2話 男にも泣きたいときはあるよね
2話目です〜。
「左衛門三郎と夏目さんが付き合い始めたらしい」
「…………………………は?」
「うーん、いやー、まぁ…………どんまい」
陽一にはアホの子のように口をポカンと開けることしか出来ない。
開いた口が塞がらないとはまさにこのことである。
やはり心の準備が足りなかったのだろうか?
いや、どれほど準備をしようとこの事実を冷静に受け止めることなど出来はしなかっただろう。
「お〜い、大丈夫……?」
奏が呆然とする陽一に意識確認を行う。
その声を受けてやっと意識が少しだけ回復、と同時に陽一は再び困惑する。
「い、いやいや!何かの間違いだろ……?茜は『ああいう人間が一番嫌い』って言ってたぞ!?」
陽一は左衛門三郎のアプローチを受けた茜が心底嫌そうな顔でそう言っていたのを思い出す。
茜が左衛門三郎を好きになる要因などこれっぽっちも無いように思える。
「うーん、確かに僕も違和感は感じるね」
陽一の抗議には奏も共感するところがある。
表情やちょっとした仕草から人の感情を読み取ることを得意とする奏でも、茜が左衛門三郎に好意を抱いているような素振りはこれまで見受けられなかった。
「ま、まさか脅されて……!?」
あまりにも現実味のないカップル爆誕に最悪の可能性が思い浮かぶ陽一。
だが、その想像に待ったを掛ける者が現れる。
「果たしてそれはどうかな?」
突然現れた乱入者を見て奏は目を見開く。
「き、君は……データバンク藤本!?」
「誰……?」
奏の驚いた顔を見てデータバンク藤本はクールに微笑む。
「ふっ、なぜここにいると聞きたそうな顔だね」
「君のことだ、またどこからともなく噂を聞きつけてきたんだろう……?」
奏の言葉に無言の肯定を示すデータバンク藤本。
その涼し気な顔はいついかなる時でも余裕を覗かせる。
彼らの間に無駄な言葉は要らなかった。
「いや盛り上がってるところホント悪いんだけどね!俺コイツのこと全然知らないんだよね!!」
一人置いてきぼりとなっている陽一に、奏はデータバンク藤本とは何者なのかを説明する。
「彼は1組の藤本君だよ、僕たち3組と隣の2組の情報ならだいたい50%くらいの確率でなんでも知ってるよ」
「2回に1回知らねーのかよ、ていうか1組なら1組の情報に精通しとけよ」
「陽一君はなかなか痛いところを突いてくるね……データに加えておこう」
データバンク藤本は1組には友達が少ないのだ。
「はじめましてだね、右目の下のホクロがセクシーでおなじみの陽一君」
「どこの界隈でのおなじみなんだそれ」
ちなみに陽一の目つきはかなり鋭く初対面の相手だと怖がらせてしまうこともあるのだが、慣れれば目の下のホクロと相まって鋭い目つきもなかなか癖になるとの評判もある。
「はぁ…んで、そのデータバンクさんが茜の件について何か知ってるってのか?」
「そうだ、2人ともこの写真を見るんだ」
データバンク藤本がおもむろに差し出した携帯の画面。
そこには、陽一でも今までに見たことの無いような満面の笑みを浮かべた茜がいた。
「お前なぁ、人の彼女を盗撮って……」
陽一の言う"人"が誰のことを指しているのかは不明だが、データバンク藤本の次の言葉が全てを吹き飛ばす。
「これは左衛門三郎とのデート後の夏目茜の姿らしい」
「……………おかしいな、俺にはすっごく嬉しそうに見えるぞ」
奏も頷きつつ同意を示す。
「僕にも見える、というか誰が見ても超嬉しそうって言うよこれは」
陽一は何度も目をこすって確認するが、見れば見るほど画面の向こうの茜は幸せそうに見えてくる。
「お、おいデータバンク藤本……これは確かな情報なんだろうな……?」
あまりにも受け入れがたい現実に、陽一はデータの真偽を問う。
「もちろん、信頼できる筋から仕入れた情報だ」
データバンク藤本は自分の情報に確かな自信を持っているのだ。
なお友達は少な以下略。
「陽一、データバンク藤本の情報の正確さは2組と3組の折り紙付きだよ」
「微妙な保証だな……でもこれが本当なら」
陽一の言葉を奏が引き継ぐ。
「合意の上で付き合ってるんだろうね」
思考がまとまっていくにつれて陽一の声に震えが混じる。
「じゃ、じゃあ俺は……」
再び奏が言葉を引き継ぐ。
もとい、とどめを刺す。
「"乗り換えられた"ってことかな!」
「ハッキリ言うんじゃねぇよ!!人から言われんのが一番刺さるんだよ!!」
幽霊も裸足で逃げ出すような特盛りの塩を陽一の傷口にブチ込む奏。
「安心してくれ陽一君、この情報もデータに加えておこう」
そう言ってデータバンク藤本は親指を立てつつバチリとウインクする。
「うるせーよ!!それ言いたいだけだろお前!!」
決め台詞である。
「つ、つーか?これがまだ確定したってわけでもないんだし?別に気にしてないっていうか?」
「ちなみにだが」
データバンク藤本はそこで一度言葉を切る。
まるで言外に覚悟せよと言っているかのようだ。
「決定的証拠もあるが、見るかい?」
データバンク藤本の雰囲気に息を飲む陽一だが、覚悟を決めた漢の辞書に撤退の二文字など有りはしない。
「…………見る、見せてくれ、データバンク藤本」
漢の覚悟を受け取ったデータバンク藤本は一枚の画像をスマホに表示する。
写っていたのは茜と左衛門三郎葛斗が連れ立ってどこかの建物へと入っていく様子だった。
「これは……おそらくラブホテルだ」
データバンク藤本はそう呟く。
奏はあちゃーといった風に顔に手を当てながら陽一に確認を取る。
「ちなみに陽一って夏目さんと経験ある……?」
「……………………ない」
「陽一が初めての彼氏だって言ってたよね」
「……………………うん」
陽一の顔からは何を考えているのかは読み取れないが、視線だけはスマホの中の二人に固定されていた。
「てことは夏目さん、左衛門三郎にあげちゃったんだぁ……」
「……なんで」
そこで陽一は初めて顔を上げ、奏を見つめる。
その目は今にも大粒の涙が溢れそうなほどに潤んでいた。
「よ、陽一……?」
「なんでそんな酷いこと言うんだよぉ……」
ついにダムは崩壊し、陽一の目からは涙がポロポロと零れてくる。
「ご、ごめんって陽一!」
初めて見る親友の泣き顔にさすがに焦る奏。
しかし陽一の目の焦点はすでに奏には合っていない。
「あ、茜とあいつが……でもあいつらは付き合ってるから……あれ?……俺は振られて……ぷしゅぅ」
「よ、陽一……!?」
陽一は気絶した。
「陽一ぃぃぃい!!おのれ夏目茜!!この恨み……3乗にして返してやる!!」
「君も結構加担してたが」
奏は陽一を抱きかかえて男泣きする。
「松川君、陽一君の心のケアは任せたよ。僕に出来るのはただ事実を伝えるだけだから」
そう言ってデータバンク藤本はクールに帰って行く。
友達のいない1組へと……。
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