17話 でもな、オトンが言うにはな?親子で楽しめる場所らしいねん
検査を終え、その日の内に退院することが許された陽一は父親と共に帰宅するべく身支度を整えていた。
奏が届けてくれて、陽華と遊んだゲームを片付けていく。
荷物 といっても今回の入院生活に必要なものはそこまで多くなかったため、ものの数分でいつでも帰ることが出来る状態になる。
しかし準備を終えた陽一の表情はどこか浮かないものだった。
「……」
「どうしたんだい?陽一、何か気になることでもあるのかな」
「え?あー……いや、そういうわけじゃないんだけどな」
陽一は少し考えて、言葉を選ぶように自分の思いを口に出していく。
「なんていうかな、退院が早まったのは良いことだと思うしそれで家族を安心させてあげられるのは嬉しいよ」
実際父親もそうであったし、そのあと両祖父母に退院を伝えた時も心から喜んでくれた。
今回の件は、人を助けようとしたとはいえ 自分から車に飛び込んでしまったことで起きた事故で 家族には申し訳ない気持ちがあったため、足の手術の必要がなくなり退院が可能なレベルにまで回復したことによって家族をこれ以上心配させずに済んだのは陽一にとっても幸いなことだった。
ただ、今は別に思うこともある。
「嬉しいんだけどさ……俺はこの入院生活も結構気に入ってたんだよな」
好きなように移動出来ずあまり面白みのない日々になると思っていた入院生活であったが、陽華と出会ったことで退屈を感じる暇もなかった。
おそらく誰も居なかった時は居なかった時で奏が毎日のように遊びに来ていたとは思うが、それはそれとして陽一は陽華という存在に感謝していた。
「まぁ、だからこうもいきなり退院ってなるとちょっとばかし思うところもあるというか」
そう言いながら気を紛らわせるようにまとめた荷物を軽く叩く陽一。
少し女々しいことを言ったかなと隣を向いてみると
「え、あっ、そっか、そういうことも思うよね」
陽華は今思い出したかのようなめちゃくちゃ軽い反応だった。
(えぇーー、もしかして感傷的になってたの俺だけ!?)
学校が違うならもうあまり会う機会もないため、一抹の寂しさを感じていた陽一であったが、陽華は驚くほど平常運転だった。
自分だけが勝手に盛り上がっていたことに少しばかりショックを受けつつも、考えてみれば一緒にいたのは二日とちょっとなので陽華くらいの反応が普通なのかもしれないと思い直す。
そしてそんな陽一のもとに、部下への指示出しを終えた和利が戻ってくる。
「陽一、準備は出来たか?」
「親父か……おう、もうオッケーだ」
「よし、じゃあ帰るか」
「……そうだな」
荷物を全て持って陽華に軽く挨拶をしてから先に病室を出る和利。
陽一も松葉杖をつきながらその後を追うが、陽華の側を通りかかると一度止まって改めて声をかける。
「あまり長くは居られなかったけど、お前と過ごしたこの二日とちょっとは本当に楽しかったよ……話し相手になってくれてありがとな」
感謝の念を告げた陽一は右手を差し出す。
出会った時は陽華からだったが、今度は陽一からだ。
「ふふっ、私もこの出会いにはとても……とても感謝しているよ」
なんだか妙に気持ちが篭っているが、陽一は仲良くなれたと思っていたのが自分だけではないと分かったことで少し安堵していた。
「じゃあ、もう行くわ」
「うん、またね」
「……?おう」
手を離して病室を後にする陽一。
去り際の陽華の言葉がなぜか妙に引っ掛かる気がした。
「あっづぅぅ……」
「ははっ、すぐクーラーつけるからな」
お世話になった病院を出て駐車場に停めてあった車にたどり着いた陽一は、ドアを開けた瞬間むわっと押し寄せてくる熱気に思わず顔をしかめる。
この炎天下の強い日差しの中で温められた車内はさながらサウナのようであり、陽一は足に付けたギプスの中が蒸れる不快感に襲われながら空調が効くのを待つしかなかった。
(天気が良すぎるのも考えものだよな……)
そんなことを思いながら澄みきった6月の夏空を眺めていると、どこか楽しげな口調で和利が話しかけてきた。
「陽一はあの一式って娘と随分仲良くなったんだな」
「んー、まぁ趣味が合ったからさ」
「そうかそうか……このままいけばもしかするとガールフレンドになってくれる、なんてこともあるかもな……!!」
「あはは……それはいいな」
和利は 陽一に茜という恋人がいたことを知らない。
別に陽一が意図的に教えなかった とかではなく、単純に話す機会がなかったのだ。
会社内でも重要な役職に就いており毎日のように忙しくしている和利は、陽一と顔を合わせることが少ない。
陽一としても父親が嫌いというわけではないのだが、何年もそういう生活をしているといざ話す機会が巡ってきた時であっても、お互いに何を話せばいいのか分からなくなってしまうのだ。
今、和利が自分から話題を振ったのも本人的にはかなり思いきった行動である。
息子が事故に遭ったのは不幸だが、三日目で退院が出来るほどに回復したのは幸いだった。
さらに言えばこのチャンスに息子と気兼ねなく話をしたいと思っていた。
そしてその第一歩目として思春期の息子に切り出したのが色恋に関する話題であり、しかも的確に地雷を踏み抜いていくのだからどこまで不器用なのだと陽一は苦笑してしまう。
陽一の反応がちょっと微妙だったことを感じた和利は、様子見の軽い雑談はやめて本題を切り出すことにした。
「そういえばな、父さん今日はもうずっと休みなんだ……だからな、その、昼飯でも食べに行かないか……?」
緊張気味に和利が言い出したその提案は、最近病院食ばかりだった陽一にとっては渡りに船であった。
病院食も健康面に配慮された良い食事ではあるのだが、それはそれとして濃い味の物が食べたかったのだ。
「おーいいな、ちょうど腹減ってたんだよなぁ」
「そ、そうか……!!じゃあなにか美味しいものでも食べに行くか!!」
「よっしゃ、俺結構食べるからな」
「いいぞ!今日はなんでも好きなものを食べなさい!!はっはっはっ!!」
久しぶりに息子と食事を食べられることになってテンションがブチ上がる和利。
そしてその天を突き抜けそうなほどの上機嫌のまま、どこで食事をするかの話をし始める。
「そういえば陽一はアニメが好きだったよな!父さんの部下にもそういうのが好きなやつが居てな?そいつに聞いたんだが、どうやらアニメが好きなら大体の人が楽しめる店というのがあるらしいぞ!」
「んー……?なんだろうな、コラボカフェとか?」
「名前は″メイド喫茶″というそうだ!!」
「ブフッ」
「年齢問わず楽しめる天国のような場所だと言っていたぞ」
完全に間違ってはいないし否定は出来ない。
出来ないのだが、少なくとも親子で行く場所ではない。
和利は今のテンションのままなら仮にメイド喫茶に行っても楽しめそうではあるが、陽一からすれば拷問に等しい。
「親父……俺、ラーメンか焼き肉がいいな」
「そうなのか?よし、じゃあどっちも行くか!!」
陽一のいたって常識的な判断で、親子で萌え萌えキュンという地獄のような体験はせずに済んだのだった。
次話は6/28(月)に更新予定です。