22話 佐藤
ホームルームが終わって静香が退出したあと、陽一は陽華に対する個別質問タイムを取っていた。
「まず、怪我はどうした? たしか足の骨折だったよな?」
「骨折なら実は陽一と会った時点でもう治りかけてたんだよね、陽一が居なかったら一日安静にして帰ってたよ」
「なんで突き指くらいの扱いなんだ‥‥」
まだまだ聞きたいことはあったが、怪我の状態確認をしたところで一時間目を知らせる鐘が鳴ってしまう。
陽華の紹介もあったことでホームルーム自体が少し長くなってしまったため、それほど時間に余裕がなかったのだ。
「あ、チャイム鳴ったな‥‥そういえば陽華 お前教科書とか持ってるのか?」
「ううん まだ貰ってないよ」
「そっか、じゃあ俺が見せるから机くっつけてくれ」
「わかった!!」
陽一の提案に笑顔で頷くと陽華は嬉しそうに机を寄せてくる。
そしてそんな二人の様子を 女生徒達は好奇の目で、男子生徒達は今にも羨ましさが滲み出しそうな目で見つめるのだった。
一時間目 現国
「問六の記号問題の選択肢イを見てください。文の途中に『その時感じたのは懐かしさではなく』とあります。このように完全な断言の文言が入る選択肢は引っ掛けの場合があるので、それを踏まえた上で今度は問七の選択肢を選んでみてください‥‥じゃあ佐藤君」
「じー‥‥」
「‥‥…‥‥‥」
二時間目 英語
「ここの例文のこの単語は『かすかな、微妙な』それと『巧妙な』という意味だ。スペルは『subtle 』と書くが読みは『サトゥゥ』なので注意するように。よーし、そしたら同じような意味の単語を挙げてみよう。まずはそうだな、じゃあ佐藤から」
「じー‥‥」
「‥‥…‥‥‥」
三時間目 日本史
「日本史を勉強していると○○の変、○○の乱、○○の役という言葉がよく出てくるが、これはテキトーに分類しているわけではなく それが起こった規模や社会的影響、そしてその結果など様々な要素を客観的に考慮した上で分けられている。では予想でいいので『変』の基準を言ってみろ‥‥佐藤、お前に言っているんだ」
「じー‥‥」
「‥‥…‥‥‥」
四時間目 数学
「えー、問題文を読んでいくと『楕円x^2+2y^2=1と放物線4y=2x^2+aが異なる4点で交わる』とあるので まずxを消去して整理することで4y^2+4y-(a+2)=0という式を作るんだ。さてこの式から何が分かるかな? じゃあ加藤! ‥‥の前の佐藤」
「じー‥‥」
「‥‥なぁ」
四時間目の数学も後半に差し掛かった頃、陽一は隣に座る陽華に話しかける。
普段は優しいが怒ると怖いことで有名な数学の増田先生に聞こえないように小さな声だ。
「ん、どうしたんだい?」
「俺の顔、なにか付いてる‥‥?」
互いの机をくっつけているため 必然的に近くなる二人の距離。
肩が触れるほどの至近距離では 陽華の息遣いすら聞こえそうになる。
だが 陽一が何よりも気になったのは、一時間目からずっとこちらに向けられている陽華の視線であった。
「なにも付いてないよ」
「じゃあなんでそんなに見てくるんだ?」
「いや、陽一が授業を受けてるな~と思って」
「それ見てて楽しいのか?」
「すっごく楽しいよ‥‥!!」
「‥‥そっか」
正直 気になってあまり授業に集中出来ないのだが、そこまで嬉しそうな顔をされるとやめろと言うのも忍びない。
特に物理的な被害が出ているわけでもないので 陽一はもう陽華の好きにさせておくことにした。
(というかこいつ全然授業聴いてる感じがしないんだけど大丈夫なのか‥‥? 急に指名されたらどうするんだよ‥‥)
「では最後に定数aの値の範囲を‥‥一式さん、いけますか?」
「-3より大きく-2√2より小さい」
「正解です」
「なんなのお前」
「じゃあー、次の問題の式変形を………佐藤!!」
♨♨♨
「陽一~、プフッ お疲れだね?」
「奏か‥‥」
「お昼食べようよ」
四時間目の数学が終わりお昼休みに入ると笑いを堪えた様子の奏が声をかけてきた。
いつもなら毎休み時間何かしら雑談をするのだが、今日は陽一と陽華を面白そうに遠くから眺めていたため 話すのは朝以来となる。
どうやらお昼ご飯はいつも通り一緒に食べるつもりらしい。
するとそこに陽華も声をかけてくる。
「私も一緒にいいかな?」
「全然いいぞ いいよな? 奏」
「僕は構わないよ‥‥それにしてもこのタイミングで一式さんが転校してくるなんて凄い偶然だよね」
「あははっ そうだね、偶然だね」
陽華が陽一目当てで転校してきたことは半ば確信しており、確証を求めて探りを入れる奏と それをはぐらかす陽華の間で一瞬だけピリッとした空気が流れるが、奏としてもただの興味本位であったのですぐに話題は終了した。
その後少し話をして 三人がいざ弁当を食べ始めようとしたその時、教室に一人の女生徒が入ってきて こちらに近づいてくる。
そして薄い茶髪を左右で結んだ可愛らしい顔の女生徒は、奏の前に立つと顔を真っ赤にしながら口を開く。
「か、奏!今日は‥‥その‥‥一緒にご飯食べない‥‥?」
「えー 僕今から陽一と一緒に………」
女生徒の提案に最初は不満げな顔をした奏であったが、何を思ったのか陽一と陽華をチラリと見るとすぐさま意見を変更する。
「いや、やっぱ今日は一緒に食べようか、じゃあ僕行ってくるからあとは若いお二人で!!」
「その若いお二人でってなんなの!?」
陽一がそう言い終わる頃には奏はすでに女生徒の手を引いて教室を出るところだった。
いつもながら奏の急すぎる行動に呆気にとられる陽一に対して、陽華はさほど気にしていないのか冷静に事情を聞いてくる。
「彼女は?」
「奏の幼馴染みの子なんだが‥‥」
陽華の質問に答えた陽一はどこか浮かない顔をしたあと、少しだけ悩むような仕草を見せる。
「どうしたんだい? 『親友に可愛いツインテ幼馴染みがいるのがすごく羨ましいけど、よく考えてみると面識のある美少女が自分のクラスに転校してきて さらに一緒にお昼ご飯を食べるという状況の俺にそんな妬みを言う資格はあるのか‥‥?』って顔してるよ?」
「表情の変化だけで思考全部読むのやめて」
「陽一には私がついてるから安心していいよ」
「何を安心するんだ‥‥」
落ち着きを取り戻した陽一は陽華と他愛ない会話をしながら食事を再開する。
するとそこにまたしても来客が訪れる。
「ちょーっといいかな?」
今日は随分忙しい日だと陽一が振り返ると、そこには女受けの良さそうな爽やかスマイルを浮かべた男子生徒が立っていた。
「一式ちゃんさぁ、俺らの所で食べない?」
陽華に声をかけてきた男。
それはこのクラスの一軍リーダー的存在のチャラ男イケメン、猿山大将であった。
隣の可愛い子が教科書忘れて自分のやつを見せることになったときって死ぬほど緊張しますよね。
次は金曜日に更新です。




