛い陽華と親しくなって あわよくば という思いしかないのだが、そんな猿山の言葉を聞いた陽華は目を輝かせる。
「すごい‥‥すごいよ陽一! 一軍だって!! 」
学生の雰囲気が作り出すくだらないスクールカーストに興味など持たないだろうと思っていた陽華がここまで反応を示したことに驚きを見せる陽一。
陽華も年頃の女の子だし猿山のような人気のある男子に惹かれるのだろうかと陽一が少し悶々とした気持ちになる中、陽華は興奮気味に語りかけてきた。
「こんなに狭い世界の中でも彼らは自ら階級制度を作って必死に上下関係を決めようとしている!しかもその基準は恐ろしく曖昧だ、やはり本質的な違いが存在しないから無理にでも自分達は上に立っていると思わなければ安心出来ない、ということなのかな‥‥?」
「楽しそうだなお前」
やはり陽華は陽華だったらしい。
注目するところが若干ズレていることに陽一は呆れつつも、どこか安心感を抱く。
一方で猿山は 後半の方は早口で聞こえなかったが かなり興味を引けたと確信し、心の中でガッツポーズをする。
「どうかな? お互いに悪い話じゃないと思うんだよね」
ここで決めるとばかりに畳み掛ける猿山。
しかし陽華の口から出てきたのは彼の想定していた言葉ではなかった。
「非常に面白い提案だけど遠慮しておくよ、私は陽一と二人で食事がしたいんだ」
「あ、別に一も来たかったら来ていいぜ? 俺らの話す話題についてけるかは分かんねぇけどな」
そこで初めて猿山は陽一に目を向ける。
顔には分かりやすく「邪魔だ」と書いており、陽華と引き離したいと思っているのが見え見えである。
「いやだから私は行かないと言っているのだが」
「いいじゃん、そんな固いこと言わずに! 絶対退屈させないから!」
「お前そろそろしつこいぞ」
「チッ、一は黙ってろよ」
依然として陽華はそのつもりがないことを主張するが、猿山としてもこれからの学校生活で陽華との接点を持つために ここで引くわけにはいかない。
「ほら、もっと肩の力抜いてさ!」
そう言うと猿山は陽華の肩に手を回してくる。
今まで数々の女子を手篭めにしてきたボディタッチだ。
大抵の女子なら恥ずかしさで冷静な思考を奪える、猿山のある種 奥の手である。
いやらしい笑みを浮かべながら陽華の肩をスリスリと擦ってくる猿山。
当の陽華は俯いており、その表情は前髪で隠れている。
僅かに震えているようにも見える様子から 本気で嫌がっているのだと感じた陽一が無理矢理にでもやめさせようとした次の瞬間――――
猿山が宙に浮いた。
「‥‥えっ? ‥‥‥は、はなっ‥‥ぐっ‥‥」
否、浮いたのではない。
陽華がその胸ぐらを掴み、片手で持ち上げたのだ。
猿山の身長は167cm。極端に小さいというわけではない。
さらに運動部ということで筋肉も付いており、体重はそれなりにあるだろう。
その猿山を片手で、もっと正確に言うならば肩の力だけで持ち上げている。
突然の事態に誰も口を開けない。
陽一も、遠くで見ていた猿山のグループの男女も、ただただ唖然としている。
「おい」
そんな中で陽華は、陽一が今までに聞いたことのないような冷たい声で猿山に話しかける。
「誰の許可を得て私に気安く触れている‥‥‥……‥見えざる者の分際で」
明確な怒りと嫌悪感の滲んだ顔でそう言うと、陽華はゴミを捨てるような乱雑な動作で猿山を軽く放り投げる。
「早く消えろ、不愉快だ」
上手く着地出来ずにしりもちを付いてしまった猿山は そのあんまりな扱いに怒って言い返そうとするが、陽華と目が合った瞬間そんな思いは霧散してしまった。
「あ‥‥あぁぁ……」
残酷なまでに こちらを同じ生物として見ていない目。
その目を見ただけで淡い期待に胸を踊らせていた青年の心はポキリと、呆気なく折れてしまった。
トボトボと自分のグループに帰っていく猿山のことはもはや気にも留めず、陽華は先程までとは打って変わって笑顔で陽一に向き直る。
「むぅー‥‥あんな下劣な欲を抱きながら触られたのは実に不服だけど、でもいい実演になったね」
今 目の前で起こった出来事が未だに頭から離れない陽一であったが、陽華の言葉に疑問を覚え なんとか反応する。
「実演‥‥?」
「そう、ああいう手合いに絡まれたときのね」
陽華は教師が小学生に道徳を教えるかのごとく真剣な表情で陽一に心構えを説く。
「いいかい? 陽一、私達は今の彼のように不快な輩にも穏便に対処しなくてはならないんだ‥‥決してイラついたからという理由で殺してはならない」
この年になって人殺しはいけないことだと教えられるとは思ってもみなかった陽一は、思わず吹き出しそうになる。
「殺さねーよ!?というか今の穏便だったのか‥‥?」
「穏便だよ、誰も死んでないじゃないか」
「基準ぶっ壊れてんじゃねーか」
異様な空気に包まれる教室の中で、陽一はこの先の学校生活が決して穏便にはいかないことを悟るのだった。
♨♨♨
お昼休みが過ぎ、五時間目、六時間目と授業をこなしていけば もう下校の時間となっていた。
あの後、陽華の猿山撃退事件は即座にクラス中に広まることとなった。
当事者である猿山は「ナンパを失敗した挙げ句に女の子に軽々と持ち上げられた奴」という視線を向けられ、恥ずかしさのあまり帰りのホームルームが終わるとすぐに帰ってしまった。
当然陽華への注目も高まったのだが、やはり全く気にならないらしく 終始涼しい顔をしていた。
「はぁぁぁぁ……ダルいよぉぉぉ」
そう言いながら陽一の机に突っ伏す奏。
彼はこれから化学の補習があるのだ。
「お疲れさん‥‥まぁ体調不良でテスト受けられなかったのは気の毒だけどな」
「もう僕帰ってよくない? だってあの後解いたら89点だったんだよ? 補習することないじゃん」
「それはお前の自由だけど、化学の笹森って補習から逃げたら授業中めちゃくちゃ問題当てられるらしいぞ」
「うんちうんち!(笑)」
「幼児退行すんな」
ちなみに陽一は今日、陽華と一緒に帰る約束をしていた。
現在は陽華が転校関係の軽い用事を終わらすのを教室で待っている状態だ。
目の前でうなだれている奏を尻目に窓の外を眺める陽一。
相変わらずザーザーと先が見えないほどの大雨が降っており、まるでこの学校に閉じ込められてしまったかのような気分になってしまう。
「陽君!!」
陽一が心地の良い閉塞感を感じながら窓に張り付いた雨粒を見ていると、突然そんな声が聞こえてきた。
その声の発生源と思われる教室前方のドアに目を向けると、そこには陽一の元カノである茜が立っていた。
事故に遭った日から数えれば、実に四日ぶりの再会だ。
陽一はほんのりと懐かしさを覚えつつも、そういえば退院したら自分を振った理由を聞くという約束をしたことを思い出した。
暇だし今ちゃちゃっと聞いておこうと考え、手を上げて茜を呼び寄せようとする。
「おー 茜か、ちょうどよかっ………た…………………」
そして次に目にした光景のあまりの衝撃に言葉を失った。
怒っちゃいました‥‥。
次話は月曜日に投稿予定です。




